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穴だらけの殺人  作者: 深月咲楽
1/7

第1章

(1)


 女子トイレでお化粧を直していると、廊下から、私の名を呼ぶけたたましい声がした。

「また陽子さんやわ」

 正社員の稲垣陽子は、アルバイトの私を顎でこきつかう。歳は私の方が上なのに、はむかえないのが辛いところだ。今度は何の用事だろうかとうんざりしつつ、ポーチから口紅を取り出した。

「ちょっと、多恵ちゃん、いてるんやったら返事くらいしいや」

 陽子が出入口から顔を出す。その言葉とはうらはらに、何やら楽しげだ。

「何かあったんですか?」

 陽子がこういう表情をするのは、決まって何か情報を仕入れた時だ。私にその話をしたくてしょうがないのだろう。

「ふふふーん、この間の例の事件、どうやら新展開があったようやで」

「新展開?」

 私は口紅のキャップを外しながら尋ねた。

「竹本課長と事務の横山道子、あれ、心中ちゃうらしいねん」

「え? だって、あの人達、不倫してはったんでしょ。奥さんにばれたとかなんとか、大もめにもめてたやないですか」

 私の言葉に、しっと人差し指を立てると、陽子は耳元に口を近づけた。

「殺人、らしいで」

「はあ?」

 上唇に口紅を塗った状態で振り返り、陽子の方を見る。

「あんた、何ちゅう顔してんねん。はよ、下の唇にも口紅塗りいや」

 彼女は、笑いをこらえながら私の肩を叩いた。

「まだ、昼休み15分くらいあるやろ? 休憩室で待ってるから、お化粧直し終わったらおいで」

 そう言い残して、トイレを出ていく。私は大急ぎで口紅を塗り終えると、陽子の後を追った。


 トイレの隣にある休憩室のドアを開けて中に入る。陽子は煙草を吸いながら外を見ていた。

「陽子さん」

 私が呼ぶと、彼女は煙草をくわえたまま振り返り、足早に近寄ってくる。

「とりあえず、座ろう」

 陽子が私の肩を抱くようにして、一番奥にあるソファまで連れていった。

「えらいことやで。さっき昼食から戻ってきたら、2階の事務室に刑事さんが来てて、経理の高田さん、連れて行きはったんよ」

「高田さんを? 何でです?」

 彼女は、上を向いた鼻をさらに上向かせながら、押し殺した声で言った。

「せやから、竹本課長の一件やがな」

「ああ、心中じゃなくて殺人やったって? ――まず、その話から聞かせて下さいよ」

 私の頼みに頷くと、陽子は軽く咳払いをした。

「竹本課長と道子ちゃんが亡くなったんは、1週間前。嵯峨野のホテルで、青酸カリの入ったビールを飲んで仲良く死んでるのんを、ルームサービスのボーイさんが見つけて警察に通報した。――そうやったやろ?」

 私は頷いた。

「そんでもって、死体のそばから遺書も発見された。道子ちゃんの筆跡で『2人だけの世界に行きたい』とか何とか、書いてあった」

「心中以外に考えられへんやないですか。抵抗した跡とかも、全くなかったんでしょ?」

 陽子は、私の鼻先に人差し指を近づけると、目を細めた。

「ところが、や。めっちゃ不自然なことがあってんて。――ビールの入ったグラスに、2人の指紋が残ってなかったらしいねん」

「誰かが拭き取ったってことですか?」

 私は思わず、声をひそめた。

「そうとしか考えられへんやん。心中する人達が、指紋なんか拭き取るわけないやろ? それで、殺人ちゃうかって話になったみたいやで」

 あと5分で午後の業務が始まる。私は時計を気にしながら、質問した。

「それと高田さんと、どういう関係があるんですか?」

「あの日の朝、竹本課長と高田さん、大喧嘩してたやろ? 課長の奥さんに2人のことばらしたん、高田さんやないかって、課長、えらい剣幕で迫ってたやん。それで、警察の方も調べることにしたんとちゃうかな」

 そんな卑怯なことはしていないと、課長に負けない剣幕で言い返していた高田の顔を思い出す。

「あのおばさん、ほんまにうっとうしいもんなあ。この間も、マニキュア塗り直してたら、『仕事中に何やってるの!』とか言うて、人のマニキュア、取り上げはってんで。どう思う?」

 そりゃ、猫の手も借りたいほど忙しいというのに、のんびりとマニキュアを塗り直す陽子の神経の方がどうかしているのだ。何を隠そう、あの時の高田の行動に対して、私は心の中で拍手喝采を送っていた。

