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39.ゾンビアタック


マキト領域側の外縁には、軍政ポイントで購入されたモーブ兵たちが整列していた。


彼らは相手のモーブ兵のような雑兵ではない。


購入項目に鎧兵と記載されていた、モーブ兵の中では最上位にあたる兵種だった。


無骨な鎧。


実用一点張りの盾。


飾り気のない槍や剣。


見た目に華やかさはない。だが、粗末な武器を持つだけの雑兵とは明らかに違う。命令を受ければ迷わず動き、同じ姿勢で盾を構え、同じ速度で槍を揃える。


戦場の駒として整えられた兵たちだった。


ただし、それでもキャラとは違う。


個性はない。


判断の幅も狭い。


同じ前衛職のキャラと並べば、性能に差があることは一目で分かる。


だからこそ、マキトはシエルを見た。


「シエル」


「はい、旦那さま」


「これから戦争が始まる。全体にバフをかけろ」


シエルの肩が、わずかに揺れた。


メルシーに個別で強化をかけたことはある。


だが、この数は初めてだった。


目の前には、キャラだけでなく、軍政ポイントで購入された鎧兵たちまで並んでいる。


その全てに力を行き渡らせるとなれば、これまでとは比べものにならない消耗になる。


それでも、届かない数ではない。


シエルは一度だけ息を整え、大剣を両手で掲げた。


「では、いきます」


次の瞬間、白い光が剣の刀身から溢れ出した。


それはただ周囲へ広がるだけではなかった。


シエルの背後に、巨大な光の翼が現れる。


幾重にも重なる羽が空へと広がり、領域を包み込むように淡く輝いた。


まるで、戦場そのものに祝福が降りるようだった。


翼からこぼれた白い光が、雨のように前線へ降り注ぐ。


最初に包まれたのは、前線に立つキャラたちだった。


肩に、腕に、武器に、白い輝きが宿る。筋肉が引き締まり、呼吸が深くなり、目に見えない何かが身体の芯を押し上げていく。


そして、その光はさらに広がった。


鎧兵たちへ届く。


マキトたちは、最初それがただの強化だと思った。


だが違った。


無骨だった鎧の縁に、白銀の線が走った。


装飾のなかった盾に、淡い紋様が浮かび上がる。


槍の穂先がわずかに伸び、剣の刃には薄い光沢が加わった。


鎧の関節部が滑らかに変化し、硬さだけではなく、動きやすさまで補われていく。


ただの鎧兵ではない。


近衛兵めいた姿へ変わっていた。


シエル本人が、目を見開いた。


マキトは思わず言う。


「なんでお前まで驚いてんだよ」


「わ、私もここまで作用するとは思っていませんでした」


シエルは困惑したまま答えた。


その額には、薄く汗が浮かんでいる。


一度の発動で、前線全体を包み込んだ代償だった。倒れ込むほどではない。だが、何度も繰り返せるものではないことは、見て分かった。


ミカエラはその変化を、黙って観察していた。


表情は変わらない。


だが、その目だけは冷静に計算している。


単なる能力上昇ではない。


軍政ポイントで用意された兵の質そのものが引き上げられている。


鎧兵が、低レアの戦闘キャラに迫る戦力へ変化している。


ミカエラは、シエルの評価を修正した。


個人戦力ではない。


戦場全体を変える支援役。


そう判断した直後、地面に影が走った。


「へえ。ずいぶん派手にやるじゃない」


メルシーが、面白くなさそうに笑っていた。


彼女の足元から、黒い影が染み出す。


影は地面を這い、都市の外縁を越え、荒野へ広がっていった。


白い光のように目立つものではない。


剣が輝くわけでもない。


鎧が変わるわけでもない。


ただ、黒いものが薄く地表を滑っていく。


やがてそれは、遠くの敵軍の足元へ絡みついた。


霊工都市側から進んでくるモーブ雑兵と死体兵たち。


彼らの姿に、大きな変化はない。


鎧が砕けることも、武器が錆びることもない。


身体が変色することもない。


ただ、足取りがわずかに重くなった。


行軍のリズムが崩れる。


前列と後列の間隔が乱れる。


歩き続ける死体兵の肩が、ほんの少しだけぶつかり合う。


雑兵の反応が、一拍遅れる。


それだけだった。


マキトは目を細めた。


「こっちはしょぼいな」


メルシーの笑みが消えた。


「……今、何て言った?」


「いや、見た目の話だ」


「見た目で判断してる時点で終わってるわよ」


メルシーは静かに怒っていた。


マキトには、まだ分からない。


だが、ミカエラは気づいていた。


敵の進軍速度が、予定より落ちている。


完全に止めるほどではない。


敵の数を削るほどでもない。


だが、数秒。


あるいは数十秒。


それだけ到達が遅れる。


大軍相手の戦場で、そのわずかな遅れは致命的な差になる。


ミカエラは、メルシーの評価も修正した。


派手ではない。


だが、敵の行軍、詠唱、突撃、命令伝達、その全てをわずかに鈍らせる。


個人戦では分かりづらい。


しかし大軍同士の戦場では、極めて厄介な能力だった。


荒野の向こうで、敵軍が近づいてくる。


モーブ雑兵。


死体兵。


その数は多い。


隊列というより、波だった。


黒く濁った人の群れが、白い石造りの霊工都市から吐き出され、荒れた大地を渡ってくる。


