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リリエル無双

——ぱぁん、という大きな炸裂音と共に、三馬鹿兄弟から凄まじい数の魔法が放たれる。合図が出る前から詠唱を始めて、準備を進めていたのだろう。かなり反則スレスレな行為だが、明確に禁止されていたわけではないので咎める者はいない。


(……でも、派手なのは音だけか)


 エドマンとロニーが横並びで前列に立ち、アンジェリーナは二人に守られるようにして後ろに立っている。魔法の実力を考えれば、火力を出せるアンジェリーナが後列にいるのは間違いではない。

 放たれた魔法は——『火玉(ファイアボール)』や『石玉(ストーンボール)』。あとは、それらよりも速度と連射性に長けた『火矢(ファイアアロー)』辺りだ。どれもこれも初心者でも扱えるような簡単な魔法ばかりで、三馬鹿の立てた作戦の甘さに、かえって笑いが引っ込んでしまった。


(反則スレスレのことするなら、もっと高威力の魔法を使えばいいのに。いや、使えないのかな、まだ)


 この程度の魔法に『反魔法(アンチマジック)』や高位の魔法を使うのは勿体無い。これが戦闘(・・)なら、私は迷わず『魔力障壁』を展開するか、『身体強化』で避けていただろう。

 だが今回はあくまでも決闘(・・)。それも、三馬鹿兄弟に恥をかかせるための大舞台だ。多少効率は悪くとも、見栄えを重視で戦うのが吉、って感じだな。


「ははっ、死になさい、落ちこぼれっ!」


 魔法が眼前まで迫る私に向けて、アンジェリーナが高らかに叫ぶ。『相手を殺してはいけない』って、さっき公爵から説明を受けたばかりだというのに……やっぱり、脳みそが足りていないのかもしれない。


「ふむふむ……見栄えでいくと氷魔法辺りが適任かな。火の魔法で溶けない頑強さも証明できるし」


 右手に魔力を。左手にも魔力を。両手を前に突き出して、その二つの魔力を合体させた。


「『氷盾(アイスシールド)


 直後、迫り来る魔法の大群から私を守るように、花の形をした大きな氷の盾が生成された。一般的な『氷盾』の魔法を、見栄えを整えるためだけに魔力で加工して、花の形に形成し直したものだ。

 もちろん、防御力は折り紙付き。三人が放った無数の魔法は、たった一枚の『氷盾』を貫くことさえできず、無様にも掻き消えた。


「なっ……!?」

「ま、魔法っ……!?」


 アンジェリーナたちの驚く声が聞こえる。そして、それと同様の声が、観客席からも湧いていた。

 その殆どが驚愕の声だ。一般的な決闘ならこの見せ場……否、『魅せ場』で大いに歓声があがるところだが、そうもいかないらしい。


(うんうん……そのびっくりした反応が見たくて、魔法が使えないふりを続けてたんだよね)


 この反応は、事前に魔法が使えることを知られていると味わえないものだ。ここまで我慢してきた甲斐があった。


「ど、どういうこと……な、なんで『落ちこぼれ』が魔法を使えるのよっ!」

「そ、そうだ! なんでお前がっ……!」


 アンジェリーナとエドマンは、私を指差して何やら喚き散らしている。そんな彼らを挑発するために、指を頬に添え、あざとく首を傾げてみせた。


「なんで、と言われましても……目覚めてから一ヶ月間、練習をしたからとしか」

「嘘よっ! たった一ヶ月で、私たちの魔法を防げるほどの魔法が使えるはずないでしょっ!?」

「一ヶ月練習しただけで防げてしまうほど、姉様たちの魔法が貧弱なのでは?」


 そうやって反論をすると、アンジェリーナは歯を剥き出しにして殺意を露わにした。

 私は嘘は言っていない。昏睡する前までは、魔力腫のおかげで魔法が使えなかったことも事実だし、魔力腫を取り除いて魔法が使えるようになってから、まだ一ヶ月しか経過していないことも事実だ。