 何も言わずにいる私を見て、陽子は肩をそびやかして言った。

「そうやったな。あんたは高田さんに気に入られてるもんなあ。娘さんと同い年やねんろ、多恵ちゃん」

「いえ、私の方が1つ上らしいです」

「そうなん? 多恵ちゃん、今いくつやった?」

「私ですか? 今年29になります」

 私の答えに驚いたような顔をすると、陽子は楽しそうに言った。

「何や、あんた結構、歳いってんねんなあ。もう、おばさんやん。私なんか、まだ24やでえ」

 誰か、この女を殴ってやって下さい。そう思いながら、私はひきつった顔で微笑んでおいた。


(2)


 翌日も、高田は事務所に姿を現さなかった。いつも怒られてばかりの陽子は、のびのびと羽を伸ばしているようだったが、可愛がってもらっている私は、彼女のことが心配でたまらなかった。

「星野君、ちょっと」

 井上所長の声で、我に返る。

「あ、はい」

 私が慌てて立ち上がると、所長はあくびをしながら手招きをした。

「君、コンピューターは使えるの?」

「はい」

 私が頷くと、所長は満足げに微笑んだ。

「そうか。いやあ、高田さんが警察に捕まったら、当面の経理を誰にやってもらおうかと思ってねえ。来月の頭に研修があるから、君、行ってきてくれないか」

 部下が窮地に立たされているというのに、この人は心配一つしないのか。確かに、3ヶ月前に東京の営業所から移ってきたばかりで、愛着がないのはわかるのだが。

 私はあきれ顔で答えた。

「まだ、高田さんが犯人と決まった訳やないのに、何でそんなこと言わはるんですか? 私は今、高田さんから経理のお仕事を教えて頂いてます。戻られたらまた、続きを教えてもらうつもりですから」

 それだけ言って席に戻ると、パソコンのスイッチを入れた。事務室に備え付けてあるものだが、かなり古い型なので立ち上がるのに時間がかかる。

 ぼうっと画面を見つめていると、ドアをノックする音が聞こえた。陽子を見たが、応対するのが嫌なのか、聞こえないふりをして髪の毛を直している。私は仕方なく立ち上がり、ドアを開けた。

「失礼します。京都府警の上条と申します。高田さんのことで、ちょっとお話を伺いたいと思いまして」

 30代後半くらいの背の高い男性が、警察手帳を示しながら軽く頭を下げた。

「あ、ご苦労様です。どうぞ」

 私は、応接セットの所に彼を連れていった。井上所長が、急いでこちらに向かってくる。

「あー、涼しい。クーラーがきいてるっていいですねえ。うちなんかいまだに扇風機ですから」

 上条刑事はハンカチで顔の汗を拭うと、ソファに腰を下ろした。

 冷蔵庫から冷えたコーヒーを取り出してグラスに注ぎ、お盆に載せて持っていく。

「フレッシュかシロップ、使われますか?」

 私が尋ねると、彼は首を横に振り、

「ブラックが好きなんで」

 と答えた。所長もいつもブラックを飲む。2人の前にコーヒーを置くと、軽く会釈をして自分の席に戻った。ウィンドウズの画面はとっくの昔に立ち上がっている。手紙の絵が書かれているボタンをクリックし、メールの確認をすることにした。

「星野君、ちょっと」

 井上所長の声がした。

「はい」

 返事をすると接続を中止し、急いで応接セットの方へ向かう。

「何でしょうか」

 衝立の横から顔を出すと、所長が立ち上がりながら言った。

「この職場では、君が一番高田さんと仲が良かったよねえ。刑事さんのご質問に答えてくれないか」

「ええ」

 促されるままに、所長の隣に腰を下ろす。

「星野さんは、いつ頃からこの飯岡電機工業の山科営業所に勤めていらっしゃるんですか?」

 上条刑事が手帳を広げながら尋ねた。

「半年前からです」

「半年前? ああ、じゃあ、高田さんとのお付き合い自体は、そう長くないんですね」

「そうです」

 私は頷いた。

「でも、この事務所に来てからずっと、マンツーマン体制で色々教えていただいてますから」

「マンツーマンか。そりゃ、密度は濃いですね」

 上条刑事は楽しそうに笑ったが、すぐに真顔に戻った。

「実は、8月3日、つまり竹本さんと横山さんが亡くなられた日なんですが、高田さんから何かお話を聞いていませんか? ――死亡推定時刻の午後9時頃、高田さんは娘さんと2人で三条にいたと主張されているんです。ただ、娘さんの証言だけではちょっと……」

