01.サービス終了した嫁が帰ってきた
サービス終了したアプリというものは、削除しにくい。
もう起動しても意味はない。
容量を圧迫するだけだし、アップデートが来ることもない。
タイトル画面の先には進めず、表示されるのは簡素な終了告知だけ。
それでも、リョウのスマートフォンには、ひとつのアイコンが残り続けていた。
黒い空を裂く黄金の剣と、赤黒い翼を組み合わせた紋章。
『ラグナロク・オーダー』。
通称、ラグオダ。
女神ファリア陣営と、邪神ノクティ陣営。
プレイヤーはどちらか一方へ所属し、集めたキャラクターを率いて、対人戦や領土戦で競い合う。
敵味方の区別なく襲いかかってくる巨大レイドボスは、ゲーム内では《世界災害》と呼ばれていた。
レイドボス戦では殺し合う相手と、一時的に協力して災害を討つ。
その緊張感と陣営ごとの濃い物語が人気で、サービス開始から長く売上上位に居座り続けた、誰もが名前くらいは聞いたことのある人気作だった。
だからこそ、終わり方は異様だった。
最後に告知されたのは、大型イベントだった。
《最終戦争、開幕》
《女神ファリア陣営と邪神ノクティ陣営、世界の命運を懸けた最終決戦へ》
ラグオダ史上最大規模の陣営イベント。
期間限定ガチャ、特別ストーリー、新規ボイス、大規模レイド。
公式の告知画像が公開された時、ネットは祭りになった。
どちらの陣営が勝つのか。
最終戦争という名前は本当に物語の一区切りなのか。
名前だけが示され、長らく実装を匂わせていたキャラクターたちが、ついに登場するのではないか。
リョウも、イベント開始時間の前にはスマートフォンを充電器に繋ぎ、飲み物と菓子を用意して待っていた。
そして開始時刻。
アプリを開いた直後、画面が真っ白になった。
通信エラー。
緊急メンテナンス。
復旧時刻未定。
そのまま数日が過ぎ、公式から届いたのは、復旧報告でも謝罪イベントの案内でもなかった。
《サービス終了のお知らせ》
売上不振でもなければ、長期運営の末の円満終了でもない。
事前告知も、最後のログインボイスも、キャラクターたちからの別れの物語もなかった。
あまりにも突然で、理由の説明も曖昧だった。
そのせいで、ネットにはひどい噂が溢れた。
『清掃員がサーバールームの電源を間違えて落としたらしい』
『バックアップまで全部消えた説あるぞ』
『いや、最終戦争イベントのデータが重すぎてサーバー物理的に燃えたとか』
『そんな理由で人気作が消えるわけないだろ』
『じゃあ何で運営は何も説明しないんだよ』
リョウも、何度そのやり取りを眺めたか分からない。
まともな理由が知りたかった。
理由が分かれば納得できると思った。
けれど、本当に欲しかったのは説明ではなかった。
最後に一度だけ、ホーム画面を開きたかった。
そこにいた彼女の声を、もう一度だけ聞きたかった。
ラグオダは、露骨なゲームだった。
レアリティが高くなるほど、キャラクターの衣装は豪華になり、必殺演出は派手になり、なぜか胸まで分かりやすく大きくなっていった。
新キャラのシルエットが公開されれば、掲示板では性能予想より先に胸部の膨らみでレア度を当てる遊びが始まる。
『このサイズはURだろ』
『いや、控えめだからイベント配布SR』
『貧乳だから低レア確定。解散』
運営の性癖が分かりやすすぎる、と散々いじられていた。
だが、それだけで長く愛されるゲームにはならない。
ラグオダの低レアキャラクターは、決して使い捨てではなかった。
戦闘能力が低くても、探索イベントでは重要な役割を持つ者がいた。
高レアだけでは突破できない制限クエストで活躍する者もいた。
何より、一人一人に用意された物語が丁寧だった。
