ガロード山脈のヌシ
「もう行くのかい?」
「ああ、世話になったよ」
「いいお湯でした」
「ネネ、またなのじゃ!」
「ハム!」
「そうか、また近くに来る事があったら寄ってくれよな」
満面の笑みを浮かべるヘルシー姉さんに、俺達は勿論と力強く頷いた。
山の幸をふんだんに盛られた絶品料理を堪能し、ぐっすり眠って旅の疲労を癒した俺達は、翌日の昼頃に旅館を出ようとしていた。
今は玄関でヘルシー姉さんとネネに見送られている。
ネネと仲良くなったミリィは、彼女と別れる事に悲しそうな表情をしているが、泣くのを懸命に我慢して無理矢理笑顔を作っていた。子供なのに強いなぁ、と小さく微笑んだ俺はミリィの頭を撫でる。
「じゃあ、行くか」
そう言って踵を返そうとした、その時だった。
カンッカンッカンッカンッカンッ!!
と、大きな鐘の音が突然響き渡ってきた。
「何だ?」
怪訝に思っていると、眉間にシワを寄せたヘルシー姉さんが教えてくれる。
「これはギルドが発した非常事態を知らせる時の鐘だね。恐らく、魔物が現れたんだろう」
「魔物が?」
「ああ、この山は元々多くの魔物が住み着いていてな。人がいるこの温泉街に、腹を空かした奴らが偶に襲ってくるんだ」
「へえ、じゃあヘルシー姉さんはどうするんだ?」
「そんなの決まってるじゃないか。おい野郎共!」
「「へい姉さん!!」」
うお、何だこいつ等、ヘルシー姉さんが呼んだらすぐに出てきたぞ。それによく見たら俺がボコった時の山賊じゃねえか。しかも俺と戦った時より格段に武器や防具の質が良くなってるし。
それといつの間にかヘルシー姉さんが山賊の手を借り着替えており、着物から山賊スタイルになっていた……芸かよ。
「行くぞ野郎共!山狩りじゃあああああ!!!」
「「うおっしゃあああああああああああ!!!」」
ヒャッハー!とかやべえテンションな山賊達を連れてヘルシー姉さんは高らかに叫ぶと、勢いよく飛び出してしまった。
置いてけぼりの俺達は怒涛の展開に言葉が出ない。っていうか旅館どうすんだよ。
「姉さんが山狩りに行っている時は、アタシ達が留守を守るから大丈夫よん」
「私がいる限り何人たりとも子供に手出しはさせん」
細目の男と、何故か女性用の着物を着ている巨漢でハゲたおっさんが、安心させるように告げてくる。山賊達の中にロリコンとホモが紛れ込んでいる事は分かっていたが、絶対お前達だろ……。
違う意味で不安だが、こいつ等がいるなら心配は無さそうだな。
「どうしましょう、平太さん」
「……ヘイタ」
セレナはしたり顔で、ミリィは縋るような瞳を向けてくる。
うーん、ヘルシー姉さん達には良くしてもらったし、軽く手伝いに行くか。
「じゃあ俺、ちょっと様子見てくるわ」
「流石平太さんです、私は最初から分かっていたましたよ」
「ヘイタ、ありがとうなのじゃ!」
可愛いミリィは構わないが、ドヤ顔のセレナが果てしなくウザい。帰って来たらドサクサに紛れてその大きなおっぱいを揉んでやる。
「セレナとミリィはここで待っていてくれ」
「うむ!」
「大丈夫だとは思いますが、お怪我の無いように」
誰に言ってるんだ、怪我なんてしねーよ。
「こいつ等を頼んだ」
「ふん、言われなくとも幼女は命に懸けて守ってみせる」
「無事に帰ってきたら抱きしめてあげてもいいわよ」
……ああ、魔物よりこの変態共にセレナとミリィを預けていいのかと心配になってくる。
俺は一抹の不安を抱きながら、ヘルシー姉さんの後を追うように旅館を後にした。
◇
「助けはいらなそうだな」
温泉街から少しばかり離れた場所で、多くの冒険者が魔物と対峙していた。
その中にはヘルシー姉さんや山賊団の連中がいて、そらーもう楽しそうに魔物をぶっ殺している。それは他の冒険者も同様で、奇声を上げたり、タガが外れ狂ったように暴れまわっている。
その光景はまるで、日々の生活で溜まりに溜まったストレスや鬱憤を晴らしているかのようだった。……ちょっと怖えな。
「こりゃ俺の出る幕は無さそうだな」
手が四本の猿、巨大な猪、可愛らしい見た目だが狂暴な熊等、様々な魔物がいる。が、ガロード山脈の冒険者達は全く後れを取っておらず、心配する要素は皆無だ。
「今宵は熊鍋じゃあああ!!」
「猪はどこじゃ、食ろうてやるから出て来んかーい!!」
「美味しく調理してやらぁああ!!」
というか、冒険者は魔物の事を食材としか考えていなかった。やはり山の民は逞しい、ハングリー精神が半端ねえな。
「ぐ、おおう!?」
「どうしたぁああ!?」
「ヌシだ、ヌシが現れたぞー!!」
遠くの方で冒険者達が押されている。ヌシって何だ?