 上条刑事の言葉に、首を傾げる。

「さあ、1週間以上も前のことですし……。手帳を見たら何か思い出すかもしれませんね。ちょっとお待ち下さい」

 私は立ち上がると、デスクの引き出しから手帳を取り出し、再びソファに戻った。

「8月3日……。あ、お仕事終わってから映画を見に行きましたね」

 私は手帳を見つめた。

「そういえば、高田さん、見かけましたよ。三条河原町の不二家の前で」

「それは、何時頃ですか?」

「はっきりした時間は覚えていませんけど、映画を見終わってからやったから……。そうですね、9時ちょっと前くらいと違いますか」

「9時ちょっと前ですか……。そうなると、アリバイは成立するというわけですねえ。間違いありませんか」

「ええ。――たしかに、若い女性と一緒でしたよ」

 私が手帳を閉じて顔を上げると、井上所長が心配そうな声で言った。

「星野君、いつも世話になっているからって、かばわなくてもいいんだよ。本当に高田さんを見たんだね?」

 このおじさんは、よっぽど高田を犯人に仕立て上げたいらしい。私はまっすぐ上条刑事を見ると、断言した。

「間違いありません。高田さんは三条にいらっしゃいました」

「そうですか……。娘さんとは面識はありますか?」

「いいえ、その時にお見かけしただけです。あ、その若い女性が娘さんやったらの話ですけど」

 私が答えると、上条刑事は胸のポケットから、もそもそと写真を取り出した。

「この中の、どの女性ですか。あなたが見た、高田さんと一緒にいた方は」

 テーブルに並べられた3枚の写真を、じっくりと見つめる。

「ちょっと見かけただけなので……。たしか、この方やったと思いますけど」

 髪が長くて、スマートな女の子だった。高田とはあまりに対照的だったので、印象に残っている。私はその中から1枚の写真を選んで、指さした。

「そうですか。やっぱり娘さんのようです。三条河原町でこの2人を見かけられたというお話、信じてよさそうですね。事実、高田さん自身も、食事帰りに不二家に寄ったとおっしゃっていますし」

 私は微笑みながら頷いた。

「声をおかけすればよかったですね。何か、お2人で楽しそうにケーキを選んではったんで、黙って通り過ぎてしまったんです」

 上条刑事は写真をポケットにしまうと、立ち上がった。

「いや、お時間を取らせまして申し訳ありませんでした。また何かお聞きすることもあるかと思いますが、その時はご協力、お願いします」

 私は微笑んで頷くと、先に立って行き、ドアを開けた。

「失礼します」

 上条刑事は会釈をして事務室から出ていった。


(3)


「映画って、誰と見に行ったん?」

 コーヒーのグラスを片付けていると、しきりになっているアコーディオンカーテンを開けて、陽子が声をかけてきた。

「誰とって、1人でですよ」

 応接セットは、事務室の一角に置いてある。衝立で囲ってあるだけなので、中の声は嫌でも外にもれてしまう。彼女は、私達の話に一生懸命耳を傾けていたのだろう。興味津々といった感じだ。

「そう? 営業の宮島さんとやないの?」

「宮島さん? 何言うてはるんですか」

 私は、洗い終わったグラスを拭きながら答えた。

「何で? 宮島さん、多恵ちゃんのこと、好きみたいやんか。そら、あんたくらいきれいやったら、もてるわなあ。そのハスキーボイスも、セクシーやってみんな言うてんねんで」

 陽子は換気扇の下に行き、煙草に火をつける。

「別に、誰とも付き合う気なんてありませんから」

 食器棚の戸を開けて、私は答えた。

「それって、その――首の傷のせいなん?」

 私が黙っていると、陽子は煙草の灰を流しに落としながら続けた。

「夏場でもスカーフなんか巻いちゃって。どんな傷なんか知らんけど、案外、そういうのって、自分が気にするほど他人は気にしてへんことが多いんやで。べっぴんさんやのに、もったいないわ」

 私は彼女の方を向いて微笑んだ。

「ありがとうございます。べっぴんさんって言うてくれはって」

「――ただいま!」

 ちょうどその時、事務室のドアが開き、元気な男の人の声がした。

「あら、田野倉さん帰って来はったみたいやね」

 陽子は、煙草をもみ消して三角コーナーに投げ捨てると、いそいそとドアの所へ走っていった。

 来客の応対はしたがらないくせに、相手が若いお兄さんだとすぐこれだ。全く現金なものだと思いながら、さっきしまったばっかりのグラスを取り出し、アイスコーヒーを注ぐ。

「ご苦労様です」

 私はそれをお盆に載せ、田野倉のデスクへと持っていった。

「おう、ありがとう」

 田野倉はネクタイをゆるめながら、もう一方の手でグラスを受け取る。

「いやあ、まいったで。あの下の報道陣、何とかならへんもんかなあ」

「一時、おさまってたけど、高田さんが連れて行かれてから、また人数が増えましたね」

 陽子が、自分の椅子を田野倉の左隣に持ってきて座った。

「2年前もすごかったけど、今回もすごいよなあ。呪われてるんちゃうか、この事務所」

 田野倉が、アイスコーヒーに口を付けながら、うんざりといった様子で言う。

「2年前って?」

 私は、田野倉の右隣にある自分の席に座りながら尋ねた。2人は一瞬、顔を見合わせたが、すぐに陽子がこちらを向いて答えた。

「そうか、多恵ちゃん、半年前からやから、あの事件を知らへんねんな。――前にここの事務所で働いてた経理の人が、自殺しはったんよ。2年前やねんけど」

「自殺ですか?」

「ああ」

 今度は田野倉が、ノート型パソコンを開きながら続ける。

「高田さんと同期やった女の人でね。波多野さんっていうねんけど、高田さんとは対照的な、大人しい人やったなあ」

「そうそう、波多野さんが亡くなって、かわりに他の事務所から高田さんが来はったんよ。波多野さんと仲良しやって聞いてたし、きっと優しい人やろうと思ってたら、あれやもんなあ」

