海の見える街
——王都を離れてから一週間。途中で何度か魔物による襲撃を受けながらも、私たちは無事にアクアレアに辿り着いた。王都と同じように、巨大な外壁が街を覆っている。
「やっ……と着いたな。襲撃ばっかで疲れたぜ」
「早くベッドで休みたいわね……」
商人が手続きをしている間、皆が思い思いに体を伸ばしていた。かくいう私も、この体で長旅をするのは初めてのことだったから、体の節々が痛んでいる。エミリィも、関節の痛みに苦悶の表情を浮かべていた。
「そういえば……二人はこの後、急ぎの用事でもあったりするか?」
「ううん? とりあえず、宿でも探そうかなって思ってるところ。エミリィはどう?」
「祖父母の家に顔を出したいですけど、急いではいませんね。そもそも、皆は私がここに来たこと自体知らないはずですし」
やるべきことは山ほどある。宿探しや冒険者ギルドでの冒険者登録に、エミリィの家族への挨拶。これからのことも考えると、街の散策もしておきたい。だが、どれも急を要するものではない。強いて言うなら、宿が満室になる前に探しておきたい、といったところか。
私たちの答えにウィルは満足したのか、言葉を続けた。
「それなら、ひとまず冒険者ギルドまで一緒に来てくれないか? 報酬の話もあるし、魔物の特殊個体のこともギルドに報告したくてな。ついでに、冒険者登録も済ませちまうといい」
ああ、そうか。すっかり忘れていたが、私たちはウィルたちから依頼を受けて同行していたんだった。なら当然、報酬も発生するはず。
それに、道中で何度か遭遇した、白ウルフのような『特殊個体』——通常種とは異なる特性を持つ魔物の一部は、私が相手をしている。魔物の異常発生のこともあるし、報告の義務はあるだろう。
「うん、いいよ。私たちもギルドの場所を知らなかったから、丁度いいや。エミリィもそれでいい?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「よかった。なら、ヴィアーネとサリアは、先に二人をギルドに案内してやってくれ。俺は商業ギルドで完了印を貰ってから行くから」
二人が頷くのと、手続きを終えた商人が戻ってくるのは殆ど同時だった。そして、ウィルは依頼の完了報告のために、商人と立ち去った。
「それじゃあ、行きましょっか」
残ったヴィアーネとサリアに案内される形で、私たちはアクアレアに足を踏み入れた。
——まず一番最初に抱いたのが、『賑わっている』という感想。王都とはまた別の賑わい方だ。王都よりも活気がある、といってもいい。流石は、商業都市と呼ばれるだけある。
転生してからは初めて訪れる王都以外の街に、私は意図せず目を輝かせていたのだろう。隣を歩くサリアが、口元を隠して可愛らしく笑った。
「ふふ……楽しそうですね、リリエルさん」
「うん……すごく賑わってるね。商店の数なら、王都よりも多いんだっけ?」
「そうだよ。なんたって、商業都市って呼ばれるくらいだからね」
ヴィアーネが、私の問いにそう答えた。
アクアレアは、リディア王国の中でも最大規模の貿易港であり、商業都市だ。都市の規模でいえば王国内で三位だが、人口の多さで言えば王都レリウムに次ぐ二位。都市内の商店の数という点でいえば、王都を凌いで国内一位。賑わっていて当然なのだ。
「それに、今はお祭りの時期だから、特別人も多いんですよ」
「お祭り?」
「そ。一年に一回、都市の繁栄を願って開かれるのよ。今は準備期間中だから、まだ落ち着いてる方ね」
「こ、これで落ち着いてるんですね……」
今でさえ、人と人との肩が触れ合うほどの密度。そこから更に人が増えると聞いて、エミリィはやや顔を青くしていた。
そうして人混みに流され、しばらく歩いた頃、一際大きく頑丈な作りの建物が見えてきた。建物に見劣りしないほど大きな看板には、剣と杖を交差させたようなマークが刻まれている。
「ほら、着いたよ。ここがアクアレアの冒険者ギルド」
「ここが……」
外から見上げるだけでも、圧倒的な存在感。私の身長だと、見上げているだけでも首がもげそうになる。
二人は気負いもせずに扉を開くと、先へ進んだ。エミリィと目を合わせて一度頷くと、その後を追って足を踏み入れた。
……まず、これが失礼にあたることは承知で言うが、ギルド内部は想像していたよりも落ち着いた雰囲気だった。前世で何度か訪れた冒険者ギルドは、冒険者とは名ばかりの荒くれ者の集まりであり、昼間から酒の匂いが充満するような場所であった。その分、何でも屋としての腕は確かだったけど。
でも、アクアレアの冒険者ギルドは、荒れた様子の一つもない。どちらかといえば、役場のような……そんな空気感だ。
「あ、ヴィアーネさん、サリアさん、お帰りなさい!」
ギルドに入るなり、奥のカウンターに座っていたギルド職員の少女が、私たちに向けて手を振る。どこかで見覚えのある赤髪だ。
「ただいま、ユーリ」
「あれ、お兄ちゃんはどうしました?」
「商業ギルドに完了報告をしにいきました。私たちは少し、別件でお話があって」
少女——ユーリと呼ばれたギルド職員ととヴィアーネたちは、職員と冒険者という関係では収まらないほど、仲が良く見える。
お兄ちゃんという言葉に、彼女の赤い髪と、サリアの返答から察するに、このユーリという少女はウィルの妹なのだろう。どことなく面影がある。
ヴィアーネからアイコンタクトを送られ、私は前に出る。ユーリは目をぱちくりと丸くさせていた。
「冒険者志望のリリエルよ。ウィルが戻ってくるまで、彼女の登録をお願いできる?」
「かしこまりました! では、ちゃちゃっと手続きしてしまいますね!」
