真実、空想、sayounara
自警団のパトカーの向こうにあるテントの中で、スバルとココアが待っていた。
彼らの話によると、アダムは2週間も行方不明になっていたという。F市も深い霧に包まれ、万が一過激派などが現れた場合、対処できないとして捜索は中止されていた。
そこへ、アダムの帰還。
彼は今までの話を彼らにするが、2人は笑う。
「可哀想に、どこかで頭を打っていたのよ」とココア
「でも―――」
「アダム。脱法ホログラムって、知ってるか?
街の最後の住人か、アウトロウがそれを使って、街中の霧に反射したもんだから、幻覚を見たんだ。
そうさ!間違いない!―――いいな!間違いないんだ!」
スバルの持論は、これ以外の反論は認めないと言わんばかりの圧力を含んでいた。
脱法ホログラムの事は知っている。実は、影で一回だけしたことがあるからだ。
だとしても疑問は残る。
いくら五感に訴えかけられるとしても、現在の技術では食べ物の食感や、水分の持つ重み、そしてリアルなキスの間隔までは再現できない。
それに、今朝走ったルートには、がけ崩れやガレキの散乱で通れない箇所もあったのだ。幻覚を見て運転していたのなら、市内から脱出できないはず。
だとしたら、あれは一体なんだったのか?
「先に待ってるわ」
伊吹の声が、フラッシュバックする。否、まるで耳元で囁かれているみたいな。
「イブ・・・」
「こいつは重症だ。ホログラムが出てきたら、お前を自警団に引き渡すからな」
「何とでも言え。お前だって、アキバで犯罪行為を」
「忘れたな」
いつものスバルじゃない。何だ、この上からの物言い。
その時、地鳴りが近づいてきた。
「ああ、来たか」
テントを出ると、道路脇の空き地にテールローター機がコンテナを下ろしていた最中だった。
その番号を見ると
「あれはC-33!?南A蘇の異常シロアリがどうして」
スバルは言う。
「陸前T田の一匹が死んだだろ?その後釜として」
「味覚承認の拒否は、しっかりと治ったんだろうな?」
「いや。全く」
アダムは、スバルの胸ぐらを掴んだ。
「馬鹿野郎!回路に問題があれば、コントロールに従わずに暴走するかもしれないんだぞ!
シロアリの体は戦車以上に頑丈だ。暴走すれば手が付けられなくなるんだぞ!」
叫び空しく、スバルは彼の手を払いのける。
「下っ端風情が、口を出すな」
「何だと?」
「政府からの命令でね。悪く思わんでくれ。今、シロアリを管理する最高責任者は俺だ」
強烈なボディブローを食らった気分だ。
「どうして?」
「国家区画造成開発事業は、日本政府の急務の内容だ。人員が足りなくなったら補填するのは当たり前だろう。
ご心配なく。ちゃんとマニュアルは読みましたから」
そう言うと、アダムからタブレットを取り上げると、笑みをこぼす。
「これで、失業の心配が無くなったってもんよ。チマチマとアキバに行かなくてもよくなったって訳だ」
「テメエ!」
怒りこみ上げる中、自警団員が近寄る。
「市内の霧が晴れたとの一報が」
「よし、行こう。
アダム。ホログラムが見つかった時は、覚悟しておけよ」
そう吐き捨てると、アダムをつまみ上げてランドクルーザーに乗せる。
「俺はシロアリを解除させてから行く。お前は先に行ってろ。
変な真似をしたら、即刻、自警団に処刑を命令するからな」
混乱するアダムの脳内で、再び甘い声がささやく
「先に待ってるわ」
「何なんだよ!誰なんだよ、お前は!」
強引なスピンターン。車は再びトンネル内を走り始めた。後ろには自警団のパトカーが2台。
オレンジの光が途切れた先には
「どうして?」
先程とは異世界。廃墟の街が広がる。
視察した時と、全く同じ。
「じゃあ・・・イブ!」
後続のパトカー2台を先行させると、アダムは伊吹のアパートへと向かう。
崩落していない橋を選んで渡り、マンションに到着。昨日と全く同じ趣で。
駐車場には車はいないし、人もいない。
階段を駆け上がり、彼女の部屋の前に。
ドアノブを握る彼の手に、汗がにじむ。
この先に、何が待っているのか・・・鼓動が早くなる、体が震える。
「先に待ってるわ―――先に待ってるわ―――先に待ってるわ」
段々と大きくなる伊吹の囁き。
天使か悪魔か。思い切りドアを開けた!