 陽子が口を挟む。

「何で自殺なんかしはったんですか?」

 私の質問に、2人は口ごもった。ややあって、陽子が話し始める。

「表向きには、息子さんとの行き違いでってことやったわ。でも、実は横領が原因やったみたいやで。会社がもみ消してしまったし、警察にもマスコミに漏れへんかったみたいやけど」

 田野倉が、溜息混じりに補足する。

「なんかなあ、息子さんが大学院に通うために、お金が必要やったらしいねん。波多野さん、離婚してて、女手ひとつで息子さん育ててはったんや。やっぱり、ここの給料だけでは、無理やったんやろ。それで、ついつい、手ぇ出してしまいはったんと違うかなあ」

「息子さん、東京の大学院で心理学か何か研究してはったそうやねんけど、大学院を辞めたいって言い出さはってんて。それも、あと1年で博士号が取れるいう時にやで。演劇を本格的にやりたいとか言うて。気の毒やんなあ、波多野さん。犯罪まで犯して大学院に通わせてはったんやから。よっぽど、ショックやったんちゃう?」

 陽子はそこまで言うと、淋しそうな顔で続けた。

「青酸カリ飲んで、自殺しはったわ」

「2日後に、1年に1度の社内監査が入る予定やったさかい、それもあって、追いつめられてしまったんやろなあ。可哀想に」

 田野倉が言う。3人の間に、重苦しい空気が流れた。

「あの指輪の話もなあ……。私は何か、波多野さんの気持ち、わかるような気がしますわ」

 陽子が、田野倉の顔を見ながら、小声で言った。

「ああ、あの、波多野さんが自殺したときに指にはめてはった、100万円くらいするダイヤの指輪やろ?」

「そう」

 陽子は頷いて、こちらを見た。

「自殺しはるちょっと前に、買うてはったらしいねん。こんなん言うたら悪いけど、息子さんを学校行かすんで精一杯のはずやのに、そんな指輪、買えるわけがないやん? せやから、横領したお金で買いはったんと違うかって、話になってんけど。――そら、おばさんやいうたかて、女やもんなあ。大金が手に入って、おしゃれのひとつでも、したなったんと違うかなあ」

「でも、横領した500万、通帳見る限りでは、ほとんど残ってへんかったらしいやん。その前の年の監査ではひっかからへんかったわけやから、横領し始めたんはその後やろ? ということは、1年間で500万。指輪の代金引いても、400万も残んねんで。学費いうても、1年間やったらそこまで高くはないやろし、残りの金は何に使いはったんやろ」

 田野倉が、首をひねりながら言った。

「東京は家賃も高いし、私らが考えるよりもお金がかかるんと違います? ほんまに、息子さんも罪なことしはったわ」

 陽子が溜息をついた。

「ほんまやなあ。親の心、子知らずってやつや」

 田野倉が腕組みをして言うと、またしても静かな時が流れた。

「にしても、覚えてます? 波多野さんのお通夜の時の、高田さんの娘さんのこと」

 陽子が、田野倉の肩を叩きながら言った。

「おうおう、覚えてるで。波多野さんの息子さん、殴りつけたあれやろ?」

 私は黙って2人の会話を聞いていた。

「息子さん、なかなか居所がわからへんかって。お通夜が始まってから、ようやく京都に戻ってきはったんやけどな」

 田野倉が、私の方を見ながら説明してくれた。

「斎場に入ってきた息子さんを、高田さんの娘さんがパシーン!平手打ちや」

「『あんたのせいやで』って、怒鳴りながらなあ。高田さんと波多野さん、入社当時から――えっと、20年くらい前や言うてたかな、ずっと仲良しやったらしいから、子供同士も幼なじみみたいやけど」

 陽子が、意地悪そうに微笑みながら続ける。

「さすが高田さんの娘さんやで。母親の血、しっかりひいてはるわ」

「せやせや、きっついもんなあ。――あの後、波多野さんの息子さん、家飛び出してもうて、それっきり居場所がわかれへんねんて」

 田野倉がそう言ったとき、頭上で声がした。

「きっつくって、悪うございましたねえ。ずっと警察にいた方がよかったかしら?」

 ゆっくり振り返ると、そこには高田が、優しい笑みを浮かべて――でも、目だけは笑っていなかった――立っていた。

「あ、お帰りなさい。釈放されはったんですか」

 ぎこちなく微笑みながら、陽子が椅子ごと席に戻る。

「星野さん、コーヒーいれてあげて」

 田野倉が、パソコンの画面を見つめたまま小声で言った。

「あ、はい」

 慌てて立ち上がろうとすると、高田が私の肩を押さえた。

「いいのよ、多恵ちゃん。自分でやるから。――ところで今日の夜は、予定、何かあるかしら?」

「いえ、別にありませんけど」

 振り返り、高田の顔を見ながら答える。

「そう、よかった。じゃあ、ちょっとつきあってな。――さて、所長にごあいさつしてこないとねえ。――いや、また寝てはるわ」

 彼女は私の耳元でそう言うと、椅子に座ったまま船をこいでいる井上所長の席へと歩いていった。


(4)


