偽装の余白【第3章:沈黙を破る者】
2025年10月5日、東京・新橋。
週刊誌『現代視点』編集部の一角。
記者・三浦拓真は一枚の新聞記事を見つめていた。
「美術学生、佐伯遥さん自死——SNSでの誹謗中傷が原因か」 小さな囲み記事。
数行の事実だけが並び、背景には触れられていなかった。
三浦は違和感を覚えた。
SNSで炎上した若者の死——それだけではない何かがある。
記事の末尾に添えられた一文が、彼の目を止めた。
「一部では、著名装丁家による作品盗用の疑惑も囁かれている。」
神谷圭吾。
その名は、三浦にとっても馴染み深かった。
業界の重鎮。
装丁大賞の常連。
だが、過去に「若手のアイデアを吸収しすぎる」と囁かれたこともある。
三浦は、遥のSNSアカウントのアーカイブを探し始めた。
削除された投稿のスクリーンショットが、匿名掲示板に残っていた。
文化祭で展示された作品と、神谷の装丁を並べた画像。
構成、色彩、余白——一致していた。
三浦拓真のメモ(2025年10月6日)
|これは偶然ではない。
|盗用の可能性は高い。
|だが、証拠が足りない。
|文化祭の記録、展示写真、目撃者——それらを集める必要がある。
|彼女の声は消された。
|私が、それを拾う。
三浦は、遥の大学を訪れた。
展示会の記録を求めるが、個人情報保護を理由に拒まれる。
だが、学生の一人がこっそり声をかけてきた。
「遥さんの作品、私も見ました。神谷さんが写真撮ってたの、覚えてます。」
その学生は、文化祭の様子を撮影した動画を持っていた。
そこには、神谷が遥の作品の前でスマートフォンを構えている姿が、はっきりと映っていた。
三浦は、動画を確認しながら静かに息を吐いた。
これが、沈黙を破る鍵になる。
三浦拓真の日記(2025年10月7日)
|彼女は、声を上げた。
|だが、誰も聞こうとしなかった。
|私は、聞く。
|そして、伝える。
|これは告発ではない。
|これは、記憶の回復だ。
(つづく)