その12
「ウロボロスの終末」事件から数日が経ち、世間はほんの少しずつではあるが落ち着きを取り戻しつつあった。しかしながら前代未聞の無差別テロ事件の衝撃は凄まじく、事件に遭遇してしまいPTSDを患った者が後を絶たない状況が続いていた。まるでこの事件を語ることさえタブーになりそうな気配まで感じる。
そんな重苦しい空気に包まれた街の中を一人月鏡は歩いていた。本来であれば外に出ることもできないくらい辛い目に遭ったはずだが、何故か人一倍行動力だけは湧いてきている。この行動力の行き場を何処にぶつけてよいかは分からないが、とりあえず家を出てみた次第だった。
いつも月鏡が通う繁華街に人影はなく、多くの店のシャッターが閉められていた。正月のど真ん中という本来なら相応の賑わいを見せるはずなのにさながらゴーストタウンのようだ。ドローンの残骸や爆発の煤などの痕跡が所々に残っており、事件の生々しさを物語っている。だが月鏡は感傷に浸っている暇がないのか、これらを無視して彷徨い歩いていた。
「ウロボロスの終末」事件、神仏無との対峙、それぞれが月鏡の脳裏にフラッシュバックする。しかしそれ以上に月鏡が気掛かりになっていたことがあった。アレックス・ローの安否である。事件後すぐに月鏡はローへ連絡をしたのだが、音信不通が現在でも続いている状況である。被害の全容が解明されていないため、生きているのかすら把握できていない。
テロによる被害は日本よりもローにいるアメリカの方が遥かに酷かったようである。まだ希望は捨てていないが、それでも…と月鏡に暗い想像が付きまとう。深い溜め息を付いていると、不意にスマートフォンが鳴った。慌てて発信元を見ると真一文字の名前が出ていた。月鏡は急いで応答する。
「もしもし…月鏡です」
「突然で申し訳ない。これから合流することはできますか?」
「え?…ええ、大丈夫です。こんな状況ですし、仕事もいつ再開できるか分からないので」
「了解です。では三十分後にキングスカンパニー支社近くのカフェでお会いしましょう」
「え!?…ええ、分かりました」
真一文字からの発言に驚きつつも月鏡は了承した。真一文字の指定した待ち合わせ場所は月鏡が最初にテロに遭遇した場所だった。事件後に閉店したが、再建された後に別のカフェが入って経営を始めたそうだ。月鏡としてはトラウマが蘇るので極力避けてはいたのだが、いつまで引きずってても仕方ないと腹を決めた。
月鏡は小走りにキングスカンパニーの支社方面へと足を向ける。そしてローの安否と共に北條のことも気掛かりであることを思い出した。ローと異なり北條とは連絡が早く付いたものの、未だに直接会うことはできていない。メッセージでのやり取りを見る限りはあまり調子は良くなさそうだ。ローの話題を出すと心配するのでなるべく話を逸らしていた。
「…ん?確か此処だったな」
ぼんやりと考えているうちに月鏡は待ち合わせ場所のカフェに辿り着いた。少しばかり指定時間より早いが、店に入って真一文字を待つことにした。現在のカフェに当時の事件を彷彿させるものはなく、全てがなかったかのような空気がアチラコチラから出ている。だが月鏡の視界には当時のカフェの様子が鮮明に現れており、急に足取りが重くなった。
「…やはりまだダメか…外に出て待とう」
月鏡は足をカフェの外へ向けると何もせずに出入口が出た。そして横の公園に向かうとベンチに腰を下ろした。動悸が激しくなり、呼吸も早くなっている。月鏡は必死に自身を落ち着かせようと深呼吸した。
「はあ…はあ…はあ…」
月鏡の頬から汗が流れる。月鏡は視線をゆっくりと下に向けて自分の両足を見た。不意に来た痛みに顔が歪んだ。
「大丈夫ですか?」
上からの声に月鏡は慌てて顔を上げた。声の主は真一文字だった。どうも仕事中のようでバリッと決めたスーツ姿をしている。具合の良くない月鏡を心配して真一文字はその場へしゃがむ。目線の高さを合わせるように気を使っている。
「大丈夫です…ちょっと昔のことを思い出しただけです」
「ふむ…貴方にとっては因縁の場所のようだ。苦しめるつもりはなかったのだが、申し訳ない」
「此処でもいいですか?いきなり合流するなんて一体何かあったんですか?」
「正直な所、公にできない話なのです。もし良ければ私の車まで来てもらえますか?詳細はそこで話すとしましょう」
「分かりました」
月鏡はゆっくりと立ち上がると真一文字に支えられるように指定された車へと歩みを進めた。カフェを離れる頃には落ち着きを取り戻したのか月鏡の体はすっかり軽くなっていた。真一文字の車に乗り込むと真一文字はエンジンを掛けて、静かに発進させた。
「さて此処ならいいでしょう。盗聴の心配もない」
「盗聴…?」
「公にできない話ですからね。我々にも色々と制限があるのです」
「はあ…」
「では本題と行きましょう。神仏無のことについてです。神仏無のこれまでの行動を鑑みて警察上層部、いや政府が動きを見せ始めました」
「政府が?」
「元々神仏無は超危険人物として警視庁がマークしていました。しかし警視庁だけでは奴を追いきれなくなってきた。そこで政府のテコ入れが入ったと情報を受けたのです」
真一文字は運転しながら月鏡に現状を語った。あまりのことに月鏡は言葉に詰まる。真一文字は気にせず続けた。
「神仏無に対抗する為の措置として政府直属の対個人による攻撃者への諜報並びに暗殺を司る特別戦士、通称『L.O.S.T』の投入です」
「ロ、ロスト…??」
真一文字の発言に耳を疑った月鏡は思わずオウム返しで呟いた。