「なんか、すみません。こんなにご馳走になっちゃって」

 私は熱いお茶を飲みながら、軽く頭を下げた。

「いいのよ。多恵ちゃんの証言がなかったら、今頃、まだ犯人扱いされてるところやってんから」

 高田は、嬉しそうに笑った。

「ほんまやわ。多恵さんのお陰です。ほんまにどうもありがとうございました」

 高田の隣で頭を下げたのは、彼女の娘、綾子だ。改めて見てみると、スタイルだけではなく、顔つきまで高田とは全く似ていない。私は微笑み返した。

「でも、お母さんが釈放されて、事務所の人達、がっかりしたんと違う? うるさいのがまた、帰って来ちゃったって」

 綾子が、高田の方を向いて言った。

「そうやろね。でも、そういう空気が、また私を燃え立たせるのよ。ますます、厳しくしてやるわってね」

 高田が、鼻をおっぴろげて胸をはる。

「あーあ、これやもんねえ。多恵さんも大変やね」

 綾子が肩をすくめて、私の方を見た。

「いいえ。高田さんが言わはることって、正論なんですよ。口には出しませんけど、私いっつも、心の中で頷いてます」

 お茶を置きながら私が答えると、高田は嬉しそうに言った。

「ほうら、見なさい。わかる人にはわかるのよ。――多恵ちゃん、デザート食べへん? ここのみつ豆、結構いけるんよ。――ちょっと、お兄さん!」

 串カツを運んでいくお兄さんを呼び止めると、彼女はみつ豆を3つ頼んだ。その様子を横目で見ていた綾子が、私の方に顔を近づけ、小声でささやく。

「誰も、食べたいなんて言うてへんのにねえ。勝手なんやから」

 私は、いえいえと笑いながら首を振った。

「何? 何か言うた?」

 高田が、綾子の肩をぐいっと引っ張った。

「お母さんは素晴らしい人やって、誉め合ってたんよ、ねえ」

「はい、その通りです」

 私達は、顔を見合わせて笑った。

「ところでさあ」

 綾子が、急にまじめな顔をして、高田を見る。

「お母さんが犯人じゃないとなると、他に犯人がいてるってことよねえ」

「『お母さんが犯人じゃないとなると』って、人聞きの悪いこと言わんといて。私やないことくらい、初めからわかってるでしょ。大体、私は、コップの指紋を拭き取ってしまうようなドジ、踏みません」

 高田が、眉間にしわを寄せて反論した。

「はいはい、その通りね。――で、警察は何か手がかりとか掴んでるのかなあ」

 綾子が、適当にあやしながら話を進めていく。

「手がかりねえ……。そういえば、若い男が関係してるとかなんとか、言ってたみたいやったわ」

「若い男?」

 綾子が聞き返した時、みつ豆が到着した。

「あ、どうも」

 彼女はそれを受け取ると、私達の前に配りながら、もう一度尋ねる。

「若い男って、どういうこと?」

「ちょうど、あの2人が殺されたと思われる時間帯に、同じ階でエレベーターを待っていた若い男がいてたんやて。でも、宿泊者に該当する人物はいなかった。――そうそう、私、しつこく聞かれたんやったわ。思い当たる人はいないかって」

 そこまで言うと、高田はスプーンを手に持った。

「で、心当たりはあるの?」

 綾子は、サクランボの種を口から出して尋ねた。

「心当たりって言ってもねえ。――特になかったし、うちの事務所に関係のある若い男の子の名前、教えておいたわ」

「そんな、いい加減な……。それに、人数も多いんと違うの?」

 綾子が驚いたように聞き返す。

「いや、うちなんて小さい事務所やし、2、3人ってとこやで。――常時いてるんは、営業の宮島君と田野倉君。それから、技術屋さんの祖父江君が、しょっちゅう出入りしてて。それくらいやもん」

