七.陰謀論的思考
しばらく廊下を進んでいると、奥の部屋に突き当たった。
律はドアの上に掲げられた小さなプレートに目をやると、そこには「徳山研究室」と記されていた。
(何の研究しているのか見当もつかないが、すべての暗号がここ指し示しているということは、この部屋が“震源”に違いない)
確信めいたものを胸にドアノブに手を掛けた律が思い切ってドアを押し開けた途端、白衣の学生たちが一斉に振り向いた。
「えっ、なんで……、本人が……?」
正面に置かれたホワイトボードには、明らかに隠し撮りしたと思われる律の写真がズラリと貼られていた。
駅のホームの定位置に立つ律、
近所の猫を真剣な眼差しで見ている律、
会社の清掃員のモップの動きを凝視する律、
電柱に貼られた不動産屋のチラシを食い入るように見つめる律、
特売日のスーパー前で微動だにせず立つ律
等々、どれもこれも、ごくありふれた律の日常だった。
加えてこれらの写真の下には、ここ三ヶ月ばかりに律の行動様式がびっしりと書かれており、ボードの上部には「几帳面傾向と陰謀的思考の関連性」とタイトルらしきものがデカデカと書かれていた。
理解が追い付かない律が立ち尽くしていると、そこにエントランスから律を追ってきた若い二人の男が現れた。
「あちゃ~っ、見つかったか~っ」
律の背後で困り顔で頭を搔く若い男に白衣の学生の一人が語気を強めて問い詰めた。
「おいっ、どうして連絡しなかったんだ!」
「先輩、何度も連絡入れたのに、どうして誰も出なかったんですか!」
即座に後輩が言い返すと、白衣の先輩は「えっ、マジ?」という顔で目を丸くした。
そして、後輩はダメ押しの一言を言い放った。
「繰り返し何度も何度も入れましたよ」
これを聞いた白衣の先輩は振り返って声を荒げた。
「教授、どうして出なかったんですか!」
「えっ?!」
思わぬ飛び火に慌てた徳山教授は白衣のポケットからスマホを取り出して確認すると、着信履歴が鬼のように付いていた。
引きつった笑みを浮かべた徳山教授は蚊が鳴くような声で謝罪した。
「……ごめん、気が付かなかった」
本当にこの人について行って大丈夫のかと、場の空気が凍り付く中、徳山教授はこの最悪の事態をどうにか乗り切ろうと、律に言い訳し始めた。
「えーとですね、これは決してあなたを監視していたわけではなく、あくまでも純粋な研究の一環として――」
徳山教授曰く、現在、陰謀論の研究をしており、始めるにあたってモニターに適した人物はいないかと、関係各所に問い合わせたところ、半年前に研究室のOBから「それなら、ウチに変わったヤツがいますよ」と律の推薦を受けた。
二日程、律の行動を観察した教授は「彼ほど、この研究に適した人材はいない」と即断即決した。
「いやーっ、すまなかった。君の承諾を得ずに勝手にやったことは謝る。この通りだ」
素直に頭を下げた教授を見て、学生たちも皆、頭を下げた。
「謝罪したところで、言うのも何なんだが、研究は続けさせてくれないか。もう少しで完成するんだ」
人権侵害の上に、こんな厚かましいお願いなんか断るのが当然のはずが、律は静かに微笑んだ。
「やはり……、あなたたちが“秩序のネットワーク”の中枢だったのですね」
「……?」




