解放
何も感じない闇の檻の中に、システィスは閉じ込められていた。
(ヘ……イタ……さん)
既に彼女の体は完全にデウス・エルス・マキナと同化している。同様に精神も侵食され同化しているが、まだ一欠片だけ、システィスの魂は残っていた。
だが、その所為でデウス・エルス・マキナと同化している自分が、大切なカタリナやヘイタを殺そうとしてしまっている事が分かってしまう。
システィスはその事が嫌で仕方なかったか、最早嫌という感情すら薄れていることに気付く。
だから彼女は、自分の意識が完全に消えて無くなる前に、最後の力を振り絞った。
『ヘイタ……サン』
機械染みたシスティスの声が木霊する。
「システィスなのか?」
「システィス……システィス!!」
「驚きですね、まだ意識が残っていましたか」
システィスの声を聞いた三人が驚愕する。平太は今もずっと襲ってくる鉄拳を受け止めながら、安心させるような優しい言葉をかけた。
「待ってろシスティス……今、そこから出してやるからな」
『モウ……イインデス』
だが、システィスは否定する。
『ワタシハモウ……トマリマセン。コノママダト、ゼンブ、コワシテシマイマス。ダカラ、ソノマエニ……ワタシヲ』
「おい、それ以上言うんじゃねえ」
平太が止めるが、システィスは続けて、
『ヘイタサン……ワタシ、ヲ、コワシテクダサイ……オネガイシマス』
それが、彼女の考えであり、最後の願いだった。
このままだとデウス・エルス・マキナと完全に同化してしまった己は、無抵抗の平太を嬲り殺し、親友のカタリナを押し潰し、クルスの命令で世界を壊していくだろう。
それは嫌だ……それだけは嫌だ。
だからそうなる前に、平太に破壊してもらいたかった。
自分の命を顧みる事さえしなければ、平太ならデウス・エルス・マキナを破壊出来るはず。
だから、システィスは懇願した。
『オネガイシマス……ヘイタ、サン』
「………………」
彼女の切なる願い聞き届け、口を閉じて黙る平太。
カタリナが涙を流しながら彼の口から次に発せられる言葉を見守る中、
――彼が出した答えは。
「勝手に決めてんじゃねぇぞシスティス! テメェ俺との約束を忘れたのか!?」
『ヤク……ソク』
「そうだ約束だよ、俺がお前のおっぱいを揉むっていうなぁ!! まだ報酬は支払ってもらってねぇんだぞこんちくしょう! なのに諦めて死のうとしてんじゃねぇよ。言っとくがなぁ、何で俺がこんなに苦労して頑張ってると思う。お前のおっぱいを揉む為だろーが! 俺はおっぱいを揉むまで、絶対にお前を死なせねーからな! そんなに死にたいなら、俺に揉ませてから勝手に一人で死にやがれ!!!」
心の底からの本心だった。
そんな場違いな台詞を聞いたカタリナは呆れ返り、クルスは怒りを露わにする。
「こんな時にアンタ……」
「ええい、いつまで時間をかけているのですか!? もう魔力の充填は済んでいるでしょう、最大出力の魔導砲で終わらせなさい!!」
クルスの最終命令により、デウス・エルス・マキナが駆動する。
天使の顔が変形し、巨大な砲口となる。
その砲口に、今までとは桁違いの魔力が集約されていった。
流石の平太も、あれだけの高エネルギーをこのままの状態で受けたら無事では済まない。
そんな絶望的な中、息を切らす平太はカタリナへと振り向き、申し訳ない顔で呟く。
「悪いカタリナ、お前の命、ちょっとだけ俺に預けてくれないか」
突拍子もない発言。
されどカタリナは、一瞬足りとも迷う事なく頷いた。
「何を今更……システィスを助ける為なんでしょ? だったら私のことなんて気にしないで。 言っておくけどね、これでも私は平太の弟子なのよ!」
強気な笑みを浮かべ、嬉しいことを言ってくれる弟子に、師匠の口元が緩む。
「お前ならそう言ってくれると思ったぜ。いいかカタリナ、俺の合図で全魔力を外気に放出させろ。辛くても意識を失うな、全力で抗え。じゃないとお前は、俺の力に耐え切れず死んじまう」
「……分かった、死ぬ気で頑張る」
カタリナの決意を確認した平太は、瞼を閉じて神経を研ぎ澄ます。
「今だ」
「ッ!」
封印している鎖を解き放ち、内包する力を爆発させる。
その瞬間――、
「うっ!?」
「うぐ……ぁ、が……」
平太から濃密なエネルギーが溢れ出し、クルスとカタリナに容赦なく襲いかかる。
クルスは吐き気を催し、カタリナは耐え切れず膝を崩してしまう。
ぜぇ……はぁ……と呼吸するのも苦しそうだった。
倦怠感が身を蝕み、激痛により体が悲鳴を上げる。
「ごふっ……」
口から血が吐き出される。意識が朦朧としてくる。
もう眠ってしまえと、耳元で悪魔が囁いてくる気がした。
(何これ……く、苦しぃ……気が保たない……けどッ)
負けてたまるかと、カタリナは歯で己の唇を噛み切り、痛みによって強引に意識を保たせる。
ここで自分が気を失ってしまったら、平太の信頼を裏切る事になる。その所為で、システィスも助けられないかもしれない。
それだけは、それだけは許せなかった。
だからカタリナは、心の奥底からシスティスの笑顔を思い浮かべ、意地でも意識を繋ぎとめようと気を張る。
「おぇ……何をしている。早くあいつを殺せぇ。魔導砲発射だア!!!」
呪詛のような声音でクルスが叫ぶと、デウス・エルス・マキナの砲口から超高密度の魔力が発射された。
「すぅぅぅぅ」
力を解放し、髪と瞳が藍色に輝く平太。
彼は深く息を吸い込み、黒光を纏った拳を撃ち放つ。
「星皇拳――"蝕星"」
魔導砲と黒拳が激突する。
されど平太の拳は一切押される事なく留まり続ける。闇よりも深い黒が魔導砲を飲み込んでいった。
黒光はそのまま機械神に到達すると、徐々に全身を侵蝕してゆく。
そして、デウス・エルス・マキナの姿は、全て黒に染まったのだった。