 ねえ、という風な感じで、高田は私の方を見た。

「技術屋さんって? ――ああ、そうか。お母さんの会社、電気工事の関係やったね、そう言えば」

「うん。――祖父江君は、もともと営業やってはったんよ。それが、私があの事務所に移って半年後くらいかな、技術の方に変わってね」

「え? 祖父江さん、最初は営業やったんですか?」

 私は尋ねた。

「そうやねんわ。大学では工学部やったらしいから、もともと知識はあったんよ。営業がどうも向いてへんって、技術の方に移りはってんけど」

「ほんまは、お母さんが嫌やったんと違う?」

 綾子が笑いながら言った。

「それやったら、今みたいにしょっちゅう出入りせえへんでしょ。私の作るアイスコーヒーは絶品やって、何やかんや理由つけては寄ってくれはるのに」

「おだてられると喜ぶ性格、見抜かれてるんやわ。まあ、ほんまに、単純やこと」

 2人の会話を聞いていて、私は思わず吹き出した。

「何がおかしいの?」

 高田が、怪訝そうな顔で私を見る。

「いえ、何か、漫才みたい……」

 私の言葉に、綾子が首を傾げた。

「それ、いっつも言われるねん。何でやろ」

「ほんまやわ。言っとくけど、私はまともやねんで。あんたが変やから、そう思われてしまうんよ。ああ、迷惑な話」

 高田が大げさに溜息をついて見せた。

「これやもんなあ。ほんま、自分を知らんって、このことやわ」

 綾子も負けずに応酬する。その2人の様子に、私はまた吹き出した。

「――あら、もうこんな時間」

 つられて笑っていた高田が、お店の壁に掛けられている時計を見て言った。針は9時半を指している。

「おうちの人に、連絡いれなくて大丈夫?」

 綾子が心配そうにこちらを見る。

「大丈夫です。私、一人暮らしですから」

 私が答えると、高田が微笑みながら言った。

「そう言えば、多恵ちゃんとはあんまりこういう話、してへんかったねえ。ご両親やご兄弟はどちらに?」

 彼女の質問に、私は少しとまどったが、正直に答えることにした。

「私、ひとりっ子やし、両親もいないんです。事情がありまして」

 若い女と腕を組んで去っていった父の後ろ姿を、ふと思い出す。気丈にふるまっていた母も、もうこの世にはいなかった。

「――そう、悪いこと聞いてしまって。ごめんなさいね」

 高田が、すまなそうに謝る。私は微笑んで首を振った。

「うちもね、私が5歳の時に父を亡くしてるんよ。それからずっと、この世話の焼ける母親とふたり暮らし」

 綾子の言葉に、高田が顔を上げた。

「世話が焼けるのは、あんたの方やろ? 28にもなってぶらぶらしてて。脚本家になりたいとか何とか、夢ばっかり追いかけちゃって」

「そんなこと、今は関係ないでしょ」

 綾子は恐い顔で高田を威嚇すると、くるっと私の方を見た。

「これからも時々、一緒にお食事しません? 1人やったら淋しいでしょ?」

「そうやねえ、それがええわ。今度はうちに食事にいらっしゃいよ」

 2人の優しい言葉に、思わず胸が熱くなる。

「ありがとうございます」

 私は頭を下げた。が、あまり力強く下げたので、置いてあった湯のみで額をぶつけてしまった。

「痛い!」

 額を押さえて顔を上げると、2人は吹き出した。

「多恵さんって、案外ドジやねんね」

 綾子の言葉を合図に、私達は声を上げて笑った。


(5)


「こら! 若者達、いつまで休憩してるの?」

 高田が、休憩室のドアから顔を出す。言われて時計を見ると、もう3時半を過ぎていた。

「すみません、すぐ戻ります」

 空になった紙コップをゴミ箱に放り込むと、私は急いで立ち上がった。

「すっかり、話し込んでもうたわ」

 田野倉も、煙草の火を消して立ち上がる。

「全く、何をそんなに話し合うことがあんねんな」

 開けたドアにもたれかかったまま、高田が尋ねた。

「竹本課長の、例の事件ですよ。あれっきり、何の音沙汰もないでしょう?」

 宮島が答えた。

「ほんまになあ。あれからもう、2週間ですよ。なんぼお盆休みをはさんでたっていうても、時間かかりすぎやわ。しかも、高田さんが僕らの名前出すもんやから、順番に事情聴取されて、大変やったんですから。早よ、犯人捕まえてもらわんことには、気分悪うて、かないませんよ」

 祖父江が、唇をとがらせて言う。

「あら、祖父江君、またこんなとこで油売って。今日は工事の予定、ないの?」

 高田があきれたように言った。

「何か、今晩、徹夜らしいですよ。河原町ビルの電気系統の調子がおかしいって、ね」

 陽子が口を挟んだ。

「ああいう、テナントや事務所がぎょうさん入ってるビルは、昼間は電気が止まると困るでしょ。そんで、夜中にメンテナンスをやらされる場合があるんですよ。運の悪いことに、今日はみんな他の現場が忙しくて、僕1人ですわ」