……もちろん、前世の分も含めれば、何百年分の研鑽になるんだけど。


 アンジェリーナが今にも噴火しそうなほど顔を真っ赤に染め上げるのと同時に、今度は末っ子のロニーまでもがこの言い争いに参加してきた。


「アンジー姉様、あいつ、インチキをしてるんですよ!」

「そ、そうよ、きっと何かイカサマをしてるに違いないわっ……! だけど、二度も防げるかしらっ!?」


……イカサマしていない、と断言できないのが痛いところだな。意外と鋭いところを突いてくる弟だ。霊薬を使っての急成長はイカサマだ、と言われると私には反論できない。


 が、まあ、あれは適当に言っているだけだ。現状、私がマンドラゴラの霊薬を調合・使用していることを知っているのは私だけ。エミリィにすら知られていないのに、アンジェリーナたちが知っているはずもない。


 先ほどの『氷盾』の魔法は、何らかの道具を使ったイカサマだという結論が三馬鹿の間で出たのか、アンジェリーナたちは懲りずに詠唱を始めて魔法を放った。

 同じ魔法で防ぐのも見栄えが悪いし……今度は敢えて、『魔力障壁』で防いでみようか。ただ守るだけではなく、弾くような形で。


 迫り来る『石玉(ストーンボール)』や『石矢(ストーンアロー)』は、都合良く実体を持った魔法だ。これなら、『魔力障壁』を展開した手のひらで、任意の方向に弾き飛ばすことも可能なのだ。


「なっ——!?」


 羽虫を払いのけるような動作で次々と魔法を弾いていく。小さな礫すら、私の体に触れることは叶わない。再び、観客席からどよめきが聞こえた。


「な、なにを、したの……!?」

「なにって……『魔力障壁』で弾いただけですよ。姉様も使えるでしょう?」


 『魔力障壁』は『身体強化』と同じレベルの基礎魔法。基礎中の基礎であり、魔法使いなら誰でも当然のように扱える代物だ。私ほど上手く扱える人間は少ないにせよ、手のひらに展開した『魔力障壁』で相手の魔法を弾き返すなんてことは、前世でも当たり前のように行われていた。


……まあ、『石玉(ストーンボール)』ですら完全な詠唱をしなければ使えないようなアンジェリーナが、そこまでの技量を有しているかと聞かれると、首を傾げるところだな。


「ほら、どんどん攻めてくださいよ。私、独り立ちするためにお父様の許可を得ないといけないんですから。姉様たちだって、お父様に実力を見てもらえる良い機会でしょう?」


 魔法を弾かれた衝撃が強かったのか、三人の攻撃の手が止まる。煽るようにそう言って笑いかけると、アンジェリーナは口の端から僅かに血を流す。強く食いしばりすぎている。かなり怒っているな、あれは。


「……エドマン、ロニー。あの落ちこぼれを、殺す気で攻撃しなさいっ!!」

『はいっ!!』


 アンジェリーナの指示——いや、命令(・・)に、二人は少々顔を引き攣らせながら返事をした。二人から絶え間なく魔法が注がれる中、アンジェリーナは後方で魔力を練り上げ、長々とした詠唱を始めた。


……ふむふむ。この詠唱には聞き覚えがあるな。それなりに技術力が必要となる火の魔法、『極炎魔球(インフェルノ・レイド)』だ。超がつくほどの高位魔法というわけではないが、それなりに難易度の高い上位魔法。

 詠唱も遅く、練り上げられた魔力は安定していない。恐らく、まだ覚えたての魔法なんだろう。身の丈に合わない魔法は、自身だけでなく周囲をも巻き添えにしてしまうが……それを理解していない辺り、本当に三流(・・)だな。


「『——悉くを灰燼と化せ』……『極炎魔球(インフェルノ・レイド)』ッッ!!」


 詠唱が終わり、発動した魔法は、私の知っているそれよりも数段小さな炎だった。それでも、人一人を簡単に飲み込めるほどに大きな炎。制御ができていないのか、はたまた魔力量が足りていないのか、炎を掲げるアンジェリーナはふらふらとよろけていた。


