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「う~ん、偉いかどうか、の基準がこっちと微妙に違うような気がする。海の上では、絶対的に偉い船長が全ての判断と責任を負うんだ。それが、今は倭都さま。だけど、倭都さまだけじゃ判断できない時に聞くのがこの二人のおじいさんだから、偉いというか……うん、やっぱりおじいちゃんって感じ」
「おじいちゃん?」
「そう、おじいちゃん。年寄の知恵っていうか、ふたりが言うなら仕方ないかなって、なる感じ。ううん、難しいなあ」
飛燕は説明しながら、思案しているようだった。なんとなく、わかるようなわからないような。
「ああ、それやったら、珠香ちゃんのお家もそうやない?」
ふと、今まで黙っていた珊瑚が、口を開いた。
「私の家ですか?」
「そう。おっかないお祖母はん、居らはるやない」
「あっ」
今まで他所の事だと思っていたから、自分の家の事を思い出せていなかった。というかそうと思い至ってなかった。
祖母は、私も緊張するが、他人も緊張するような人だった。怖いというか、圧があるんだろうか。
「まあ、祖母は当主でもあるので。当家で一番偉いで間違いないですよ」
私も苦笑が漏れてしまった。と、同時に、おそらくめちゃくちゃ心配かけてるんだろうなあというのに思い至り、胃がきりきりしはじめた。私は私の信念で動いている。それは間違いないし後悔もないが、それとこれとはまた別問題だ。
「珠香さんのお家、おばあ様が当主なんだ。珍しいね」
うんうん唸っていた飛燕が、パッとこちらを向いた。純粋な好奇心。苦笑した顔のまま、私も飛燕を見た。
「そうかもね。でも、本当に孫の私から見ても女傑、って感じの人だよ。昔は絶世の美女って呼ばれててね。怖い所もあるけど、私は大好きなおばあ様だよ」
「へえ。いいね、おばあさんやおじいさんが居るの」
ふと、飛燕の出自を思い出した。
飛燕は王宮で産まれた。そこで飛燕というか飛燕の母は重んじられていなかったようだから、祖母、つまり前々王の王妃に会う事はなかったのだろう。
尹に戻っても、色が家督を継いでいるのでわかる通り、既に祖父母はいない様子だった。そういった存在に馴染みが薄い飛燕が、倭都の所にいるおじいさん達の事をどう説明していいかわからない、と思えば、飛燕がうんうん唸っているのも理解できるようだった。ただ、彼らとの間には確かな絆がある。少ししか関わっていない私にもわかるぐらいの絆が。倭都だけじゃない、倭都の船、もしかしたら倭都の国の人達とも。
「うん。でも、飛燕にもいるじゃん。いっぱい」
私の言いたい事が伝わったのか、飛燕ははにかんだ。
「へへっ、そうだね」
嬉しそうに微笑む飛燕に、私までなんだかつられて笑ってしまった。ああ、家族に、会いたいなあ。……今回は、会える、かな。
「さ、食べ終わったら、宿に戻ろか。明日は早いえ」
一足先に食べ終わり、私達が食べ終わるのを待っていた珊瑚が、空気を変えるように明るくそう言った。
「あ、は、はい。あとちょっと」
「はぁい」
こういうやり取りをしてると、疑似だが家族みたいに思える。珊瑚はもしかして、本当に自分が保護者のつもりでついてきてくれたのかもしれない。あの子といい、私は本当に人に恵まれている。珊瑚への感謝を心の中だけで唱えながら、一生懸命口を動かした。
「しっかし、山の民もこりねっぺなあ」
一生懸命咀嚼している時に、ふと近くから酔った男たちの声が聞こえた。
山の民とは、はて、何の事だろう。興味が向いて声の方を振り向くと、そこに居たのは、粗野でガタイの良い男たちだった。
「ああ。祢公がせっかく、こっちに来ねかって誘ってんのに、がんとして譲らねえんだからよ」
「したっぺ。あいつらは先祖代々の掟とやらで、大々的に山を崩さねんだと。おいらたちのやり方が気に食わねーんだ」