 祖父江が、たまらないといった風に、両手を上げて見せた。

「河原町ビルなら、うちの会社の支社、入ってるわよねえ、たしか」

 高田の質問に、宮島が答えた。

「ええ、僕らもよく、会議や何やって呼び出されますよ」

「それなら、そっちで休憩してればいいやないの。何にも、こんな山科くんだりの事務所にいなくったって」

「そんな殺生な。あそこの人達、みんなエリート意識ばりばりで、一緒におったらしんどいんですよ」

 祖父江の言葉に、田野倉が笑いながら言った。

「あっちは、この事務所みたいな掃き溜めとは違いますからねえ。ここときたら、ほんまに不便やし、建物かってガタガタのプレハブ2階建てですし」

「おう、掃き溜めで悪かったなあ」

 宮島が田野倉の頭を小突く。

「あ、すんません」

 田野倉は、苦笑いをしながらカバンを手にした。

「外回り、行ってきますわ」

「はい、行ってらっしゃい」

 高田が笑顔で送り出す。と、宮島がそっと、私の手にメモを握らせた。驚いて顔を見ると、彼はさりげなくウインクをして休憩室を出ていく。私は、こっそりそのメモをポケットにしまい、陽子のあとに続いて休憩室を出た。

「すみません、私、お手洗いに寄ってから戻ります」

 私の声に、階段を上がりかけていた陽子が振り返る。

「わかった。先に行っとくわ」

 私は女子トイレに入ると、誰も来ないことを確認して、さっきのメモを広げた。『今日の7時、駅ビルの「寿司哲」で待ってる』。

 デートの誘いだ。急いで事務室に戻ってみたが、宮島は既に、営業先に向かった後だった。

「断られへんやん」

 仕方がない、行ってやるか、などと偉そうなことを考えながら、椅子に座る。

「これ、順番に打ち込んでいってもらっていいかな?」

 待ってましたとばっかりに、私の目の前に書類の山が置かれた。

「よろしくね」

 去っていこうとする陽子の後ろ姿に、いつものごとく高田の怒りが炸裂する。

「陽子ちゃん、これ、あんたの仕事やろ? 何でもかんでも、多恵ちゃんに押しつけるんやないの。多恵ちゃんは多恵ちゃんで、やらなあかん仕事が、ぎょうさんあるんやからね」

 陽子は、ほっぺたを膨らませながら、書類の山を自分の机へと持って帰った。


(6)


 早く帰りたい。――そう思いながら、私は宮島の話を聞いていた。学生時代にバレーボールで全日本に選ばれかけたという、自慢話だ。

「ちょっと背が足りなくてさ。俺って、横も細いから、弱々しく見えるみたいなんや。それで、選考からもれてもうたんやけど、ほんまに上手かってんで」

「そうやったんですか。残念でしたね」

 毎週欠かさず見ているバラエティ番組を、録画してくるのを忘れてしまったのだ。ちらっと時計に目をやると、宮島が困ったように言った。

「誘っちゃったの、迷惑やったかな?」

「いえ、そんなこと」

 まさか、テレビが気になってとは言えない。

「うちまで送るわ」

 彼はレシートを手にすると、怒ったように立ち上がった。私も慌ててカバンを持つと、彼の後に続いた。


 帰りのタクシーでも、険悪なムードは続いた。まずいなあと思いつつも、時間が気になる。腕時計を見てさらに機嫌を損ねさせたら大変だと、運転席の時計を盗み見た。10時2分前。番組は既に終わっている。

 私はそっと、シートにもたれかかった。

「北野白梅町から、どういったらいいの?」

 宮島が聞いてくる。

「あ、あの、白梅町の交差点で下ろしていただければ、そこからはすぐですから」

 私が慌てて言うと、彼は運転手に向かって声をかけた。

「じゃあ、白梅町のところで、停めて下さい」

 そして、上着の内ポケットから財布を取り出す。

「1人で大丈夫ですし」

 宮島の顔を見ながら言うと、彼はまじめな顔で私を見た。

「こんなに暗いのに、1人で歩かせる訳にはいかへんやろ。それに、大事な話もあるんや」

「わかりました」

 私が渋々頷くと、タクシーが停まった。ドアが開き、私が先に降りる。しばらくして宮島が降りてくると、タクシーはドアを閉めて走り去った。

「行こうか」

 宮島の声に促されて、歩き出す。うちに上がる気なのかなあなどと、色々なことを考えながら、マンションへと向かった。


「ここです。どうもありがとうございました」

 マンションの前まで来て、宮島にお礼を言うと、彼はいきなり私を抱きしめた。

「な、ななな」

 とっさのことに言葉をなくしている私の耳元で、彼がささやく。

「君のことが好きなんや。半年前、初めて会ったときから、ずっと」

 さっき寿司屋でさんざん冷酒を飲んでいただけあって、彼はとても酒臭かった。と、酔っぱらいのおやじが、冷やかすような声を上げながら、後ろを通り過ぎていく。

「あの、ここではなんですから、うちへ」

 私は、かろうじて声を出した。

「いいのか?」

 宮島は回した腕を離すと、嬉しそうに微笑む。管理人さんに見られでもしたら、大事だ。私は周りを気にしながら、オートロックシステムに鍵を差し込んだ。


(7)