ユーリはそう言うと、カウンターの下をごそごそと漁り始めた。ウィルに似て、堅苦しくなくてやり易い。
そうして彼女が取り出しのは、冒険者に登録するための申請書だった。氏名や年齢、職業や得意なことなど……冒険者として仕事をする上で必要とされる情報を記入するらしい。
「では、こちらに必要事項をご記入ください! 希望があれば代筆も可能です!」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう」
ユーリからペンを受け取り、記入を始める。名前は、リリエル。姓はない。ファルドマンと縁を切ったことで姓は失ってしまった。
それから、歳は十二。職業は分かりやすく、魔法使いとしておいた。現代の魔法使いの基準はまだあまり分かっていないが、ファルドマンの三馬鹿やサリアの魔法を見る限り、今の私でも魔法使いを名乗れるだけの力はあるはずだ。
必要事項を記入した申請書をユーリに返し、チェックを受ける。特に問題はなく受理され、最後に銅のような色をした手のひらサイズのカードに、私自身の血を一滴垂らす。貸し出された針には、マーヒ草という薬草を調合した薬が塗られていたのか、痛みはなかった。
「はい! では、これがリリエルさんのギルドカードになります! 冒険者ギルドへようこそ!」
そうして受け取ったのは、先ほど血を垂らした小さなカード。こんな小さなものが身分証として通用するのだ。しかも、特殊な技術が用いられているため偽造が難しく、本人の血液で登録されているため、他者が使おうとするとすぐにバレてしまうらしい。前世ではここまで進歩していなかったと思う。
キラキラと、鈍い輝きを放つギルドカード。何だか少し、心が躍ってしまった。
「無事に冒険者になれたみたいだな」
そんな私の背後から、ポンと、肩に手が置かれる。ウィルだ。その手には商業ギルドで完了印が押された依頼書が握られている。こちらも、無事に済んだようだ。
「あ、お兄ちゃん! お帰り!」
「おう、ただいま。これ、商業ギルドから完了印貰ってきたから、確認頼むわ」
「はーい!」
ユーリはウィルから依頼書を受け取ると、手早く処理を済ませていく。まだ私と同じくらいの歳なのに、その機敏な動きは歴戦の猛者を彷彿とさせるようだ。
「ユーリって、やっぱりウィルの妹だったんだ」
「ああ。妹のユーリだ。俺を追っかけてギルドの職員になっちまってなぁ。荒々しい連中も多いし、やめとけとは言ったんだが……」
「何言ってんの。ユーリの決意が固いと知るや否や、仕事そっちのけで応援してたくせに」
「ばっ……そういうことは言うなよ、ヴィアーネっ!」
悪戯な笑みを浮かべ逃げ回るヴィアーネを、顔を真っ赤にしながら追いかけるウィル。サリアはその様子を見て、離れたところで笑いを堪えていた。エミリィは吹き出している。
ああ、なんかいいな、こういうの。公爵家にいた時は味わえなかった感覚。前世でもこうやって、一緒に馬鹿をする人たちがいた。あの時は楽しかった。それを思えば……やっぱり、私は冒険者になるべきなのかな。『紅月』の仲の良さに憧れてしまう。
そうして、ウィルたちが馬鹿をやっている最中に、依頼の処理を済ませたユーリが、報酬金をカウンター上に置く。布袋に入っていて、他からは中身が見えないような配慮がなされていた。
「はいはい。お兄ちゃん、知り合ったばかりの人の前で恥ずかしいでしょ」
「ぐっ……言い返せねぇ……」
ヴィアーネと取っ組み合っていたウィルは、ユーリの言葉に落ち着きを取り戻すと、小さな咳払いをして報酬の確認を始めた。
そんな様子に、若干呆れた様子を見せつつも、ユーリはこちらを見て笑ってみせた。
「改めまして……兄共々よろしくお願いしますね、リリエルさん」
「こちらこそよろしくね、ユーリ」
彼女と、熱い握手を交わす。これから幾度となく世話になるだろう。それに、ただの直感ではあるが、ユーリとは個人的にも仲良くなれそうだ。
そして、握手を終えたユーリは、思い出したようにわざとらしく声をあげた。
「あ、そうだ。私、もうすぐで休憩時間だから、一緒にご飯でも食べない? リリエルさんの初心者講習も兼ねて」
「とか言って、俺に奢ってもらう算段だろ? 全く……」
「にへ、バレたか」
舌を出して笑うユーリ。食事云々は置いておくとして、初心者講習というのは何なのだろう。
首を傾げていた私に、ウィルは頭を掻きながら言った。
「リリエルは冒険者になったばかりだからな。ギルド職員から初心者講習を受ける義務があんだよ」
「初心者講習?」
「難しいものじゃありませんよ。冒険者ギルドのルールを説明するものだと思ってもらえば」
ウィルの説明に、サリアが補足する。なるほど。確かに、私は冒険者になったばかりで、冒険者ギルドの作法や決まりごとを何も知らない。それを教えるための講習だということか。
「こいつもこう言ってるし、悪いが飯に付き合ってくれないか? 俺が持つからさ」
「そうだね。断る理由もないし……エミリィもそれでいい?」
「ええ。私もお腹が空いちゃいました」
きゅるる、と、エミリィの腹の虫が鳴いて赤面する。もう少しでアクアレアに到着するからと、昼食をとらずにここまで来ているのだ。ここ最近は給与が横領されていた分の反動もあってか、エミリィはすっかり『食いしんぼうキャラ』として定着してしまった。道中はずっと、三食しっかり食べていたから、お腹が空くのも無理はない。
「なら……安くて多くて美味い、俺のオススメの店を教えてやる。今後、世話になるだろうしな」
そう言ったウィルに従って、私たちはギルドを後にした。