マキト領域側では、都市外縁の建物や簡易防衛設備の陰に、魔導支援部隊が待機していた。


杖を構える者。


魔法陣を展開する者。


遠距離攻撃に特化したキャラたち。


誰もが、敵の密集した前列を見ていた。


臨時隊長のフードを被った女が、ミカエラへ振り向く。


「あれだけ固まっているなら、今ならまとめて焼けます」


「まだです」


ミカエラは即答した。


臨時隊長は奥歯を噛む。


敵軍は近づいている。


距離が詰まれば、それだけこちらの攻撃可能回数は減っていく。


撃てるなら撃つべきだ。


普通なら、そう考える。


だが、ミカエラは敵の先頭を見ていなかった。


そのさらに奥。


波の後方を見ていた。


「まだ、撃つべきものが見えていません」


臨時隊長はそれ以上言い返さず黙って耐えた。


荒野の上空では紙でできた鳥たちが、薄く広がっていた。


一羽ではない。


二羽、三羽、さらに数羽。


白い紙の羽は小さく、遠目には灰か、風に飛ばされた切れ端のようにしか見えない。


どちらも気づかない。


紙鳥たちは、押し寄せる雑兵と死体兵の上を越えていく。


前列ではなく、さらに奥へ。


荒野を埋める大軍の後方へ。


やがて、ミカエラの隣にいた紙鳥たちを操っていた式神使いのキャラが息を呑んだ。


「……見つけました」


声は小さい。


戦場のざわめきに紛れそうだった。


だが、ミカエラは聞き逃さない。


「位置は」


式神使いは震える指で、荒野の奥を指した。


ミカエラは双眼鏡を上げる。


敵軍の後方。


そこに、杖を掲げる一団がいた。


雑兵ではない。


通常の死体兵とも装備が違う。


円形に並び、地面には魔法陣を展開している。


マキト領域側にもいるような、魔導支援を担うキャラたち。


その成れの果てに見えた。


杖や外套、装飾のある袖口には、かつて役割や個性があった名残がある。


だが、肌の色は鈍く、動きはぎこちない。


目に意思はない。


生きているようには見えなかった。


断定はできない。


それでもミカエラ敵の狙いを看破した。


敵の前列を焼けば、数は減る。


だが、その瞬間に後方から大規模魔法を返される。


こちらの魔導支援部隊が位置を晒したところを、まとめて潰される。


敵はそれを狙っていた。


ミカエラは座標を指定する。


「前方の雑兵は無視。敵魔導支援部隊を叩きます」


臨時隊長の目が見開かれる。


そして、すぐに理解した。


「……そういうことですか」


ミカエラが待っていたのは、敵の数を減らすためではない。


敵の決定打を潰すためだった。


魔導支援部隊が一斉に魔法を放つ。


炎が走り、氷槍が飛び、雷が空を裂く。


荒野の奥が、まとめて爆ぜた。


焼かれたのは、押し寄せる雑兵の先頭ではない。


大規模魔法を準備していた、後方の敵魔導支援部隊だった。


魔法陣が歪む。


杖を掲げていたキャラクターの成れの果て達が炎に呑まれ、いくつかは砕け、やがて黒い粒子となり消えていった。


敵の大規模魔法は、発動する前に潰された。


だが、それで戦争が終わるわけではない。


敵の波は止まっていない。


ミカエラはすぐに次の命令を出した。


「第一防衛線、予定通り後退」


通信役が復唱する。


前線の部隊が動き始めた。


その瞬間、ミカエラは魔導支援部隊へさらに命じる。


「下がりながら道を作りなさい」


臨時隊長は頷いた。


突破部隊を通すための道を作る。


中央の敵は、防衛線へ引きつける。


その一方で、荒野の側面へ魔法を集中させる。


火が敵を分断し、氷が流入を塞ぎ、雷が進路上の死体兵を砕いた。


全滅させる必要はない。


騎兵が抜けられるだけの細い道を、数十秒維持すればいい。


ミカエラの指示で、魔導支援部隊は後退しながら撃ち続けた。


炎と氷と雷で、荒野の端に一本の道がこじ開けられていく。


そこへ、黒い軍馬が躍り出た。


アイナだった。


黒い甲冑。


抜き身の剣。


黄金の巻き髪が、戦場の風に揺れる。


軍政ポイントで購入された軍馬を、彼女は当然のように乗りこなしていた。


突破部隊は少数だった。


だが、選ばれたのは足の速さと突破力に優れた高レアたちばかりだ。


敵の数に付き合う部隊ではない。


勝利条件を満たすため、敵行政施設の大会議室へ侵入する突破部隊。


アイナとミカエラの視線が、一瞬だけ交わる。


言葉はない。


女神陣営と邪神陣営。


性格も思想も合わない。


だが、外部拠点防衛で、二人は何度も同じ戦場に立っていた。


ミカエラが道を開く。


アイナがそこを抜く。


それだけで十分だった。


アイナが剣を掲げる。


「行くわよ!」


軍馬が走り出す。


突破部隊が、炎と氷の間を駆け抜ける。


魔法が降り続け、死体兵が崩れる。


敵のモーブ兵が黒い粒子になって消える。


切り開かれた道を、アイナたちは一直線に進んだ。


その最後尾に、マキトがいた。


ただし、格好よく騎乗しているわけではない。


マキトには、まともな乗馬経験がなかった。


そのため、手綱を握っているのはシエルだった。


シエルが馬を操り、マキトをほとんど抱えるようにして同じ鞍に乗せている。マキトは落ちないように固定されているだけで、騎乗しているというより、運ばれている形に近かった。