 だが、観衆からすればそれでも満足なのだろう。私が魔法を披露した時とは違って、アンジェリーナを褒め称えるような歓声が聞こえる。見た目だけは派手だからな。


「へえ、上位魔法なんて使えたんですね。流石、ファルドマン公爵の娘」

「もう、決闘なんて知らないわ……死になさいっっ!!」


 アンジェリーナが手を振り下ろし、魔法を放つ。制御ができていない炎は、それでも私に真っ直ぐと向かってきた。

 流石の私でも、これをそのまま食らえば焼け焦げて死んでしまうだろう。『魔力障壁』で防いでもいいけど、これだけ大きな炎なら、私を丸々包み込むような形状にしなければ火傷を負う。

 それに、対象に命中すると同時に大きな爆発を起こす特性のあるこの魔法を『魔力障壁』で防げば、多少なりとも観衆に影響が出てしまう。


 となれば——掻き消すのが正解か。



「……は?」



 アンジェリーナの、呆けた声が聞こえる。それもそのはず。先ほどまで私を焼き焦がさんとしていた、轟々と燃え盛る炎が、一瞬にして影も形も残さずに消えてしまったのだから。これには思わず、観衆たちも沈黙してしまった。


「な、なっ……どう、して……!?」

「『反魔法(アンチマジック)』です。魔法を構成する魔力の流れに割り込んで、分散させる魔法——というよりは、技術ですね」


 使うために幾つかの条件さえあるものの、それさえクリアしてしまえば、これ以上ない強力な『対魔法』の技。当然、アンジェリーナたちはまだ使えないだろうが。

 彼女たちからすれば、それが奥の手だったのだろう。アンジェリーナを含め、三人はその場にへたり込み、呆然と私を見つめていた。


「戦意喪失……ですか。なら、次は私です」


 右手を天に掲げ、人差し指を突き立て、その先に魔力を集中させる。


「アンジェリーナ姉様。失礼なようですが……『極炎魔球(インフェルノ・レイド)』を名乗るなら、これくらいのものを作ってくださいね」


 私が作り上げたのは、アンジェリーナのそれを遥かに上回るサイズの『極炎魔球』……に見せかけた、ただの『火玉(ファイアボール)』だ。火力はあるから、当たればそれなりに痛いだろうが、『極炎魔球』のように爆発する特性もないただの炎の塊。

 それでも、三馬鹿兄弟からすれば、それは間違いなく『極炎魔球』に見えるだろう。戦意が喪失している今なら、尚更。ただの『火玉』でも、彼女たちの目には恐ろしい魔法に映っているはずだ。


……だって、私が『極炎魔球』なんて使ったら、この決闘場ごと消し飛んでしまいかねないもの。あれは単体攻撃力という面でも優れているが、何より『広範囲』を一度に殲滅するのに用いられる魔法だ。間違っても、個人の決闘程度で使っていい魔法ではない。



 私はゆっくりと手を振り下ろし、『極炎魔球』に見せかけた『火玉』を三馬鹿に差し向けた。アンジェリーナたちは大慌てで魔法を展開しようとしているが、慌てすぎて詠唱がおかしなことになり、全ての魔法が不発に終わっている。

 そして、『火玉』は三馬鹿の眼前に迫ると……私の指の音に合わせて、空中で霧散した。


 三馬鹿は死を覚悟したのか、ただの『火玉』を前に、口から泡を吹いて気絶しているようだった。少々呆気ない幕引きだったけど……良しとしよう。


「……以上です。公爵様、ユリウス兄様」


 私はくるりと振り返り、ドレスの端を摘んで頭を下げた。公爵もユリウス兄様も、特別驚いた様子など見せず……ユリウス兄様は淡々と、勝者の名を告げた。



「……勝者、リリエル・ファルドマン」


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