だから、最高レアを何体も揃えているプレイヤーが、ホーム画面にはずっと初期の低レアキャラを置いていることも珍しくなかった。
リョウもその一人だった。
彼のホーム画面にいたのは、女神陣営の低レアキャラクター。
犬耳の従者少女、ミルカ。
茶色の柔らかな髪に、感情がすぐに出る垂れ耳。
装備は派手さのない革鎧で、武器も小さな短剣一本。
胸は、ラグオダの低レア基準をこれ以上ないほど忠実に体現していた。
戦闘性能は高くない。
序盤ならともかく、育成が進めば主力から外れるのが普通のキャラクターだった。
リョウも最初は、深く考えずに使っていた。
最初から手元にいて、編成しやすかったから。
序盤クエストで追跡能力が必要だったから。
ログインするたびに元気よく迎えてくれて、何となく外しにくかったから。
けれど、あるイベントストーリーを読んでから、彼はミルカをホーム画面から外せなくなった。
負傷した仲間を逃がすため、ミルカが一人で敵の足止めをする場面だった。
上位の騎士のような力はない。
聖女のような奇跡もない。
敵を倒すことなど、最初からできない。
それでも彼女は、震える足で短剣を握り、笑った。
『私は、強くありません』
『きっと、私より役に立つ方はたくさんいます』
『でも――マスターの匂いだけは、世界の果てでも見失いません』
『だから、どうか先へ進んでください。必ず、あとで追いつきますから』
そのイベントをクリアした夜、リョウは初めてミルカを最大まで育成した。
最強にはならなかった。
高難度クエストへ連れていくには、どうしても性能が足りなかった。
それでも、ホーム画面だけは変えなかった。
ログインするたび、ミルカは尻尾を振って笑ってくれた。
『お帰りなさいませ、マスター!』
『今日もお会いできて、私、とっても嬉しいです!』
サービス終了の日まで、ずっと。
「……」
リョウはベッドに寝転びながら、スマートフォンの画面を見つめていた。
ラグオダのアイコンへ指を伸ばす。
触れれば、アプリは一応起動する。
だが、そこにミルカはいない。
代わりに表示されるのは、白地に黒文字の終了告知だけだ。
《これまで『ラグナロク・オーダー』をご愛顧いただき、誠にありがとうございました》
「……ありがとうって言いたかったのは、こっちなんだけどな」
小さく呟き、画面を閉じた。
別れの言葉くらい、聞かせてほしかった。
ありがとうでもよかった。
さようならでもよかった。
今まで一緒にいてくれて嬉しかったと、彼女へ伝えたかった。
けれど、最後に見たミルカは、いつも通りの笑顔だった。
次にログインした時も当然会えると信じていた、そのままの顔で消えてしまった。
そんな状態で、簡単に次のゲームへ移れるはずがなかった。
とはいえ、いつまでも引きずっているのも馬鹿らしい。
そう思って、リョウは今夜、新しく話題になっているソーシャルゲームをインストールしていた。
チュートリアルを終える。
無料十連を引く。
虹色の演出が走り、最高レアの美少女が現れた。
派手な衣装。
整った顔。
おそらく性能も高いのだろう。
画面の中の少女が、明るく笑う。
『これからよろしくね、マスター!』
その声を聞いた瞬間、リョウはアプリを閉じた。
「……違うんだよな」
別に、そのキャラクターが悪いわけではない。
可愛くないわけでもない。
ゲームがつまらないと判断するには、まだ早すぎる。
それでも駄目だった。
新しい誰かに「マスター」と呼ばれても、胸の奥が妙に冷えるだけだった。
彼が会いたいのは、別の少女だった。
強くもない。
豪華でもない。
最高レアでもない。
ただ、毎日帰りを待っていてくれた、あの犬耳の少女だった。
「もう寝るか……」
リョウは新しいゲームを終了し、何気なくSNSを開いた。
検索欄には、無意識に「ラグオダ」と入れていた。
