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次の日。
微妙にスッキリしない頭で、起きた。昨日書いた紙がそのままだ。恥ずかしい。
捨てるのもどうかと思ったので、懐に入れて、朝の支度をする。
朝餉は宿が出してくれたので、お粥のようなものを食べて待っていたら、洞桔達が訪ねてきた。
宿がちょっとざわっとしたが、それだけだ。やっぱり、洞桔達は、少しここの人達とは違う扱いを受けているのかもしれない。
そんな事を思いながら、彼らが用意してくれた馬車に乗り込んだ。
粗末な、馬車。
ああ、揺れるんだろうなあ。
げんなりしながら乗り込む。一応二人には、船での醜態も見せているが、馬車もヤバいという事を説明し、横になれるように二人は横並びで座ってもらった。クッション、緩衝材が欲しいと思ったが、もちろんそんなものはなく仕方なく荷物を頭の下に入れた。馬車用の酔い止めは、飲んだ。あんまり効かないけど。
「ほいたら、祢都に向かって出発しますだ」
「はい。よろしく、お願いします」
既に沈んだ気持ちで、声をかけてくれた彼らに返事をした。
ああ、馬車もあんまり良い思い出ないんだよなあ、と思いながら目を閉じた。
中途半端な覚醒と睡眠を繰り返し、気分は最悪だった。船とはまた違った揺れの嫌さがある。しんどい。
二人は途中で何かを話していたり、馬車が止まった時に降りたりしていたようだが、私はひたすら横になって眠れるように努力していた。
努力の甲斐あってか、戴行きの時よりは時間が短く感じた。国境をまたぐわけでもないし、こんなものかもしれない。
着いたのは真夜中のようで、辺りは真っ暗、かと思いきや沢山の灯りが軒先に照らされた通りにいるようだった。
頭が痛いし気持ちは悪いし、まったく考えが浮かばない。
私がぼんやりしている間にも、ちゃんと話は進んだようで、ふらふらと案内されたのは宿のようだった。わけもわからず、私はただ柔らかな寝具の上に突っ伏したのだった。
ハッと気づいたら、うっすら周りが明るかった。
記憶があやふやだが、どうやら祢都についたようだ。ふと自分を見てみると、服が着替えさせられていた。珊瑚だろう。世話を焼かせて申し訳ない。
再び寝るか、このまま起きるか、二択を迫られ私は欲求に逆らわず再び目を閉じ……、
「珠香さん、おはよう。起きてる?」
ようとしたら、飛燕の声が扉の外から聞こえた。
仕方なく起きる方に舵を切り、もぞもぞと上体を起こしながら外に声をかけた。
「……うぅん。今、起きた、よ」
「珊瑚さんが、ご飯用意してもらったから、食べれそうならおいでって」
「うん……」
微妙に起きていない頭で返事をする。
うつらうつらしながら這い上がり、近くにあった荷物をあさり比較的無事そうな上衣を羽織り、扉を開けた。
結構時間がかかったが、外に人の気配がした。
ふぁぁあと、一つ、大きな欠伸をしながら、扉を開ける。
「おはよう、けい……飛燕」
いつからかわからない癖のような、口に馴染みきった名前を音として完成させる前に踏みとどまれたのは、ひとえにたまたまだった。
「……おはよう、珠香さん。食堂まで一緒に行こう」
飛燕は特におかしいと思ったわけでもなさそうで、普通の反応だった。それに少しホッとしながら、頷いた。
まだ疲労と眠気のせいで少しうつらうつらしながら、飛燕の後ろを歩く。欠伸が何度も出る。
「珠香さん、船だけじゃなくて、馬車も大変なんだね。王都まで二日ぐらいかかるらしいけど、大丈夫?」
「ふぁ……うん? 王都?」
飛燕の発した単語で、頭がピリッとした。まだ目に眠気がまとわりつくが、ごしごしと瞼を擦り、頑張って起きる。
「王都、行けるの」
「うん」
私の言葉に、飛燕は事もなげに、頷いた。
その一言が、どれだけ、欲しかったか。
その一言が、どれだけ重い意味を持つのか、飛燕はわからないだろう。わからなくて良い。
今回は、王都に行ける。それだけのこと。
そこからどうなるかは、私次第なのだ。まだまだ予断を許さない。
だけど。
「……良かったぁ」
前回は、王都に行く話をした時に、飛燕は居なかった。その飛燕から、王都に行けるというのを聞くのは、とてもじゃないが少なくない感慨があった。それが一部だけ言葉から漏れた。
「良かったね」
その漏れた言葉に、飛燕はニコッと笑って返事をしてくれた。
「うん」
私も、飛燕に笑い返す。本当に、ここまで、長かった。そして、ここからだ。
よし、と私は気合を入れ直して、完全に覚醒した。




