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魔物の襲撃

「っ、確かに五匹、来ます!」


 サリアの魔法にも引っかかったのだろう。それはつまり、すぐそこまで迫っているということ。より一層気を引き締めたウィルたちは、敵の襲来に遅れないよう、神経を研ぎ澄ませていた。


 そして。



「うぉっ……らぁっ!」

「せいっ!」


 影が二つ、同時に木々の中から飛び出してきた。ウィルはそれを盾で受け止めて斬りつけ、ヴィアーネは弓を射て応戦する。


 どちらも致命傷とならず、影は二人から距離を取った。影の正体は……成人男性と同じくらい大きな、真っ黒な狼だった。


「ちっ、浅かったか……」

「同じく……心臓を狙ったつもりだったんだけど」


 ウィルの剣が斬り裂いたのは狼の脚。ヴィアーネの矢は腹部に命中していたものの、狼の様子を見る限り致命傷にはなっていない。


(……やっぱりウルフ種か。でも妙だな、ウルフ種といえば……)


 負傷した一匹が遠吠えをあげる。すると、木々の中からゾロゾロと残り三匹も姿を現した。闇に染めたような真っ黒なウルフたち。その中に一匹だけ……それとは反対に、曇りのない真っ白な毛並みのウルフがいた。


「二人とも。そのウルフ……普通のウルフと色が違います」

「ああ。この辺りじゃ見ない種類だな」

「別種かしら。まあ、倒して解体すれば分かるでしょ」


 どうやら、いつものウルフとは別種のものらしい。非常事態だし手伝ってもいいかと思ったけど、三人の実力も見たいし、ひとまずは観戦しておこう。


 まずは、前衛のウィルが黒いウルフを三匹引き付けた。上手く盾を使って攻撃をいなしながら、ウルフたちにダメージを与えている。死角からの攻撃にも上手く対応しているから、一対多の戦いにも慣れているのだろう。

 だが……致命傷を与えられていない。このままではジリ貧だろう。ウルフの動きが、不自然なほどに連携が取れていて、攻めきれていないのだ。


 後衛——だと思っていた中衛のヴィアーネは、残る二匹を引き付けていた。遠距離から弓で援護する戦闘スタイルなのかと思いきや、接近戦に持ち込んで敵との攻撃を躱しながら矢を撃ち込む、近接戦闘タイプの弓士らしい。

 エルフ特有の柔らかな動きで、ウルフを翻弄するように跳ね回り、空中で弦を引いて矢を放つ。時折マントの中に隠していた短剣で斬りつけては離脱する、ヒットアンドアウェイを得意とした戦い方なのだろう。道理で、普通の弓よりも小型のものを使用しているはずだ。威力は多少落ちるが、取り回しが良い。


 サリアは……二人がウルフを引き付けている間、詠唱を進めている。この詠唱は、攻撃魔法ではなく、『拘束(バインド)』の魔法だろう。


「『——彼の者を捕らえよ』、『拘束(バインド)』ッ!」


 五匹のウルフを、光の輪のようなものが締め上げる。基礎魔法の一つである『拘束』。魔法に対する反発力である、※魔力抵抗力と呼ばれるものが高い相手には弾かれるが、そうでない相手なら一方的に拘束できる優れた魔法だ。


「よし、今だっ!」


 これを待ってました、と言わんばかりに、防戦一方だったウィルとヴィアーネが攻めに転じる。『拘束』で動きを止め、前衛が仕留める。種族として魔力抵抗力の低いウルフ種を相手にするには、これ以上ない有効な戦法だろう。



——しかし、どうやらサリアは気づいていなかったみたいだ。白いウルフの、妙な点に。



 黒いウルフたちが次々と倒される。その中でただ一匹、白いウルフだけが、『拘束』から逃れようともがいている。本来、ウルフ種は魔力抵抗力が低いから、その程度で抜け出せるわけがない、が。


……白いウルフは、あろうことか自力で『拘束』の魔法を破壊すると、そのまま無防備なサリアに向かって飛びかかったのだ。


「なっ……!? まずい、サリアっ!!」

「ひっ……!?」


 ウィルもヴィアーネも、予想だにしていなかった出来事に、咄嗟の反応ができていない。サリアはどうやら詠唱を破棄しての魔法が使えないらしく、その場で目を逸らして死を覚悟していた。


……ここまでか。



「『大地の槍(ロックランス)』」



 私がそう唱えると、宙にいた白いウルフの真下の地面が盛り上がり、三本の槍となる。槍は真っ直ぐにウルフの体を貫き、巨大な風穴を開けて絶命させると、土くれのように崩れていった。


「……え?」


 目を逸らしていたサリアは、その瞬間を目撃していた。ひとしきり目が泳いだ後、私と目が合う。ウィンクでもしておくか。パチクリと。


 地面にウルフが落下するのと同時に、ウィルたちがサリアのもとに到着する。膝から崩れ落ちるサリアと、それを抱きしめるヴィアーネ。ウィルはバツが悪そうな表情で、その場に立ち尽くしていた。


