淫魔の王リリス
「はぁ食った食った、もう何も食べれねぇ」
寝床の上で、パンパンに膨れた腹をさする。
今いる場所は、ルーシーの父である長老の家から借りた一部屋だ。
俺がルーシーを瞬殺した後、一族総出で宴が始まった。どうやら明日幻闘祭が行われるので、その前の晩に前夜祭を催すのが通例らしい。
その前夜祭で出された料理は見たことも食べたこともなく、それでいてべらぼうに美味いのでつい食べ過ぎてしまったのだ。
キャンプファイヤーを囲ってダークエルフ達が躍る余興は凄く楽しかったし、数十人で奏でる民謡も素晴らしく、祭りはめっちゃ楽しかった。
が、楽しい祭りにも一つだけ問題が起きた。起きてしまった。
ルーシーが、ドMのメス豚に成り果ててしまったのだ。
一族一番の強者で、厳格で規律に厳しく、誰よりも誇り高きダークエルフのルーシー。
そんな彼女は俺の絶頂殺しを受け、開いてはいけない扉を開けてしまったようで。
戦いの後のルーシーは、気持ち悪いほどヤバかった。
「ハァハァ……お願いします……私はもうヘイタ様無しでは生きていけません。脱げと言われれば脱ぎます、足を舐めろと言われれば舐めましょう、というかぜひ命令して下さい。奴隷にだって何だってなります。だからどうか、このメス豚めをヘイタ様のモノにして下さいブヒィィィィィィッ!!!」
恍惚な表情で涎を垂らしながら必死に頼み込んでくる彼女に、俺はドン引きした。
ダークエルフ達もドン引きだ。
まさかあのルーシーがここまでぶっ壊れてしまうなんて誰が予想しただろうか……。
暴走するルーシーを、父である長老が狼狽しながらも引っ込ませてくれたからその場は収まったものの。残された俺達はポカーンですよ。
特にダークエルフの男性陣がひどかった。
「まさかルーシーがあんな変態だったなんて……」
「ぅう……俺、ルーシーに憧れていたのに」
「いや、あれはアレでイイんじゃないか?」
ごく一部を除いて、男性陣は変わり果てたルーシーを見て嘆いていた。
俺も、出来るだけルーシーに近づかないよう心掛けようと思う。色んな意味で怖いし。
とか思ってる内に、実はさっきルーシーが夜這いに来たんだよな。彼女が居なくなってしまった事に気がついた長老が駆け付けてくれて助かったが、やっぱりあいつやべーよ。
蛇足かもしれないが、ポチは無事だった。
というか、独房にぶち込められた俺と違ってかなりの高待遇だったわ。ずるくね?
どうやらエルフにとって馬は友であり戦の相棒である為、手にかける事は絶対にないそうだ。マジムカつくわー。
夜は更け、宴も終わりを迎え、後は明日に備えて寝るだけ。
俺が寝ようとして布団を被ろうとしたその時、唐突に話しかけられた。
「あれ、もう寝ちゃうの?」
「…………リリ」
怪し気に微笑むリリが、俺の眼前に現れた。
全く気配を感じさせずに、突然に。
彼女は頬を緩まして、楽し気に唇を滑らせる。
「アンタの演説、凄く面白かったわ。まさか本当におっぱいを語ってダークエルフ達を説き伏せるとは思わなかった、それも終いには神様扱いされてるしね。何なのよアンタ、マジウケるんですけど」
お前見てたのかよ……どこに隠れてやがったんだ。
「こっちは必死におっぱいへの愛を語っただけだ。リリ、俺はお前に言いたい事が山ほどある……んだけど今は置いておく。俺が聞きたいのは一つだけ、お前は一体何者なんだ?」
「あれ? もう薄々勘づいていたと思ってたんだけど」
「…………」
リリの言う通り、俺はリリの正体を既に見破っている。まだ確信は持てないんだけどな。でも、多分合ってるんじゃねえかとは思う。
あんな物騒な森で偶然出会って、自分をダークエルフと偽って行動を共にし、結界を破壊してダークエルフ達に俺を捕まえさせ処刑を謀った。
俺に気配を一切感じさせず出現し消えていく。
何よりも、今のリリが発する圧力は並みの者が受けたら気絶してしまう程濃密だ。
恐らくリリの正体は、
「お前、魔王だろ」
「ピンポンピンポーン、だーーい正解ッ! よく分かったわね」
「まぁ、なんとなくそうかなーと」
「へぇ……じゃあ正解したご褒美にアタシの本当の姿を見せてアゲル」
ニヤリと口角を釣り合げると、リリはその場でくるりと一回転。その刹那、彼女の姿が一変した。
白銀の髪は眩しい黄金色に変わり、アメジストの瞳は真っ赤な血に染まっている。
腰の下あたりから黒い尻尾が生え、背中から蝙蝠型の翼が大きく広がっていて。
月明りに照らされるリリは美しくも蠱惑で、まさしく悪魔であった。
「アタシはサキュバスのリリス、淫魔の王」
サキュバス……聞いたことがある魔物だな。
確か夜な夜な家に忍び込み、エロいことで頭一杯の少年にムフフな夢を見させ、その間に精を一滴残さず絞り出して殺すという何とも末恐ろしいけど、ちょっとだけ殺されてもいいかなって思っちゃうあのサキュバスか。
それもサキュバスの王様だぜ?