メルシーは軍馬の影に潜っている。


周囲では火と氷と雷が降り注いでいる。


死体兵が崩れ、雑兵が消え、道の端で爆炎が跳ねた。


その中で、マキトだけが楽しそうに笑っていた。


「生きてるって感じがするな!」


シエルの腕に力が入る。


「お願いです、今からでもいいので戻る指示をください!」


「ここまで来て戻る指示なんか出せるか」


「出せます! 旦那さまは領主です!」


影の中から、メルシーの声が飛んだ。


「こういうバカはかっこよくないわ!」


周囲のキャラたちは、誰も笑わなかった。


むしろ、ドン引きしていた。


領主が最後尾にいる。


しかも、自分で馬に乗れていない。


それなのに、誰よりも楽しそうにしている。


異常だった。


だが、その異常さを止める余裕は誰にもない。


魔導支援部隊の援護によって、突破部隊は敵軍の側面を抜けることができた。


そして霊工都市の外縁を越える。


白い石畳の上に、軍馬の蹄が鳴った。


その瞬間、戦場の音が遠のいた。


霊工都市の内部は、あまりにも静かだった。


街はある。


建物も整っている。


白色の石造りの家々。


広い通り。


整った屋根。


中世風の街並み。


何かが壊れているわけではない。


血が流れているわけでもない。


壁に不気味な紋様があるわけでもない。


呪われた祭壇のようなものが置かれているわけでもない。


ただ、人がいなかった。


人の声がしない。


窓から覗く者もいない。


生活のために作られた街から、生活だけが抜き取られている。


その静けさが、何よりも気味悪かった。


「……外はあれだけ異形だらけなのに、中だけ綺麗に整ってる。そっちの方が気味悪いわね」


アイナが呟いた。


マキトは返事をしなかった。


霊工都市という名前から想像するような、分かりやすいモンスターはない。


だからこそ、異常だった。


ミカエラの予想では、自分たちの領域同様に行政施設は都市中央にある。


アイナはその指示通り、主力を率いて中央へ向かう。


すぐに敵が現れ始めた。


建物の影から、死体兵とモーブ雑兵が出てくる。


アイナが剣を振るう。


黒い甲冑が白い街路を駆け、死体兵を斬り倒した。


後続のキャラたちも続く。


進路を塞ぐ雑兵が黒い粒子になって消え、死体兵が石畳の上に倒れ込む。


その途中で、マキトは中央とは別方向を双眼鏡で見た。


白い尖塔があった。


都市の中でもひときわ目立つ、細く高い建物。


行政施設とは違う。


だが、その前に異様な数の死体兵と、今まで見てきた雑兵のモーブではなくマキトたちが購入した鎧兵のモーブも混成編成されていた。


中央を守るなら分かる。


勝利条件は行政施設の大会議室への侵入なのだから。


しかし、あの尖塔の守りは明らかに厚い。


死体兵たちが群れをなして立ち、通りを塞ぐように並んでいる。


マキトは一瞬だけそれを見て興味がわき、軽く言った。


「俺らはあっちへ行く。じゃあな!」


アイナが振り向いた。


「は?今ですか?」


他のキャラたちも、何か言いかけた。


だが、時間がなかった。


ミカエラから与えられた役割は、中央施設への突破。


勝利条件を満たすためには、立ち止まっている暇などない。


アイナは歯を食いしばり、言葉を飲み込んだ。


「……時間がありません。中央施設へ向かいます。ついてきてください」


それは、マキトに向けた言葉ではなかった。


部隊全体への命令だった。


アイナはマキトを無視した。


止めても聞かない。


止める時間もない。


ならば、自分は自分の役割を果たすしかない。


アイナたちは中央へ向かう。


マキト、シエル、メルシーは白い尖塔へ向かった。


尖塔へ近づくにつれ、死体兵の数は増えた。


シエルが馬を降り剣を構え、マキトを守るように前へ出る。


