めっつぁすたやさぁ~がっ 2
「バッテリーは3分の1だ。他の騎は?」
米国部隊の支援を始めてどのくらい経っただろう。慣れないカマキリへの対処で随分疲弊していたらしく、早々に後方へと下がっていった。
「他の騎はもうヤバそうですね。あれでもうまく使ってるハズですが」
騎長がそう答えてきた。チームリーダーとしての役割は当然こなしているのが彼の凄い所だ。
「交代要請は出してるんで、もうすぐ来ますよ。しかし、やっぱり寒川さんだなぁ」
そんな関心を口にしているが、それは私のウデというよりもそもそものシステムが凄いからと思っている。
パワードスーツが発表される前後、現在のモーター仕様の戦闘騎開発に際し、米国で開発されていた新型機に対抗心を燃やしたシライシでは、最新のシステムと赤外線センサーやレーダーを利用したハイテク戦闘騎の開発が行われていた。
ただ、そうした動きは今回が初めてでは無く、これまで幾度も行われている。
まず行われたのは射撃システムの電子化だった。
しかし、そもそもが射程500m程度であることを考えれば、あまり意味がある事ではなかったのだが、真空管からトランジスタや集積回路へと移行した事で、その性能も大きさも飛躍的に向上、小型化され、戦闘騎への搭載も可能となったことから行われることになった。
しかし、結果は芳しいものではなかった。
戦車に搭載するような射撃装置を戦闘騎に備えたところでほとんど役には立たず、おまけに装備単価が高騰してしまうだけだった。
何分、冷戦中という事もあって戦車の調達が優先された結果、防衛費の5分の1程度しかない蟲狩の予算では到底そのようなハイテクの配備など叶わなかったという現実もあったという。実際には大きな電算機を積むスペースに困ったという方が主要因だったという話を聞いているが。
その後、暗視装置の開発が行われた際にもその搭載が検討されたというが、これも当然のように実現する事は無かった。
そもそも、蟲は夜行性ではないので、夜間は行動しない。まるで搭載する意味が無かった。
さらに問題だったのは、赤外線カメラにカマキリが映らなかった事だろう。
実は、当時の技術では草木と蟲を『見分ける』ほどの精度を持ちえない赤外線センサーしか存在しなかった事が、各種試験から分かっただけとなっている。
その後も赤外線センサーの改良が重ねられ、今では見えることになっているが、実態はそうでもない。カマキリの体表面は赤外線や紫外線に対する偏光、発熱の制御などの組織が発達している様で、ただ体色を変化させて擬態しているだけではないことが、研究から判明している。
このため、赤外線センサーを用いても木々とほぼ同じベクトルでしか赤外線放射、反射をしていない擬態したカマキリを映し出すことは出来ていない。
一部の技術者は「映し出せてはいるが人間が見分ける事が出来ていないだけだ」と主張していたのだが、視認できないのであれば、映っていないのと変わりがない。
その後、電子技術の進歩でカマキリを画像解析によって探し出すという作業も自動で行えるようになったという。顔認証や自動追尾などのシステムと同じなのだろう。
しかし、実際に探し当てられるのは、ベテランの狩人と比べるとわずかに二割程度という成績でしかなかった。それでは採用することに意味はない。
米国騎が搭載しているセンサーとは、まさにこうしたモノだろうと思われる。日本製より優れた精度で解析できていたとしても良くてベテラン狩人の半分程度ではないだろうか。米国騎が時折見当違いの木や草を射撃しているのを見ると、クルーが誤認しているか、さもなければ機械が誤認して表示しているものと思われる。
日本でも同じことが起きていた。私が試験した機体でもそれは同じで、装置の設定や射手の認知で錯誤や先入観による見落としが頻発していた。
考えて見ればわかる。狩人が怪しいと思った場所にはカマキリが居る。しかし、機械では認識できていない。そのような不信感があればどうなるだろうか?
機械は認識していないが、映像で「もしかして?」と思えば、それも標的と認識するだろうし、機械が認識したとしても「誤認だろう」と判断してしまえば、見落とすことになる。機械側の性能自体がその程度だった。精度が増したと言っても、未だ狩人と並ぶモノではない。米国においても、旧型騎を使うベテランの方が、カマキリに限れば、未だ討伐率が格段に高いと聞いている。
私が試験を行った機体の場合、射撃関係に加えて歩行機構も新型化しようというモノだった。
パワードスーツの開発や二足歩行自立ロボの開発が行われていたこともあって、最新の電子機器を使えば白石回路と同等以上の制御が可能という意見が出ていたからだった。
確かに、各種センサーによる操縦のサポートは優れたモノだと言えた。オートバランスを取るために足をかってに動かしてくれることなど、白石回路では望むべくもない。
しかし、これはもろ刃の剣だった。オートバランスのために適切な位置に脚を移動する。しかし、それを射撃と連動させることは難しかったし、蟲狩りで森に分け入った時には逆に転倒や破損のリスクともなった。
何より問題となるのは、操縦をサポートすべきセンサーは騎外に装備される点だった。
蟲、特にカマキリと対峙する場合、打撃を受けることも前提としなければいけないのだが、センサーがダメージを受けてしまえばその時点でサポートが利かなくなり、操作は白石回路よりも難しくなってしまう。
そもそもが6本の脚をもつ戦闘騎を四本の手足で動かしているのだから、その操作には技量が必要になるのだが、白石回路はその点をサポートすることに徹している。オートバランスと脚の自動制御を組み合わせたハイテクシステムは、センサーによる地形把握が出来なくなった時点でサポートが利かないも同然で、操縦はいきなり操作量が倍に増えることになった。それではマトモに帰還する事すらおぼつかない。
打撃を前提にするという点では射撃装置も同様にダメージによって射撃が不可能になるリスクを抱えていた。
まさに、目の前に居る米国部隊だ。センサーターレットやアンテナが破壊された結果、「目」や「神経」をやられて立ち往生している騎体があった。乱射も「目」をやられて補助システムだけで掃討を継続しようとしか結果なのかもしれない。
さらに困った事には、そうしたリスクのあるシステムを組んだとして、既存の機体に対してあまり性能は上がらず、搭乗者の負担軽減にも役立たず、挙句に価格は10倍近くに跳ね上がった。
蟲の脅威に対応する戦闘騎保有数には下限というのはおのずから存在するが、10倍もの価格の機体を下限値を超えて保有するなど、防衛費の比べて極端に少ない蟲狩予算で賄うことなど到底不可能だ。飛躍的な性能強化も見込めない中で、そのようなものを採用する根拠など何もない。
「交代部隊が到着。これより後退」
そう通信が入ったので「了解」と返答し、後退のために周囲を観察した。
戦闘騎というモノは出来た当初からほぼ完成されていた。戦うべき相手が決まっているのだから当然と言えばそうだったのかもしれない。
相手がまるで進化していない。などという事はなく、当然、戦闘騎も狩人も対策をし、進歩を重ねている。
蟲との終わりのない戦い。今日もそれは行われており、これからも変わることなく続いていく事だろう。蟲が居る限り狩人はそこに存在し、常に進歩を続けていく。