サービス終了以降、関連投稿の勢いは落ちている。
それでも時々、懐かしいイラストや思い出話が流れてくる。
今夜も、誰かが昔のイベント画像を載せているのだろう。
そう思って眺めていたリョウは、妙な投稿に目を止めた。
『ラグオダのキャラっぽいコスプレイヤー、駅前にいたんだけど完成度やばくない?』
添付された画像には、見覚えのある装束をまとった女性が写っていた。
女神陣営の騎士キャラクターに似ている。
遠目なので顔までは分からないが、衣装の細部まで随分よく作られていた。
返信欄は盛り上がっている。
『サ終したのにまだコスプレしてくれる人いるの嬉しい』
『盾まで作ってんの気合入ってんな』
『いや待て、そのキャラの衣装、公式設定資料出てなくね?』
『自作解釈だろ』
『昨日、俺の近所でも邪神陣営のキャラ見たって奴いるぞ』
リョウは少し笑った。
「サービス終わっても人気なのか。そりゃそうだよな」
あれだけ愛されたゲームなのだ。
すぐに忘れられる方がおかしい。
指を滑らせると、さらに変な投稿が目に入った。
『俺の部屋に推しが来た。冗談じゃなくて本物。今泣いてる』
返信には、当然のように冷やかしが並んでいた。
『寝ろ』
『サ終のショックで幻覚見てるぞ』
『写真出してから言え』
『頭の中が幸せそうで何より』
だが、投稿主は続けて一枚の画像を載せていた。
部屋の床に座る、銀髪の少女。
ラグオダに登場していた邪神陣営の魔術師キャラクターによく似ている。
名前までは思い出せない。
けれど、確かにこんなキャラクターがいた気がする。
コスプレと言われれば、そう見えなくもない。
画像加工なら、いくらでもできる時代だ。
リョウも、本気で信じたわけではなかった。
「よくできてんな……」
スクロールを続ける。
『こんなマイナーキャラのコスプレとかまであるのかよ』
『もう一度写真撮ろうとしたらスマホ壊された。冗談じゃなく目の前で粉々になった』
『そういうキャラだったか?アレンジしすぎ』
『公式が死んだからって二次創作で遊ぶな』
リョウは画面を閉じた。
どれも、サービス終了を受け入れられないファンの悪ふざけにしか思えない。
自分だって、ミルカが現実に来てくれるなら、どれだけ嬉しいか分からない。
だが、そんなことが起きるはずはない。
「……寝よ」
照明を消す。
部屋が暗くなり、枕元へ置いたスマートフォンの画面だけが、通知もないのに一瞬だけ白く光った。
リョウは気づかなかった。
布団へ潜り、目を閉じる。
そのまま眠りに落ちようとした時だった。
背後で、誰かが息を呑んだ。
「……会いたかったです」
リョウの体が固まる。
聞き間違えるはずがない。
毎日、何百回も、何千回も聞いた声だった。
けれど、その声が部屋の中で聞こえるはずがない。
「……リョウさま」
呼ばれた名前に、心臓を掴まれたような感覚がした。
ゲームの中で彼女が呼んでいたのは、いつだってマスターだった。
プレイヤーネームさえ、リョウの本名とは違う。
それなのに。
震えながら、リョウは振り返った。
暗い部屋の中に、一人の少女が立っていた。
茶色の柔らかな髪。
垂れた犬耳。
簡素な革鎧。
小さな短剣。
泣きそうに歪んだ、見慣れた笑顔。
ホーム画面の中で、いつも彼を迎えてくれていた少女。
「……ミルカ?」
掠れた声で名前を呼んだ瞬間、少女の瞳から涙がこぼれた。
「はい……はいっ、マスター……!」
彼女は耐えきれなくなったように駆け出した。
リョウの胸へ飛び込み、細い腕を背中に回す。
勢いに押されて、リョウはベッドへ座り込んだ。
温かい。
画面越しではない。
指で触れられない立ち絵でも、声だけのデータでもない。
震える肩がある。
髪が頬に触れる。
