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決闘の後で

——決闘が終わってから、屋敷内はえらく騒がしかった。『神童』が現れただの、宮廷魔導士団への面子が立たないだの。あとは、私に平謝りしにきた従者たちが行列を成しただとか。もちろん、全て突っぱねたけど。


 やりたいことはやった。三馬鹿がしてきた陰湿ないじめに対する復讐は、正直こんなもので満足したし、他の従者たちがそれに加担していたことを証明するものだって山ほど用意してある。本当の本当に、これで屋敷への未練はなくなった。

 これで、公爵から独り立ちの許可を得れば、私は晴れて自由の身だ。たとえ公爵が私を引き留めようとも、聞くつもりはない。


 そう思って、多少は身構えながらも、公爵の執務室へ向かった。室内には公爵の他にユリウス兄様もいて、二人は私が来るのを待っているようだった。


「……来たか」

「はい。元々、これが目的でしたから」


 これ、というのは当然、独り立ちの許可のことだ。アンジェリーナたちへの復讐という目的もあったが、『決闘』という場を用意したのは、何より、分かりやすく公爵に実力を披露するためでもあった。全ては、この屋敷から出て行くために。


「それで、お父様。私は……」


 許可が貰えるのか。そう問う気でいた私の前に、公爵の執務机から一枚の紙が飛んできた。ふわふわと宙に浮かぶそれは、確かに、私の独り立ちを認める契約書であった。


「お前の独り立ちを認めるものだ。それに記名すれば、お前はファルドマンの名を捨てることができる」


 私が望んでいたもの、まさにそのもの。あまりにもあっさりと、それが手に入ったものだから……私は困惑して、記名するのも忘れたまま立ち尽くしていた。


「……どうした。それが望みではなかったのか?」

「い、いえ……もう少し、あれこれと聞かれると思っていたので……」


 正直、ここまですんなりと許可を得られるとは思っていなかった。決闘で披露した魔法の数々や、魔法が使えるようになった経緯など、根掘り葉掘り聞かれるものだとばかり思っていた。


 だが、実際に蓋を開けてみれば、公爵は質問の一つもせずに、約束を守って許可を出してくれた。この人は……私が思っていたよりもずっと、律儀な人なのだろうか?


「どうして魔法が使えるかとか……聞かないんですか?」


 恐る恐る、そんな疑問を口にしてみた。公爵は表情も変えないまま告げる。


「ユリウスから話は聞いていた。『リリエルに魔法の気配あり』とな」


 ハッとなってユリウス兄様を見ると、彼は目を瞑ったまま佇んでいた。恐らく、エドマンに絡まれたあの日だろう。去り際に声をかけられたが、あれは魔力を察知したからだったか。他の三人ならともかく、ユリウス兄様なら気づいていてもおかしくはない。


「ですが……私は半年前まで魔法を使えませんでした」

「ふむ……我が子が魔法を使えるようになったことに対して疑問を抱く親が、どこにいる」

「それは……ファルドマンなら魔法を使えて当然だ、という意味でしょうか?」


 私が問うと、公爵は肯定するでもなく、かといって否定するでもなく、言葉を続けた。




「お前なりに、これまで努力を続けてきたのだろう。その結果、魔法が使えるようになった。お前の努力が実った結果だ。そこに疑念を挟む余地などない」




……驚いた。私の記憶だと、公爵はあまり子供たちのことを褒めることのない人物だ。いつも寡黙で、必要な会話以外はしないような冷酷な人物だ。私が目覚めた時だって、冷たい態度ばかりで、私を心配するそぶりも見せなかった。

 だが、今の公爵の言葉を聞く限り、それは……私の勝手な勘違いだったのかもしれない。少なくとも、公爵は決闘で私が披露した魔法に対して、『イカサマ』だとか『インチキ』だとか、卑怯な手を使って得た勝利だとか、他の連中が言っていたような言葉を発さなかった。公爵は確かに、『私の努力が実った』のだと、そう言った。


(この人は……優しさの表現の仕方が、下手なだけなのかな……)


 いじめられていたリリエルに手を差し伸べてくれた記憶などない。だから、私は公爵を許すつもりはない。記憶を取り戻す前の私はアンジェリーナたちのせいで酷い目に遭ったし、そこから助けてくれなかった公爵やユリウス兄様のことだって、好きにはなれない。


 だけど、もしかしたら……ちゃんと話し合えば、ちゃんと向き合えば、私はこの人たちを嫌いにならずに済んだのかな。


「どうした。記名しないのであれば、それは破棄してしまうが」

「い、いえ! しますします!」


 公爵に急かされ、私は契約書の内容をサッと確認し、魔力で記名した。契約書は再び公爵の手元に戻ると、炎に包まれて消えた。魔法の道具だ。これで、契約は成立……私は、ファルドマンの名を失った。


「……これで、お前は貴族ではなくなった。今後一切、ファルドマンの名を語ることを禁ずる」

「はい、承知しています。明日の朝には、荷物をまとめて去るつもりです」


 目は一度も合わさないままの、絶縁宣言。父と子であるという関係性は残るが、私はファルドマン公爵家とは無縁の平民になった。これから先、私が公爵のことを『父』と呼ぶ日は来ないだろう。


 私は『収納(ストレージ)』から大きな封筒を四つ取り出し、魔法で公爵の机へと届ける。これが公爵家へ送る、私からの最後の贈り物だ。


「それは半年前、私に『毒』を盛った者たちの名前と、その証拠……それから、私の専属侍女であるエミリィへの不当な嫌がらせ等々……公爵様(・・・)の汚点となり得るものです。どうぞ、ご自由にお使いください」