メルシーは影からマキトをいつでも守れるように警戒をした。


そんな中マキトだけは、死体兵たちを眺めていた。


最初に気づいたのは、統一感のなさだった。


モーブ兵には統一感がある。


雑兵なら雑兵らしい装備。


鎧兵なら鎧兵らしい装備。


軍政ポイントで用意された兵は、役割ごとに姿が揃っている。


だが、死体兵は違う。


一見すると、中世風の服装が多い。


粗末な布服。


革の胴着。


町人や職人のような格好。


古びた外套。


けれど、その中に、現代で使われていたような服も混じっていた。


ジャケット。


スニーカー。


現代的な上着。


場違いなほど見慣れた布地。


装備も揃っていない。


武器を持っているものもいれば、素手に近いものもいる。


防具らしい防具を身につけていないものもいる。


そして、顔があった。


モーブ雑兵のように無個性ではない。


一人一人が、かつて生きていた誰かに見える。


シエルが一体を斬り伏せる。


その身体は黒い粒子にならなかった。


石畳の上に倒れたまま、動かなくなる。


マキトは小さく呟いた。


「……あれ、軍政ポイントで買った兵じゃないな」


シエルが振り向く。


「では、何なのですか?」


マキトは白い尖塔を見上げた。


人の消えた街。


統一感のない服装。


現代風の衣服。


消えない死体。


顔のある兵。


軍政ポイントが倍の理由。


それらが、一つにつながっていく。


マキトは低く言った。


「こいつら、兵じゃない。ここにいた領民だ」


シエルの表情が凍った。


メルシーも笑えなかった。


マキトの口元から、さっきまでの笑みが消える。


吐き気がした。


死体が怖いわけではない。


戦場が怖いわけでもない。


4カ月前まで普通に暮らしてた人間が、こんな姿で前に立たされている。その想像が、胃の奥を冷たくした。


同時に、疑問が湧く。


アキラという領主は、何を選んだのか。


何を選ばされたのか。


どうすれば、自分の領民をこんなものにできるのか。


マキトは白い尖塔へ向けて歩き出した。


一方、マキト領域側の防衛線は、少しずつ押し込まれていた。


行政施設前の道路までミカエラは防衛線を下げざるおえなかった。


敵による散発的な魔法攻撃はあるが、最初の攻撃で敵魔導支援部隊を潰したため、大規模魔法による反撃はない。


だからこそ、キャラクターには、まだ死者が出ていない。


だが、購入した鎧兵はすでに何体も失われていた。


それでも、マキト側の鎧兵は強い。


敵の雑兵とは比べものにならない。


盾で攻撃を弾き、返した槍で二体を貫く。


剣で押し返し、横から迫る死体兵を鎧で受け止める。


シエルの加護を受けた鎧兵は、低レアの前衛キャラに迫るほどの動きを見せている。


一対一なら圧倒する。


五体相手でも崩れない。


十体相手でも、まだ押し返せる。


だが、敵は止まらない。


五体倒せば十体来る。


十体押し返せば、その後ろから二十体来る。


モーブ兵たちは倒されると黒い粒子になって消える。


しかし、死体兵は違う。


倒れても残る。


最初は、それが敵の足を止める壁になった。


死体につまずき、後続の兵が崩れ、進軍の勢いが鈍る。


だが、数が増えると逆に邪魔になる。


前衛が踏み込めない。


交代の動線が塞がれる。


槍を振るう角度が狭まる。


盾を構えた鎧兵が、一歩下がる場所を失う。


後方では、遠距離攻撃キャラと遠距離型のモーブ兵が撃ち続けている。


炎が飛び、矢が走り、魔弾が死体兵の頭部を砕く。


前衛キャラにも、今はまだ疲労はない。


だが、長引けば不利になる。


厄介なのは、モーブ兵には疲労がないことだった。


こちらの鎧兵も疲労しない。


だが、相手の雑兵も、死体兵も、同じように止まらない。