耳が力なく伏せられ、尻尾が涙で濡れた布団の上を揺れている。
「ミルカ……本当に……?」
「本当です。私です……!」
彼女はリョウのシャツを握りしめた。
「私、知っていました」
「マスターが、ずっと私を選んでくださっていたこと」
「もっと強い方がいても、もっと華やかな方がいても……私を、おそばから外さないでいてくださったこと」
「……」
「弱い私を、最後までありがとうございました」
「何もお返しできなかったのに……それでも、毎日会いに来てくださって……」
声が、涙で途切れる。
リョウは、何も言えなかった。
理屈を考えるべきだった。
どうしてゲームのキャラクターが目の前にいるのか。
なぜ彼女が自分の本名を知っているのか。
何が起きているのか。
けれど、そんな疑問は、腕の中で泣く少女の体温に押し流された。
最後に伝えられなかった言葉が、喉の奥から勝手にこぼれた。
「……会いたかった」
ミルカの肩が震える。
リョウの言葉は止まらなかった。
「俺も、会いたかった」
「最後に、ちゃんと言いたかったんだ」
「ずっといてくれて、ありがとうって」
リョウは、恐る恐る彼女の背中へ腕を回した。
ミルカは一瞬驚いたように息を止め、それから子供のように泣き声を漏らした。
「マスター……っ」
「おかえり、ミルカ」
「……はい。ただいま戻りました、マスター……!」
サービスを終了したはずのゲームから、愛した少女が帰ってきた。
何が起きているのか、リョウにはまだ分からない。
だが、その夜だけは、理由などどうでもよかった。
失ったと思っていた時間が、腕の中へ戻ってきたのだから。
◇
その頃。
同じ奇跡に遭遇した男が、同じように喜んでいたかというと――まったくそんなことはなかった。
「……しんど」
玄関の鍵を開けたマキトは、靴を脱ぎ散らかすようにして実家の廊下へ上がった。
両親は現在、世界一周旅行中。
いつ戻るのかは知らないが、少なくとも当分は帰ってこない。
その間、広すぎる実家を好きに使えるのはありがたかった。
だが、自由なのは家の中だけだった。
新卒一年目。
会社へ入って、まだ人生の入口に立ったばかりだというのに、マキトはすでに先の景色を見てしまった気分になっていた。
朝起きる。
満員電車に乗る。
嫌な上司に頭を下げる。
先輩の指示に従う。
意味があるのかよく分からない資料を作る。
帰る。
寝る。
また朝が来る。
今日だけではない。
明日も。
来月も。
来年も。
下手をすれば、何十年も。
「社会人……やばいな」
リビングの照明をつけ、買ってきたコンビニ袋をテーブルへ置く。
ネクタイを緩めながら、壁に掛かった鏡へ目を向けた。
そこには、ひどく不機嫌そうな男が映っていた。
深緑のやや長い髪は、仕事帰りの湿気と疲労でわずかに乱れている。
同じ色の瞳は眠たげに伏せられ、今から楽しいことなど何一つ起こらないと、最初から諦めているように見えた。
まだ若い。
新卒で、人生は始まったばかりだと言われる年齢だ。
けれど鏡の中の自分は、入社してからずっとこの生活に飽きていたような顔をしていた。
明日も会社へ行く。
明後日も、その次も。
同じように疲れ、同じように帰り、同じように眠る。
そんな現実が、この先も延々と続いていく。
電子レンジへ弁当を入れ、ボタンを押す。
低い作動音が響いた。
マキトは、ソファへ沈み込んだ。
「このまま毎日同じこと続けるくらいなら……」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
「いっそ死んで、異世界転生でもした方が楽なんじゃねえの」
親父の話では、本当に異世界というものはあるらしい。
ついでに言えば、親父は本気で自分を竜だと思っている。
