初戦闘はデコピンで
歩き出してから三十分足らずでセレナが根を上げやがった。
足痛いよー歩けないーおんぶーと駄々をこねるポンコツ女神に軽く怒りを覚えながらも足を運んでゆく。
すると、遠目ながらも王国と思わしき城壁が見えてきた。
しかし、あともう少しという所で思わぬアクシデントが発生してしまう。
「げえ!?何でこんな所にブラックオーガがいるんですかぁ!!」
「オオ……人間、ウマソウダ」
簡単に言えば、魔物とやらに遭遇した。
三メートルを超える巨躯、黒い肌に赤い瞳、頭部に生えた一本角に二対の牙。
日本で例えるならばその魔物は鬼を連想させる。
これが魔物か。本当にいるんだなこんな化物。
「で、あれはどれくらい強いんだ?」
「何でそんな冷静なんですかぁ!?オーガの亜種であるブラックオーガですよぉ。上級の魔物で、本来こんな王国付近に居ていい魔物じゃないんですぅ!」
「へえ」
慌てふためくセレナ。そんなに強そうには思えないんだが。
「まさか、もう魔王軍が攻めてきたとか……」
「いや、見たところこいつ一匹しかいないぞ。はぐれたんじゃねえか」
「ヒマダッタ、オレ、アバレニキタ」
ああ、そう。
「なあ、魔物って喋れんの?」
ふと疑問に思った事を尋ねてみる。
「普通の魔物は喋る事は出来ません。ですけど、進化を経た上位の魔物には知識が芽生えるんです」
という事は、この鬼は魔物の中じゃ強い方なのか。
「はい、あっでも平太さんなら余裕のよっちゃんですよね?ちょちょいのチョイで倒せちゃいますよね?」
「悪いセレナ、今まで黙っていたんだが、異世界に転移した弊害なのか能力が一切使えなくなってる」
「え"?」
期待がこもっていたセレナのサファイアブルーの瞳が、刹那の内に死んだ魚のような目になってゆき、時が止まったように体が硬直している。
余程驚嘆したんだろうな。顔がやべー事になってんぞ。まぁ、能力が使えないってのは嘘なんだけどね。
「人間ノ女、ウマソウダ、マルカジリ、ケッテイ」
「いやぁぁあああああ!!私女神なんできっと美味しくないですぅ、ブラックオーガ様ぁぁ食べるならこっちの人間の方を食べて下さいそして私を見逃して下さいぃ!!」
「……」
いっそ惚れ惚れしてしまう手の平返しをするセレナは背後に隠れ、俺を生贄に捧げて自分だけ助かろうとしている。
お前本当に女神かよ、やる事がゲスすぎんぞ。
「グオオオオッ!」
「やめてえええええ!」
咆哮を上げながら鬼が襲いかかってくる。後ろでポンコツが頭を抱えながら喚いているが、もう放っておこう。
「……」
俺は"余りにも遅すぎる"鬼の拳撃を見つめる。
己より何倍も大きい剛拳を、そっと人差し指で受け止めた。
「……ナ」
まさか人間の俺に止められると思っていなかったのか、鬼の表情が驚愕に染まる。
「私美味しくないですぅうう!」
魔物の実力を測る為敢えて受け止めたが、思った通りこんなもんかと納得する。
ほんの一瞬、攻撃をわざと躱してセレナを亡き者にしようかと考えたのは秘密だ。もう鬼に用は無い、後ろにいるポンコツがうるさいのでご退場願おうか。
「じゃあな」
「グアッ!?」
人差し指で拳を受け止めたまま、中指を親指で力をためデコピンを放つ。轟音が唸り、鬼が遥か彼方まで吹っ飛んでゆく。
どこまで飛んだのかは分からないが、恐らく死んではいないだろう。あいつ丈夫そうだし。
「あれ、私まだ生きてる……ブラックオーガ様はどこに?」
「俺が吹っ飛ばした」
「……」
「……」
「もうやだぁー平太さんのう・そ・つ・き。私はちゃんと信じてましたよぉ、平太さんが負ける訳無いぃぃぃだだだいですううごめんなさいぃぃいい!!!」
ああ、また我を忘れてしまった。