どんだけテクニシャ……凄いんだよ。多分高級娼婦なんか目じゃないんだろうなグヘヘ。
「っていうか何で俺にエロい夢を見させてくれなかったんだよゴラァァァァ!!!」
「い、いきなり大きな声出さないでよもう、ビックリしたじゃない」
「すまん。ちょっと心の叫びが漏れたわ」
「……そ、そう」
狼狽えるリリ……じゃなくてリリスは、コホンと一つ咳払いをして冷静さを取り戻すと。
「んで、正体を明かした訳だけど、どうする? アンタは異世界の勇者でしょ、戦うの?」
お茶する? みたいな軽いノリで殺し合おっかと問うてくるリリス。
何でもいいけど勇者ってのは止めてくんねえかな、恥ずかしいから。
俺はじろじろとリリスのエロい体(服はさらにキワどくなっている)を眺めながら、質問に質問を返した。
「魔王であるお前こそどうなんだよ? 俺を殺さなくていいのか?」
「あーそれ無理、アタシ肉体派じゃないし。ベルゼートとクソジジィを倒したアンタに力で戦っても勝てないわよ。だから夢の中に入って精を絞り尽くしてやろうと思ったんだけどそれも失敗だったのよね」
「えっ嘘!?」
い、いつの間にそんな事してたんだよ。
いや待て、エロい夢なんて見てないぞ、失敗ってどういう意味なんだ。
そこんところ詳しく教えて下さい!!
「アンタの意識に介入しようとしたんだけど出来なかったの。それどころか力が逆流してきてこっちが気絶するハメになったし」
今朝リリスが寝床から出て白目剥いて倒れていたのはそういう理由だったのか。
ん、待てよ? って事はだ。
「もしかして俺、一生エロい夢見れないのか?」
「そうなんじゃない? サキュバスの王であるアタシが不可能だったんだから、他のサキュバスじゃ絶対無理でしょ」
「NOォォォォォォォォォ!? オーマイガーッ!!」
「……何でアンタが悔しがってんのよ」
だってお前……だってなぁ!? そりゃあ悔しいでしょ! ねえ!?
うん、そうだよね?
激しく項垂れている俺に、阿呆を見る目を向けてくるリリスは、はぁとため息を吐いて。
「で、どうすんの? 今なら簡単にアタシを殺せるわよ」
「えー」
「えーって何よえーって。アンタは魔王を殺す為にこの世界に来たんでしょ?」
「そうなんだけどなぁ……俺、極力女性には手を上げたくないんだよね、それが魔王であっても。それに、一日だけだけど一緒に過ごして情が生まれたというか、殺す気になれん。うん、決めた。俺をお前を殺さない」
真っ直ぐ前を向いて断言すると、リリスは、ぷっと笑い、
「何よそれ、意味わかんないんですけど」
「いんだよ別に。っていうかお前こそ何で姿を現したんだ。わざわざ俺の目の前で……殺されるかもしれないのに」
「別に……もう死んでもいいかなって思って諦めただけよ。本気でアンタを殺そうとしたけど無理だったしあんまり生に執着してる訳でもないしね」
「へー、なんか冷めてんな」
「こんなもんよ。それに結構長生きしたし、最後に面白おかしい演説を拝めたし」
「あれは忘れてくれ、俺も変なテンションだったんだ」
「嫌よ、絶対に忘れてやらない」
「…………」
「…………」
そこで俺達の会話は止まった。
なんか気まずい。
「寝る」
面倒くさい事はほっぽっといて、俺は寝ることにした。横になって、布団の中に入る。
その様子に、リリスは驚いた顔で、
「本当にアタシを殺さないんだ」
「ああ、もう決めた。俺はリリスを殺さない。んで、今日は色々あって疲れたからもう寝る」
「じゃあアタシも寝るわ」
はい?
どういう意味だよ、と問いかける前に、リリスはダークエルフの姿に変身すると俺の布団の中に妖艶な体を潜り込ませてきた。
ちょっ待っやめ……ないで下さい。
ああ、なんて柔らかいんだ。なんかイイ匂いが漂ってくるし頭おかしくなりそう。
リリスは俺の耳元に潤った唇を寄せると、艶やかな声音でこう言ってくる。
「どうする? シちゃう?」
「あっそういうのは無しでお願いします」
「ヘタレ、童貞、玉無し」
「ヘタレで悪かったな。そういうのはちゃんとした彼女としたいんだよ」
「はぁ、もういいわ。なんか拍子抜けしたしアタシも眠くなってきちゃった」
大きな欠伸をするリリスは、俺の背中で丸くなると30秒も経たない内に眠ってしまった。
…………。
あれ、こんな生殺しの状態で寝れんのか俺。