普通なら、いい歳した親父の痛い妄言で終わる話だ。
だが、あの冗談ひとつ言わない真面目な親父が、昔から当たり前のように語っているのだから、案外本当なのかもしれない。
異世界も。
親父が竜だという話も。
……まあ、たぶんだけど。
もちろん、本気で死ぬつもりがあるわけではない。
ただ、明日会社へ行くのが面倒だった。
これから何十年も続くかもしれない人生が、途方もなく退屈に見えただけだった。
電子レンジが、温め終了の音を鳴らす。
その直後だった。
部屋の中央で、光が弾けた。
「……は?」
最初に現れたのは、白だった。
純白の髪を短く整えた、美しい少女。
澄んだ青い瞳。
頭上には、柔らかな光を宿した輪が浮かんでいる。
白を基調とした鎧には、神聖さを誇示するような黄金の装飾が施されていた。
その手には、室内で構えるには明らかに大きすぎる巨大な大剣。
何より、鎧の意匠では到底誤魔化しきれないほど、胸が大きかった。
彼女は床へ降り立つと、マキトの姿を認め、泣きそうに安堵した顔で微笑んだ。
「ようやく、お会いできました」
両手を胸の前で重ね、祈るように頭を下げる。
「旦那さま」
「……」
マキトの思考が止まった。
反応する暇もなく、今度は赤黒い光が隣で弾ける。
姿を現したのは、黒を基調としたバトルドレスの少女だった。
衣装の随所には鮮血のような赤い装飾が入り、背中には悪魔を思わせる尻尾が揺れている。
こちらも、白い少女に負けず劣らず豊満な胸をしていた。
手に持つのは、巨大なハルバート。
床へ石突きを落としただけで、リビングのフローリングが嫌な音を立てる。
少女はマキトを見るなり、露骨に顔をしかめた。
「……はぁ?」
赤い瞳が、値踏みするようにマキトを上から下まで見る。
「こいつが私の相手?」
「冗談きついんだけど。顔以外、見るからにしょぼそうじゃん」
それから、盛大に舌打ちをした。
「最悪。私のクズ亭主が、こんなくたびれた男とかないわー」
「……」
マキトは、ソファに座ったまま二人を見比べた。
白い鎧の爆乳天使。
黒いドレスの爆乳悪魔。
旦那さま。
屑亭主。
何一つ理解できない。
つい先ほどまで、明日も会社かと絶望していたはずだった。
それがどうして、実家のリビングで、巨大武器を持ったコスプレじみた美女二人に夫扱いされているのか。
ようやく口が動いた。
「……誰だ、お前ら」
白い少女が、少しだけ目を見開いた。
黒い少女は眉間に皺を寄せる。
だが、その表情がすぐに別の意味で固まった。
二人の視線が、初めて互いへ向く。
白い少女の微笑みが消えた。
「……メルシー?」
黒い少女のこめかみに青筋が浮かんだ。
「は……? なんでシエルがここにいんのよ」
空気が、一瞬で変わる。
さきほどまでマキトへ向いていた二人の意識が、完全に互いへ向き合った。
シエルは巨大な大剣を握る手に、わずかに力を込める。
「それはこちらの台詞です。なぜ邪神陣営のあなたが、旦那さまのもとへ現れるのですか」
「旦那さま?」
メルシーの目が据わった。
「あんた、何しれっと正妻面してんの? そいつは私のクズ亭主なんだけど」
「クズ亭主などという呼び方をなさる方に、伴侶を名乗る資格があるとは思えません」
「はぁ!? 旦那さまぁ♡とか、甘ったるい呼び方してる方がキモいんですけど!?」
「……」
マキトは立ち上がった。
電子レンジの中では、温め終わった弁当が放置されている。
目の前では、知らない女二人が、知らない理由で、自分を巡って睨み合っている。
仕事帰りの頭で処理できる情報量ではなかった。
だから、もう一度だけ確認することにした。
「いや、だから」
二人が同時に振り向く。
「本当に誰なんだよ、お前ら」
マキトの退屈だった日常は、この瞬間、確実に終わった。