数の暴力が、防衛ラインをじわじわと押し込んでいく。


ミカエラは、その全体を見ていた。


指示を出しながら、彼女は死体兵を観察していた。


倒しても消えない。


装備に統一感がない。


顔がある。


ミカエラは、マキトと同じ結論へ遅れて辿り着いた。


「……領民ですか」


声は小さかった。


だが、隣にいた通信役が青ざめるには十分だった。


ミカエラはそこで思考を止めない。


領民が死体兵に変えられている。


それが事実だとすれば、次に考えるべきことは一つだった。


変化の条件。


死んだから変わったのか。


何かに襲われたから変わったのか。


噛まれて感染したのか。


殺された者が同じように変わるのか。


確証はない。


だが、戦場で分からないものを安全側に見るほど、ミカエラは愚かではなかった。


もし、死体兵が行政施設内の避難民を一人でも襲えば。


もし、その一人が同じように変われば。


この行政施設は終わる。


通路は狭い。


階段も限られている。


補修役、通信役、支援役、非戦闘職のキャラたちが内部で動いている。


一人感染すれば、連鎖する。


支援役が倒れれば、防衛線が崩れる。


非戦闘職のキャラが巻き込まれれば、補修も退避誘導も止まる。


さらに奥にいるプレイヤーへ届けば、伴侶消失の連鎖すら起きかねない。


冷たい汗が、ミカエラの背筋を伝った。


これは、ただの防衛戦ではない。


一体でも奥へ入れれば危険。


一人でも噛まれれば終わる。


行政施設の内部で感染が広がれば、この狭い建物は数分で死体兵の巣になる。


ミカエラは即座に命令を変えた。


「死体兵を施設内に入れるな。絶対にです」


通信役が震えながら聞き返す。


「雑兵は?」


「モーブ兵は多少なら大丈夫です。優先順位を変更。死体兵を最優先で処理してください」


ミカエラは防衛線を見据えたまま続ける。


「倒した死体に近づかせない。通路を塞ぐ死体は燃やしなさい。焼却が間に合わない場合は、氷で固定して踏み越えさせないように」


その声には、普段よりわずかに焦りが混じっていた。


周囲の者たちは、それで危機を悟った。


ミカエラが焦っている。


それだけで、状況の悪さは伝わる。


だが、敵はまだ本命を動かしていなかった。


死体兵の波のさらに後方。


肌の色が死体兵と同じように変色したキャラたちが並んでいる。


彼女たちはまだ動かない。


無表情のまま、防衛ラインを見ている。


前線のどこか一箇所でも破れれば、そこを足掛かりに一気に突入するつもりなのだろう。


今押し寄せている死体兵は、本命ではない。


防衛ラインを削る。


死体で足場を奪う。


感染の恐怖で判断を鈍らせる。


穴が開いた瞬間に、変色したキャラたちを叩き込む。


ミカエラは予備兵力を確認した。


残っている近衛兵化した鎧兵。


温存している前衛キャラ。


後方の遠距離支援。


補修役の非戦闘職。


すべての穴を塞げるほど多くはない。


一か所でも崩れれば、そこから変色したキャラたちが流れ込む。


その後ろにいるのは、行政施設の維持を担う非戦闘職キャラたち。


さらに奥には、戦う力を持たない避難民とプレイヤーたちがいる。


そして大会議室へ一人でも入られれば、領域戦争は終わる。


領域外の避難施設にこもる人たちも、四ヶ月かけて築いた生活も、すべて失われる。


ミカエラは冷や汗を拭わなかった。


拭う時間すら惜しい。


「予備兵力、第二階段へ。北側通路に鎧兵を二列。死体は燃やせ。踏み越えさせるな」


命令が飛ぶ。


その直後だった。


死体兵の後方で、変色したキャラたちが一斉に顔を上げた。


ミカエラは理解する。


次で来る。

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