「本当は手出ししないつもりだったんだけど、流石に見殺しにするのは良くないと思ってね。サリア、大丈夫?」

「あ、ありがとう、ございます……」


 ヴィアーネに支えられながら立ち上がったサリアは、風穴の開いたウルフの死体を見つめながら、パチクリと、何度も瞬きをしていた。


「……ろ、『大地の槍(ロックランス)』って、中位の魔法……でも、なんであのタイミングで詠唱が間に合ったんですか……?」

「詠唱してないからね」


 呑気に詠唱なんてしてたら間に合わないし。そもそも私は、面倒臭いから詠唱なんてしない主義だ。使用者が望むままの姿を取る創世魔法だって詠唱破棄をして使える。あんなものは唱えるだけ時間の無駄だ。


「え、詠唱破棄っ!? 中位の魔法をっ!?」


……しかし、サリアの反応を見るに、どうやら私の認識はおかしいらしい。妙だな。前世の時代では、皆当たり前のように無詠唱で魔法を使ってたのに。魔力腫の存在が忘れ去られていたことといい、この世界の魔法の水準は前世よりもかなり低くなっているみたいだ。


「え、うん……何かおかしかった?」

「り、リリエルさんって、今おいくつですか……?」

「十二歳かな。もう少しで十三歳になるけど」


 歳を聞いたサリアは、魂が抜けたように白目を剥いていた。自分から聞いてきたのに。


「……何にせよ、助かったぜ、リリエル。お前がいなきゃ、俺たちは仲間を失ってた。ありがとう」

「ありがとう、リリエル。私たちじゃ、サリアを助けられなかった」

「いいよいいよ。困った時はお互い様なんだから」


 ウィルとヴィアーネが、深々と頭を下げる。私としては、それほど大それたことをしたつもりもないから、ここまで感謝されるのは何だか背中がむず痒くなってくる。


「でも、何で分かったんだ? このウルフが『拘束』から脱け出せるって」


 頭を上げたウィルが、白いウルフの亡骸を見つめながら言った。サリアもこの話題に変わった瞬間に意識を取り戻し、興味津々な表情で目を輝かせている。


「簡単な話だよ。戦闘が始まってからずっと、魔力をばら撒いて様子見してたんだけど……この白いウルフだけ、魔力を弾いてたんだよね。魔力抵抗力がウルフ種にしては高すぎるってこと」

「それで……確かに『拘束』の魔法は、魔力抵抗力が高い相手には効きません」


 魔力抵抗力の強さの調べ方は簡単だ。魔法に昇華させていないただの魔力をばら撒き、それを弾く加減を見ればいい。魔力抵抗力が低い相手なら魔力は弾かれず、纏わりつくように漂うが、魔力抵抗力が強い相手だと、近寄ることすらできずに弾かれる。

 黒いウルフたちには私の魔力が纏わりついていたけれど、あの白いウルフはそれなりに弾いていた。私たちと比べて、魔力抵抗力が特別高いというわけでもないが、種として魔力抵抗力が低い傾向にあるウルフ種の中では異常なほどに高い。


 もしサリアが、もっと魔力を込めて全力の『拘束』を使っていたなら、白いウルフも脱け出せなかったかもしれない。だが、サリアは『ウルフ種の魔力抵抗力の低さ』を知っていたからこそ、最低限の魔力で魔法を使った。知識があったが故の失敗だ。


「……私、全然気づきませんでした。見たこともない相手だから、警戒しないといけなかったのに」

「それを言うなら俺たちもだ。前衛なのにサリアを守れなかった」

「私たちもまだまだね。最近、気が緩みすぎてたのかも」


 表情を暗くするサリアと、悔しそうに歯を食いしばるウィル。各々、自らの反省点は理解しているようだ。概ね、油断と慢心といったところだな。


 特に、サリアに関しては、『未知の魔物』が相手である以上、既存のウルフ種に当て嵌めて魔法を使うべきではなかった。サリア自身もその課題点には気が付いているようだけど。


「まあまあ。反省点が分かってるなら問題ないと思うよ。三人とも戦闘慣れしてたから、後は特殊な敵との戦闘経験を積めば、もっと強くなれると思う」


 空気が重くなりすぎると、部外者の私たちとしてはいたたまれない雰囲気になってしまう。場を和ませるようにそう言うと、三人はじとっとした目つきで、私を見た。


「……まだ冒険者にもなってない十二歳の女の子に諭される俺たちって……」

「やめましょう、ウィル。何となく、リリエルには常識って物が通じない気がするわ」

「この歳で中位魔法を無詠唱で使える時点で、既に常識外れな気がしますが……」


 褒められているのか、貶されているのか。ため息をこぼして肩を落とすウィルたち。私は私で、後ろに立つエミリィが、呆れたような顔で肩に手を添えてきた。


「……あれ、私なんかやっちゃったかな」

「まあ……リリィのおかげで皆助かりましたから。今はそういうことにしておきましょう」

「ねえエミリィ。何でそんな目で見るの。ねえ?」




 その夜は、それ以上の襲撃もなく、私たちは食事を再開して夜を明かした。寝ずの番を買って出たのに、運搬係にそんなことはさせられないと言う三人の圧に負け、エミリィを抱き枕にする形で眠りに就いたのであった。

※魔法防御力のようなもの

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