「そんなだから、ただでさえ少ねえ量しか取れねえのに、買い叩かれんだ」
「んだんだ。それなんに、オイラ達を見て睨めつけてくんだ。羨ましんなら、オイラ達みたいに、お役人様に従えばええんだ」
やいのやいのと騒がしい。周りは誰も止めないので、いつもの事なんだろう。
ふむ。これは……。
「珠香ちゃん、手が止まってるえ。なんや、気になる事でもあったん?」
「あっ、いいえ。急ぎます」
「急ぎはせんでええけど、ちゃんと噛んで食べや」
「はい」
いけないいけない、またしても思考の迷路に迷い込む所だった。
珊瑚は急がなくていいとは言ったが、最後の一口をさっさと詰め込み、席を立った。
後ろでは、今だに酔った男たちが上司の悪口や制度の愚痴、山の民の事をあーだこーだ言っていた。
宿に戻り、改めて、ゆっくり思考を紙に書きだしながら考える。
山の民、というのはおそらく洞桔たちの事ではないだろうか。鉄を作るには大量の木がいると聞く。なら山の中に拠点を構えるのはおかしくない。
彼らは少人数で鉄を作り、自分たちで売りさばいているようだった。
鉄はもちろん貴重だ。
だからといって、彼らのような少人数の集団に、綜が割符を渡すだろうか。商業は自由とはいえ、彼らは他国の人間だ。その目線は厳しいものになるはず。祢都にも直接卸す人だか組織だかがあるようだし、もしかして、彼らの鉄は上質な物なのではないだろうか。だから、少ないとはいえ、販路がある。
そう考えると、倭都へ鉄を卸す事は、彼らの負担になる気がした。
だって、倭都はおそらく倭都達の国の中で、優位を取りたい筈だ。こちらの国へどうこうではなく。
ならば、兵に強い武器を持たせたい筈。その数は多ければ、多い程良い。だけど、この少数精鋭の製鉄職人に、はたしてその量が賄えるのか、甚だ疑問だ。
とするなら、道は二つ。
質を落としても量を増やすか、質を上げてより強い武器を作るか、だ。
貴族の春陽と悠陽の武器は、剣だ。めちゃくちゃ貴重な鋼を、有名な剣職人が鍛え上げた。かなりの値打ちものだ。その甲斐あって、彼らの技量に負けず剣はいまだに彼らの腰にあり輝きを放ち……前回は、最後まで折れる事なく、主人に従った。
だから、少数で強い武器を作り、強い人に使ってもらう、という手が最善なのではないかと私は思う。
この大陸の戦争を止めたいと願いながら、彼女を、戦いに導こうとしている、自分の矛盾に胸が痛くなる。
倭都や飛燕の、役に立ちたい。彼らの望みを叶えてあげたい。だけどそれは、彼女らを危険に近づける事と同義で。
昔の自分なら、何も考えずこの事を教えてあげたと思うが、今は、戦というもの自体にトラウマがある。倭都ちゃんは私みたいにいくじがなくて弱い子じゃない。それは、わかっているのだけど。
ぐるぐると思考が回転しはじめたので、寝台に横になった。
見えてる問題を放置するのも心が痛いし、かといって武器を作るのを推奨するのも、なんだか怖い。
揺れない寝台で、思考だけがぐるぐるとまわり、私はいつしか眠りに落ちていた。
飛燕「絶世の美女といえば、今のかんの国にもいるって噂聞いた事あるよ。珠香さん、知ってる?」
珠香「……うちの、妹デス」
飛燕「えっ?!そうなの?凄いね、有名人と家族なんだ。大変だね。あっ、そういえばお姉さんは、世にも奇瑞な双子なんだっけ。……大変、だね」
珠香「大変って、わかってくれる…?もうね!本当にね!周りがうるさいのっ。嫌になるわ……」
飛燕「それは、苦労したね」
珠香「そうなのよ(……あれ?飛燕の家族って、王様じゃん!私より有名人?と家族じゃん!)飛燕も、苦労したよね」
飛燕「うん?まあ、それなりにね(珠香さん、何か知ってるのかな?)」
遠くでそのやり取りをみていた、珊瑚(生暖かい目)