気になり、すぐ側まで近寄り確認すると、牛と人間を足して2で割ったような魔物が吠えて暴れ回っていた。
その魔物を見て考え込む。んーどっかで見覚えのある魔物だ。アステリアじゃなく、地球であんな魔物を目にしたような……はてなんだったっけか。
「ヌシのミノタウロスが来たぞ、気を付けろ!!」
一人の冒険者が発した魔物の名前に、俺は「あーあれか」と漸く思い出した。ゲームとか漫画を余り持っておらず、そういった知識がうとい俺でもミノタウロスという存在は知っている。
あの魔物を簡単に説明するのならば、頭が牛で二足歩行の怪物だ。ファンタジー系の物語では割とポピュラーでよく登場しており、俺も何かの本で知った。
(それにしても、あいつ強そうだな)
冒険者達にヌシと呼ばれ恐れられているミノタウロス。片目が潰れ、鋼の如く引き締まった肉体には多くの傷痕が残ってあり、死闘を潜り抜けてきた猛者の風格をひしひしと感じる。纏っている覇気がそこら辺にいる魔物とは一線を画していて、放たれている重圧プレッシャーが凄まじい。
ちょっとやべえんじゃないかと心配になっていると、一人の冒険者がミノタウロスの眼前に躍り出た。
「山のヌシ、アタシが相手だッ!」
その女性は二対の剣を携えたヘルシー姉さんだった。彼女は身を低くすると、燕の如く宙を舞いヌシへと接近。低空姿勢を保ったまま、ヌシの左足を斬りつけた。
(……疾い)
魔法を使っているのか、ヘルシー姉さんの体が地面から若干浮いている。それで地面を滑るような動きが出来ているのか。
ヌシの容赦無い猛攻をヘルシー姉さんは独特の動きで躱し、ヌシを翻弄していた。
流石上級冒険者、他の冒険者と違って実力が抜きん出ている事が分かる。
--だが、
「ブモオオオオオオオ!!!」
「くっ!」
ヘルシー姉さんだけでは荷が重い。果敢に攻めてはいるが、いかんせん攻撃力が低くたいして効いておらず、徐々に追い詰められている。山賊団が加勢したり遠くでネネが矢を放ち援護しているが、ヌシに致命傷を与える事が出来ない。
「おい、ヘルシーがやられそうだぞ……やべえんじゃねえか」
「どうすっぺえ」
「皆で突貫……?」
戦いを眺めている冒険者達に焦りが生まれている。さて、そろそろ俺の出番かな。
「もう……魔力が!!?」
「ブモオオオオオ!!!」
「「姉さんッ!?」」
「ハム!!」
魔力を使い果たしたのか、ヘルシー姉さんの足が地に着く。その絶好の隙を逃さないヌシは、今までのお返しと言わんばかりに剛腕を振るった。
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