 これで、用は全て済んだ。独り立ちの許可は得て、告発も済んだ。あの証拠類を公爵がどう使うかは分からない。もしかすると、そのまま『無かったこと』にされるかもしれない。

 だけど、不思議と、公爵はあれを正しく使ってくれるような、そんな気がした。数日前の私では考えられないほど楽観的な思考だが、何となくそう思ったんだ。


「それでは、私はこれで——」

「待ちなさい」


 踵を返し、立ち去ろうとした私を、公爵が呼び止める。何事かと振り返って、初めて、公爵と目があった。

 そこへ、ユリウス兄様がやってくる。兄様は何やら小さな化粧箱を取り出して、私に手渡した。


 思わず兄様を見ると、静かに一度だけ頷いた。開けろ、ということだろう。

 恐る恐る化粧箱を開けると、中に入っていたのは見覚えのある家紋が刻まれた、手のひらサイズほどの板だった。板といっても、芸術品と言われた方が納得できるほど洒落たものだったが。


「……これは?」

「ファルドマンの印章だ。お前はもうファルドマンの人間ではないが、この先一度だけ、ファルドマンの威光に頼ることを許す。それを証明するものだ」


 それはつまり……何かあった時は、一度だけ、ファルドマン公爵家が私を助けてくれるという、そういう認識でいいのだろうか。そんなものがあるだなんて話は、これまで聞いたことがなかったが……公爵本人がくれると言っているものだ。使う予定はないが、今後何が起きるとも分からないし、貰えるものは貰っておこう。


「……ありがとうございます、公爵様」


 既に机の上の書類に目線を移した公爵に頭を下げ、今度こそ、部屋から立ち去った。





——想像していたよりも、何倍も晴れない気分のまま、私は自室に戻ってきた。独り立ちの許可を得れば、もっと清々しい気分になると思っていたのに、公爵の思わぬ一面を見てしまったせいで、何だか居心地が悪い。


「この扉も見納めか……」


 自室へと繋がる、宝石で装飾された扉。ただの扉を、なんて豪華な作りにしているんだって、記憶を取り戻してすぐの頃は驚いていた。

 扉を開け、部屋に入る。室内には、部屋の掃除をするエミリィの姿があった。


「あ、お嬢様っ!」


 エミリィはすぐに私の存在に気がつくと、駆け寄ってきてキラキラとした眼差しを向けてくる。まるで小動物に懐かれたような気分だ。


「私、見てましたっ! お嬢様があれほどお強くなられていたなんて、私、知りませんでしたっ!!」

「だから大丈夫だって言ったでしょ?」


 私はそのままベッドに腰掛け、横になる。気を抜いたらこのまま寝てしまいそうだ。だが、寝るにしても、先に済ませておくべき問題がある。



「それで……帰ったきたばかりで申し訳ないけど、この前の話、考えてくれた?」



 体を起こし、そう問いかけた。


 三日前、決闘を宣言したあの日の返事。エミリィは少し暗い表情をした。


「……私、実はお屋敷で色んな人から嫌われているみたいなんです」


 知っている。特に、私を嫌う人間たちに嫌われているみたいだ。他の侍女や執事、侍女長だとかに。だからこそ、知らぬ間に給与を横領されていたわけだが。


「でも、家族を養うために……それに、お嬢様のことをお慕いしていたので、今まで頑張ってこれたんです。もし……もしお嬢様が、これから先も私を必要としてくださるなら……私は、その期待に応えたい。そう思います」


 まるで、自分自身を鼓舞させるかのように。言葉を重ねれば重ねるほどに、エミリィの表情が明るくなっていく。うん。この調子なら、大丈夫そうだ。


「それはつまり、一緒に来てくれる、ってことでいいのかな?」

「はい。どこまでもご一緒します、お嬢様」


 にこりと微笑むエミリィ。よかった……案外、一番の心配事はこれだったんだ。公爵に対しては実力を示すだけで良かったけど、エミリィが一緒に来てくれるかどうかは、エミリィ自身が決めることだったから。ここで断られたら、泣く泣く一人で旅に出るところだった。


「なら、その『お嬢様』ってのもやめないとね。私はもう貴族じゃなくて平民だし。エミリィの雇い主って関係ではあるけどね」


 人差し指を立てながら、そう言った。エミリィは少し困ったように笑いながら、『えーと』だの『うーんと』だのと考え込んでいた。


「それでは……リリエル様、でしょうか?」

「まだ固いなぁ」

「り、リリエルさん……?」

「まだまだ固いよ」

「じ、じゃあ、リリィさんというのは……」

「固いって言ってるじゃない。雇い主だけどもっと気楽にしてくれて構わないよ? 私はエミリィのこと、大切な友達だと思ってるんだから」


 いや、実際のところは『リリエルさん』でも『リリィさん』でも何でもいいのだが。固いなぁって言うたびにエミリィがあたふたするのが可愛らしいのだ。一応、この世界の年齢で言えば、私より二つ年上なんだけどね。



「では……り、リリィ、と……」



 最終的に、『リリィさん』でも固いとなると敬称をつけないという選択肢しかなく、これまでずっと『お嬢様』呼びしていたエミリィは、今後は愛称で呼ぶということで納得した。友達としてなら、私もそれがいい。



「……うん、それがいいね。これからよろしくね、エミリィ」

「はいっ、よろしくお願いします、リリィ!」



 貴族令嬢と専属侍女から、ある程度の主従関係は残しつつも、友達になった私たち。これで、この屋敷でやりたかったことは、全て終わった。



 あとは……明日の朝を待つだけだ。

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