女神、ポンコツが確定する
「……さん……へ……さん」
耳元で女の声が聞こえる。俺の名前を呼んでいるらしい。
うるせえな、もうちょっと寝かしてくれよ。
「起きて下さいよぉ、平太さーん」
「……うるさい」
粘ったが、起こそうとしてくる奴が中々諦めないので仕方なく目覚めた。
「あ、やっと起きました」
うっすらと目を開けると、眼前にメロン級の双子山。ご立派なおっぱいがあった。ついマジマジと凝視してしまう。
……マジでデカいなこのおっぱい、一瞬で眠気が覚めたわ。触りたい衝動に襲われるが、セクハラになるのでやめておこう。
「おーい、平太さーん」
ああ、おっぱいが離れていく。どうやらセレナは寝ている俺を覗き込んでいたようだ。
「セレナか」
「そうですよー、女神セレスティナですぅ。全然起きないから困ってたんですからぁ」
柔らかそうな頬をリスのように膨らませ文句を垂れるセレナ。こいつが居るという事は、無事に異世界転移に成功したようだな。
よっこいせ、と起き上がり辺りを見渡す。
青い空に白い雲、燦々と輝く太陽は日常の中にあったが、ビルや住宅が一つも無くどこまでも続く草原の風景を目にして、本当に異世界に来たんだなぁと他人事のように思った。
「セレナ、ここは一体どこなんだ?」
「ベルン王国近くの、ブロード平原です。ここから北に歩いて行けば、ベルン王国に着きますよ」
「へえ」
適当に相槌を打つ。まあ場所を聞いても土地勘が全く無いんだから意味ねえな。
「んで、どうすんよ」
「はい?どういう事ですか?」
「これからどうすんだって聴いてんだよ。邪神とか魔王を倒さなきゃならないんだろ。さっさと行って終わらせようぜ」
問いかけると、セレナは「そうでした!」とポンと手を叩いた。こいつ本当に大丈夫かよ……と心配になってくる。
何が可笑しいのか、セレナは突然あはは!と笑い声を上げると、
「やだなぁ平太さん、今やる事なんて"お金を稼ぐこと以外に何があるっていうんですかぁ"」
「え"?」
「だって私達今無一文なんですよぉ。邪神どころか、今日の食い扶持だってないんですよぉ」
「待って、ねえ待って」
「というか、魔王の居場所とか邪神がいつ復活するのかだなんて私一切知らないですしぃ。だから今最も必要なのはお金なんですぅ。という事で平太さん、お金を稼ぐ為にベルン王国にレッツゴーですよおおおああああ痛い痛いやめて下さい頭割れちゃいます許して下さあああああい!!!」
はっ……しまった我を忘れてセレナの頭にアイアンクローをしていた。
それにしても女性に手を上げないのがポリシーな俺が無意識に攻撃するとか初めての事だぞ。この女神ある意味パネえな。
「は……く離して……さい」
あ、忘れてた。
手の力を抜き頭を離すと、セレナは力尽きたように倒れた。
◇
「……」
「……」
地面に正座しているセレナを見下ろす。
きっと俺の目線は今絶対零度より冷え切っていることだろう。いや、いくら何でもそれは盛り過ぎたか、まあいいや、ははは。
「うぅ、平太さんの鬼畜ぅ、鬼ぃ」
しくしくと涙目で呟くセレナ。
「何か……言った?」
「ひいいいいいいいい!!!」
尋ねれば、セレナはカタカタと歯を鳴らして体を震わしている。
そんな情けない女神の姿を見て、はあああああ、と俺は長い長い溜息を吐いた。
とりあえず、現状確認をするしかなさそうだ。
「俺が質問していくから、セレナは知っている事を教えてくれ、包み隠さずな」
弱弱しく「はい」と呟くセレナ。よし、どんどん聴いてくか。
「まずそうだな、さっき口走っていたが、お前は魔王の居場所とか邪神復活の時期は知らないんだな?」
「はい、知りません」
「じゃあどうやって見つけるつもりだったんだ」
「それはまあ、現地調達っていうかー何も考えていなかったっていうかー」
「……」
「ひっ!?」
俺の表情を盗み見たセレナは、顔を真っ青にして慌てて付け足す。
「でもでも、大体の居場所は分かっているんですよ!アステリアには大きな国が四つあります。一国ずつに、四人の魔王が一人ずつ侵攻しているんですよ。ベルン王国もその一つで、今私達がいる場所の近くにもおそらく一人、魔王がいるんです」
なるほどねえ。面倒臭くなった事が分かっただけだな。
「次だ。俺もお前も金が無い訳だが、なんとかする方法は無いのか?女神の力とか、魔法とかで」
「無いです。お金は働かなくちゃ手に入らないんですよぉ、そんな事も知らないんですかぁ?これだからゆとり世代は困るんですよねぇ」
「ああそうだなすまん」
キレたら負けだ、歯を食いしばるんだ。
「じゃあもうこれで最後でいいや、女神のお前は一体何が出来るんだ?」
これで何も出来ないって言ったらハッ倒すわ。
「ふっふっふ、遂に聴いてくれちゃいましたね」
勿体ぶらずに早く教えろよ。おっぱい揉むぞ。
「これでも私は女神なんですよ、特技の一つや二つはありますぅ。そうですね、私の能力はなんと草や動物と会話、意思疎通が出来るんです!!どうですか凄くないですか!?」
腹が立つような決め顔で告げてくるセレナ。
何というか、役に立ちそうで立たなそうな微妙な能力だな。
「他は?」
「え?それだけですけど。強いて言えば女神ですので不死身という事ぐらいですかね」
「……」
おい……予想以上にポンコツ過ぎんだろ。やべぇ、ちょっとどころか物凄い後悔してきた。
軽い気持ちで異世界来るんじゃなかった。
気分が萎え落ち込む俺に、いつの間にか近づいていたセレナは陽気な声音で励ますように言ってくる。
「そんなに落ち込まないで下さいよぉ。大丈夫ですって、平太さんと私のゴールデンペアなら何とかなります!なんくるないさーなんくるないさーあああああ痛いですううやめでえええええ!!」
さて、本当にどうするかマジで考えなくちゃな。
「頭ががんがんしますぅ」
俺とセレナは金も無ければ食べ物も無い。物々交換する物も無ければ今日の寝床すらない。超やばい状況に陥っている。
因みに俺の格好は今、白Tシャツに黒いスウェットといったどっからどう見ても寝間着姿だ。靴だって履いてない。
別に裸足で歩いても痛くはないのだが、この格好は異世界じゃかなり怪しいと思う。
一方セレナだが、意外にも普通だった。
少し露出度の高いファンタジー風の服装に長いブーツを履いている。
逆に女神がそんな格好でいいのかとツッコミたい、まあいいか。
「最優先は寝床の確保。っていう事はベルン王国に向かえばいいんだな?」
「はい!早く行きましょう平太さん、今ならお昼ご飯まで間に合いますよ!」
「金無いのにどうやって飯を食うんだよ」
「あっ」
……頼むぜ女神さん。
俺は落ち込んだセレナを連れてベルン王国がある北へと歩き出した。
お読み頂きありがとうございます