その10
「ウロボロスの終末」を自称するテロリストの犯行声明は要約すると以下の通りであった。
「ウロボロスの終末」はハッカーを中心とした新興のテロ組織であり、世界各地に構成員が散らばる一大集団であること。彼等の最大の目的は人類を機械から解放すること。AIやネットワークに支配された現代社会から人間の本来あるべき姿を取り戻すことを行動理念に掲げていた。
では彼等は何故キングスカンパニー製のドローンをテロの道具としたのか。それはキングスカンパニーこそがドローンを始めとする機械たちを世界各地にばら撒いたシンボル的存在であり、社会を蝕む癌のようなものであるという極めて独善的かつ偏見に満ちた理由だった。
しかも「ウロボロスの終末」の構成員らしき人物は一切公の場には現れず、ただマスコミに配られた声明文がアナウンサーに読み上げられただけだった。犯行声明が出た時点で識者の間からは自作自演といった陰謀論や別のテロ組織の関与といった説が飛び交っていたが、いずれも憶測の域を出ないものであった。
「相変わらず馬鹿馬鹿しい連中だ。こんな茶番劇に踊らされている時点でこの国の民度が知れる」
連日マスコミから垂れ流される「ウロボロスの終末」の犯行声明を耳にしながら一人ボヤいているのは神仏無だった。神仏無は月鏡との戦いから一時撤収したアジトの中でサイボーグとなった体のメンテナンスをしていたが、そこで今回のドローンによる暴走が「ウロボロスの終末」のテロ事件であることを知ったのである。だが事件当初より神仏無はその存在を疑って見ていた。
「やはり…今回のテロはキングスカンパニーの自作自演といったとこでしょうか?」
『バクフ』の構成員である技師から義体のメンテナンスを受ける神仏無の横でスキンヘッドの白髭の壮年男性が呟いた。その言葉を受けた神仏無は一人ほくそ笑む。
「ロージュー、君はキングスカンパニーがわざわざ危険な行為を犯してまで自作自演していたと思うのかね?」
「はあ…そもそもあれだけの規模を誇るテロ組織であれば我々の情報網からとうに知っていてもおかしくありません。にも関わらずぽっと出の連中が世界各地でこれだけの被害を与えるなど、何かしらバックにパトロンかフィクサーがいない限りどう考えてもあり得ません」
「ふむ。私もほぼ同じ考えだ。しかし「ウロボロスの終末」という名前には恐れ入る。あんな中二病を拗らせたようなでっち上げをこうも簡単に群衆とは信じるものなのだな」
「群衆心理とはこうも流されやすく愚かなものです。そして儚く脆い」
「そうだな、君の言う通りだ。ところで………キングスカンパニーからは手を引く」
「はい?!」
神仏無の言葉にロージューと呼ばれた壮年男性が驚いて聞き返す。予想だにしていなかったようで明らかに動揺している。対照的に神仏無は冷静に頷くとメンテナンスを終えたのを確認してからゆっくり立ち上がった。
「今回の一件は仮にキングスカンパニーに非が無かったとしてもイメージダウンは避けられないだろう。そうなると我々と裏で手を結んでいたことが世間にバレたらキングスカンパニー自体が再起不能になることは目に見えている。流石の連中もそこまで愚かではないだろうから我々が手を引くと聞いたら万々歳ではないのか」
「し、しかし…パトロンはこれからどうされますか?今の我々の力では心もとないかと…」
「何も心配はいらん。トリプルE社とも既に取引を再開しているところだ。トリプルE社からすれば、今回のテロは渡りに船だ。喜んで我々の要求を飲んでくれるだろうさ」
神仏無はニヤリと笑った。その顔を見たロージューの背筋が凍る。神仏無はメンテナンスされたばかりの右の義手の人差し指から火を灯した。そして咥えたタバコに火を点けると煙を燻らせた。
「さて…変な邪魔は入ったが、まあいい。我々の計画に支障はない」
神仏無が呟くとテーブルに置かれたスマートフォンが鳴り出した。その場にいた全員の視線がスマートフォンに注がれる。神仏無は慌てることなく、着信を取った。
「…こちらショーグンだ。……ほう、珍しい客だな。分かった、明日にでも合流しよう。先方にもよろしく伝えてくれ」
スマートフォンを切ると神仏無は再びタバコを咥える。ロージューが心配そうに神仏無を見つめた。
「ショーグン…何かあったのでしょうか?」
「なあに、古い友人が訪ねてくるそうだ」
「古い友人…ですか?」
「…サザンカ、だ」
「!!!」
神仏無の出した名前にロージューを含めた構成員たちの顔つきが変わった。




