その2
月鏡と小張はキングスカンパニーの東京支社の跡を離れると、最寄り駅近くの小さな個人経営の喫茶店へと入った。月鏡たち以外に客はなく、店内は閑散としている。センスのいいジャズがBGMで流れている他、カウンターの奥でマスターらしき老人が仕込みをしているのか慌ただしく動いているだけである。月鏡と小張は店の入り口から一番遠いテーブル席に着くと、ホットコーヒーのみ頼んだ。
「モーニングは?」
「いや結構。飲み物だけお願いする」
「かしこまりました」
注文を受けたマスターがカウンターの奥へと向かったのを確認した小張は月鏡の方を向くと、早速話を切り出してきた。
「忙しいときにすまないな。またいつ会えるか分からないものでな」
「いえ…それより話って何です?」
「……ふむ、単刀直入にいう。真一文字を知っているな」
「………!?」
小張の口から真一文字の名前が出たことに月鏡の動きが止まる。どういうことだ?何故元上司と公安に接点がある?
無数のクエスチョンマークが月鏡の脳裏に浮かぶが、此処で認めるとややこしいことになりそうだ。
「……いいえ。どなたですか?」
「月鏡、嘘を付かなくていい。真一文字から聞いている。俺は別にお前の敵ではない」
「……どういう意味ですか?」
「フゥ…話すと長くなる。だが今は時間がないし、手短にしよう。俺は元々公安の人間だ。そして真一文字とは同僚にあたる」
「!???」
小張の告白に月鏡は完全に固まる。まさか元上司が公安?一体どういうこと?月鏡が混乱していると、マスターがコーヒーを持ってきて二人の前に置いた。そしてそのまま何も言わず、また奥へと去っていく。
「事態はとても複雑だ。俺は公安の命で最初ショーグンの元に潜入捜査官として送り込まれた。だが、その後今度はショーグンからキングスカンパニーに潜入するよう命を受けた。潜入してからは二重スパイとしてキングスカンパニーの内情をショーグンそして公安へと流し続けた。月鏡、お前と出会ったのはそんな生活を続けていたときだった」
「に、二重スパイ…?」
月鏡は生唾を飲み込む。そろそろ仕事に向かう時間になりそうだが、切り上げる場合ではなさそうだ。もう少し小張から話を聞いておく必要がある。月鏡はメールで遅刻する旨を職場へ送ると、再び小張に向き直り話を聞くことにした。
「しかし何故キングスカンパニーに潜入なんか…?」
「ショーグンとキングスカンパニーは端から見たら蜜月関係だったようだが、その実腹を探り合っている状況だった。お互いに信頼を置けなかったらしいな。その内ライバルにあたるトリプルE社が台頭してくると、裏でショーグンは乗り換えを画策し始めた。一方でキングスカンパニー側も黙ってはおらず、ショーグンへ牽制を掛けるようになった。そして、双方がそれぞれに衝突した結果何が起きたか…」
「まさか…」
「お察しの通り、お前が巻き込まれたあのカフェでのテロ事件だ」
月鏡は自分の義足を擦った。此処に来て情報が繋がるとは。月鏡の顔が強張る。当事者である自分にとって忌まわしい事件だ。だが小張からは更に衝撃的な言葉が飛び出してきた。
「月鏡。あのテロ事件を起こしたのはショーグンでもキングスカンパニーでもない」
「は?しかし…ショーグン本人がそう言っていたはず…」
月鏡がハッとして言葉に詰まる。以前ショーグンと接触したことを小張に言うべきなのか。だが、今の小張にごまかしは効かないのかもしれない。上司だった頃は昼行灯的な人間と思っていたが、こんな裏の顔を持っていたとは。
「確かに。ショーグン自身は自分たちが起こしたと思っているらしいな。だが…あのテロ事件を裏で操っていたのは他でもない…「L.O.S.T」だ」
「ロ、…L.O.S.T…!!」
「…全ての黒幕であり、ショーグンが指揮する「バクフ」の真の正体…彼等は、いや彼等こそ」
「「L.O.S.T」、今や彼等は政府直属の暗殺部隊ではない。国家の反逆者だ」
小張の発言に食い気味で何者かが入ってきた。月鏡は横目で見た人物の顔を見て仰天する。
「真一文字…!」
「どうやらショーグンが動き出したようですね」
「やはりそっちも真実を見抜いていたか」
二人のテーブルの横の席にいつの間にか真一文字が座っていた。