◇
「通行手形が無い?じゃあしょうがねえ、通りたきゃ金貨一枚出しな。え、無一文?話にならねえ、とっとと消えな」
「「……」」
途中、魔物に襲われるというアクシデントが起きたが、何事も無く事態を解決した俺とセレナは、どうにかこうにかベルン王国に到着した。
だが、ここでまた新たに問題が発生してしまう。
入国しようとしたら、いかつい顔の門兵に止められ通行手形とやらを出せと告げられたのだ。
因みに、初めての異世界人との会話だったが何故か言葉が通じた。というか日本語だった。何故なのかは分からん、余り気にしない事にした。
勿論異世界に手ぶらで来たばかりの俺が通行手形なんて持っている訳が無い。セレナに顔を向ければ、ブンブンと首を横に振っている。
マジかー。
通行手形が無ければ金貨一枚で発行出来るらしいが、俺達は金貨どころか無一文の貧乏人。当然入国出来ず、門前払いをされてしまった。
「……どうするんだよ」
「ふええええええん、どうするんですかぁ!私お腹すきましたぁ、もう一歩も歩けないですぅ」
力尽きたようにぺたんと座り込み、泣きべそをかくセレナ。
「……」
小さくため息を吐いた。
邪神とか魔王を倒しに異世界に転移したはずなのに、余りにも前途多難過ぎる。これじゃあ邪神に辿り着く前に冗談じゃなく野垂れ死んでしまう。
それもこれも、全部このポンコツ女神のせいなんだが、言って責め立てても男として情けないので、不満は胸の内にしまっておく。
とりあえず、現状を打破しなければ何も始まらない。
というか死ぬ、切実に。
「よっと」
「ふぇ!?ど、どうしたんですか平太さん!」
俺はへたり込むセレナの腰を抱き持ち上げる。顔を真っ赤に染め、ジタバタする彼女を落ち着かせた。
「どどどどうしたんですか平太さん、まさか死ぬ前に私のワガママボディにエッチなプレイをしてやろうなんて邪まな事考えてないですよね!?」
「口閉じてないと舌噛むぞ」
「え」
城壁を見上げる。
高さはざっと三十メートルってところか、まあ余裕だな。
俺は両足に膂力を溜め、一気に地面を蹴り上げ--跳ぶ。
「いやああああああああああ!飛んでますうううううう!!」
絶叫するセレナを抱えたまま城壁を飛び越えた俺は、上空からベルン王国の街並みを一望する。
手前から簡素な建物が連なる貧民街、金持ちが住んでいそうな屋敷がある貴族街、その奥には王宮と思わしき荘厳な建築物。
おお、まさに異世界の風景だなと感慨に耽った俺は、人がいない場所辺りに着地した。抱えていたセレナを静かに下すと、彼女は手で口を抑え、
「も、もう急に飛ばないで下さいよぉ。気持ち悪くなるじゃないでおえええええええええええええええええ」
女神がゲロっている姿はやばいな、絵図らが。
「というか!これって不法入国じゃないですかぁ」
「他に手は無かったんだから仕方ないだろ」
それとも、あの場で雑草でも食ってろって言うのか。
俺は草食系を自負しているが、決して草食動物じゃないぞ。
「んで、手っ取り早く金を稼ぐ方法ってないのか?」
「やっぱり冒険者ですかねぇ。依頼を受けて魔物を倒せばいいだけですから、脳筋の平太さんには打って付けの職業です!」
このクソ女神ケンカ売ってないだろうな、その乳揉んでやろうか。
それにしても冒険者か、流石異世界って感じだな。
「んで、冒険者にはどうやってなるんだ?」
「ギルドっていう場所で登録出来るので、早速行きましょう。私の体力が尽きる前に」
ああ、そうだな。
俺も女神を引きずりながら街中を歩くのはゴメンだよ。
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