「ビールにしますか、お茶にしますか?」

 部屋に入り、クーラーのスイッチを入れながら、私は尋ねた。

「そんなに気を遣ってもらわなくてもいいんやけど……。じゃあ、ビール、お願いしようかな」

 私は台所に行き、冷蔵庫からよく冷えた缶ビールを取り出した。グラスに移し変えて宮島に渡す。彼は私が愛用しているビーズソファに座り、ネクタイを緩めていた。

「このソファ、座り心地いいなあ」

「ええ、うっかりすると、そこで眠り込んでしまうこともあるんですよ」

 テーブルに、私の分のビールを置きながら答える。見ると、宮島のビールはもう既に、グラスの半分ほどになっていた。

「あんまり急いで飲まんといて下さいね。すぐに枝豆ゆがきますから」

 たしか、冷凍の枝豆があったはずだ。私はフリーザーの扉を開け、奥から枝豆の袋を取り出した。

「お鍋、お鍋」

 流しの下から適当な大きさの鍋を選ぶと、水を入れて火にかける。振り返ると、テーブルに置かれた宮島のグラスは、空になっていた。

「何か、眠くなってきた」

 宮島が、大きなあくびをする。

「ああ、さっきも日本酒飲んではったし、今のビール、効いたんと違います?」

 枝豆を鍋に放り込みながら、私は答えた。

「お水でも飲みますか?」

 冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを取り出そうとすると、彼が笑いながら言った。

「いや、大丈夫や。ここんとこ、夜が遅かったさかいに、疲れが溜まってるんかもしれんなあ」

 私は冷蔵庫を閉めると、再び鍋の前に立った。

「そろそろいいかな」

 お箸でかき混ぜてから火を消し、ざるにあける。塩をまぶして2、3回振ると、お皿に盛った。

「お待たせしました」

 枝豆を持っていくと、宮島は気持ちよさそうにイビキをかいている。

「宮島さん」

 呼んでみるが、返事がない。私は押入からタオルケットを取り出すと、彼にかけた。テーブルの横に座布団を引き寄せ、その上に座ってテレビのスイッチを入れる。かなり大きな音量になっていたが、宮島は全く起きる気配を見せなかった。

「ぐっすり寝てはるわ……」

 リモコンで音量を絞りながら、私は彼の寝顔を見つめた。


(8)


 枕元で、電話の呼び出し音が激しく鳴った。

「はいはい」

 寝ぼけ眼で受話器を取る。隣に置いてある目覚ましを見ると、まだ6時半だった。

「もしもし、星野ですけど」

 我ながらひどい声だ。

「私よ、陽子。大変なことになってん。ちょっと、聞いてる?」

 朝だというのに、相変わらずけたたましい。

「どないしはったんですか、こんな朝早くに」

 あくび混じりで尋ねると、さらに騒々しい声が響いた。

「そんな呑気なこと言うてる場合とちゃうねん。祖父江さんが亡くなりはったんや」

「はあ?」

 眠気が一度に吹き飛んだ。そういえば昨日、徹夜で仕事だと言っていた。

「事故ですか?」

 工事中の事故は、よくある話だ。私はそう尋ねた。

「ううん、違うみたい……。殺されたらしいねん。青酸カリやて」

 陽子は涙声になっていた。

「それでな、宮島さんの家、連絡とってんねんけど、いてはらへんねん。携帯も電源が切られてて。心当たりないかなあ」

 彼女の言葉に、ちらっとビーズソファの方を見る。そこには、大口を開けて寝ている宮島がいた。

「あー、そうですね。――まあ、宮島さんには私から連絡とりますんで」

「そう? じゃあ、お願いしようかな。まだこれから、田野倉さんの所にも連絡せなあかんから。ほんなら、今日また事務所で」

 陽子は早口でそう言うと、電話を切った。

「――宮島さん、宮島さん」

 受話器を置いて、彼の体を揺すってみる。

「うーん」

 情けない声を出して、宮島が目を開けた。

「あれ? 俺、寝てもうた? ごめん」

 頭を振りながら、タオルケットをどける。

「そんなことはいいんですけど、今、陽子さんから連絡があって」

 私の言葉に、彼は腕時計を見た。

「まだ、6時半やんか。何の用やったん?」

「実は」

 私は一度、唾を飲み込んでから続けた。

「祖父江さんが、殺されはったらしいんです」

「何やて?」

 宮島は、驚いたように大きく目を見開いた。

「青酸カリらしいですよ」

「青酸……カリ」

 彼の顔色がさっと青くなった。

「祖父江まで……。まさかそんな……」

 明らかに動揺している彼の様子を、私は複雑な思いで見つめていた。

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