最終話.世界はきれいに狂ってる
教授をはじめ、すべての学生たちが首を傾げる中、律は誇らしげにノートを見せた。
「ここには、あなたたちが日常に溶け込むように潜ませたフォントのズレを利用した暗号を書き記しています」
すべてを理解したように満足げに話す律を見て、学生の一人が教授に耳打ちした。
「先生、あのノートは陰謀論を好む人間の思考的特性を分析するのに格好の材料になりますよ」
この言葉に肯いた教授は一歩前に出て律に言った。
「あの~っ、もしよければ、今後の参考にしたいんで、そのノート見せてもらいますか?」
「えっ、構いませんが、あなたたちが作った暗号ですよ?」
「ええっ、そうなんですけど、さらに良いものを作る参考にしたいんですよ」
「なるほど、それはいい。“さらに良いものを作る”、日本の職人魂に通ずるものがりますね」
律から快く差し出されたノートを受け取った教授は学生たちと一緒に中身を一目見るなり、驚愕した。
フォントのズレを暗号と結び付けたこと以外にも、これまで律が「乱れ」と称していた事象一つ一つを独自の解釈で、その意図を読み解いていた。
ホワイトボードを楽し気に眺める律の背中を見ながら、学生たちは口には出さなかったが、全員同じことを思った。
(コイツ、ただのヤベェ奴じゃん……)
ノートを閉じた教授は小さくため息を吐くと共に、これまでの観察とノートの内容から「陰謀論の思考的特性」を以下のように推論した。
【一. 思考力不足では説明できない理由】
これまで陰謀論を信じる原因は「クリティカルシンキングの欠如」とされてきた。
しかし、高い分析能力を持つ人でも陰謀論を信じるケースがあるため、それだけでは説明が不十分である。
注1:クリティカルシンキングとは、物事を客観的かつ論理的に分析し、本質を見極める思考法
【二.規則や秩序を求める「システム化傾向」が鍵 】
被験者の行動観察から物事の間に規則性を見つけようとする“システム化”傾向が強い人ほど陰謀論を魅力的に感じることが強く示唆された。
陰謀論は複雑で予測不能な出来事に「筋の通った説明」を与えるため、秩序を求める人にとって心理的に非常に受け入れやすく、心地良い。
【三.高い思考能力が逆に作用する矛盾】
科学的推論能力が高くとも、秩序への強い欲求があると、無関係な事象を結びつけてしまい陰謀論に陥り易くなる。
逆に「能力があるからこそ、誤った結論を精巧に組み立ててしまう」現象が被験者の行動観察から確認された。
そして、こう結論付けた。
『陰謀論では“世界を理解可能な状態に保つ”というシステム化傾向が強い人間の心理的ニーズを満たすため、情報の正誤判断よりも心理的な安心感が優先される』
この結論に教授は改めてホワイトボードの前ではしゃぐ律に目をやった。
(確かに、世界は乱れている。
そして、彼はその乱れの中に何かしらの“意味”を見つけようとした。
事実とはかけ離れていたが、彼が見つけた“秩序”は、彼だけのものだった。
彼の理論は間違っているようで、どこか当たっているようでもある。
世界は、案外、我々が思うよりも奇妙で、整っているのかもしれない……)
《おしまい》