中は埃だらけ、クモの巣が張っている。その中を進むと―――。
「そんな」
狼狽する彼の見た光景。それは、カンバスの前に座る女性の遺体。
死しても腐敗が見られない。最近の食品添加物の恐怖を感じる。
足元のこたつには脱法ホログラム。寿命寸前の蝉の如く、光源が弱まってきて・・・。
「イブ?イブなのか?」
年齢は、彼女に近い。だが、その顔はイブではない。
鏡台にある写真を見ると、彼氏と写った写真が全くない。
「じゃあ、俺が見たのは?」
彼女の願望を移したホログラフに、自分の意思が介入したのか。否、ここまで自分は到着していない。
そうでないのなら、自分の意思が。否、イブを思い浮かぶ要素はどこにもない。
じゃあ、今までの出来事は、自動車事故の代償が生んだ空想?それとも、ホログラムが生み出した偶然のイベント?じゃないのなら、本当のタイムスリップ?
これが嘘で、あれが本当?あっちが空想で、こっちが現実?ナニがアレで、アレがナニ?
車、こたつ、お茶、ハンバーグ、風呂、キス、パジャマ、アップルティー、街並み、カーステレオ。
イブ?いぶ?――――――――――――――――――――――――――――――――――――E・V・E?
アダムのスマートフォンが鳴った。向こうでスバルが叫ぶ。
―――た、助けてくれ!C-33が暴走している!
頼むから、止めてくれ!
奥から聞こえてくる悲鳴と、銃声、そして発泡スチロールを握りつぶすような音。
この音は、試作機の実験の時に聞いたことがある。シロアリが人間を食らう音だ。
回線が狂った上に、人間の味を覚えてしまった。操作しようにも、タブレットは向こうの手の中。
―――お願いだ。全部のボタンを押したんだ。それなのに!
「知るか。
押したボタンには、シロアリのコントロール機能解除ボタンも存在している。もう止められないよ。
皆、シロアリのエサとなって消えていくんだ。街も、国も、人も」
―――そんな・・・うわあーーっ!
鈍い音と共に、スバルの声が消えた。代わりに聞こえてきたのは
「先に待ってるわ」
アダムは女性の遺体を見る。その顔はとても穏やかだった。彼女に近づくと
「すぐに行くよ、イブ。強引だけど、君に言いたい。愛してる」
「嬉しい」
背後で声がした。そこに立つのは。
「イブ」
アダムは彼女を抱きしめ、その唇に口付けを
「私もよ。あの夜に確かに感じたわ。愛してる」
「行こう。一緒に、どこまでも」
「ええ。嬉しいわ」
「イブ」
「アダム」
2人はこたつの灯る暖かい部屋で互いの体を抱擁する。
外には街の明かり。夜のしじまが、2人を包み込むのだった。
この日、F市で起きた事故により、デポットにいた全てのシロアリが暴走を開始。
手始めに周辺の森林を、住宅街を食らい、ありとあらゆる味を覚えていく。
グルメとなった奴らを、戦車もミサイルも止められない。
その日、東京の人々は半世紀ぶりに空を見上げた。
決して綺麗な夕焼けに感動したわけでもなければ、きらめく星座を眺めるわけでもない。
地面を揺さぶる足音、固いものをかみ砕く音。
太陽が西に沈む時、東京スカイツリーの倒壊から全てが始まった。
「それでは皆さん、SAYOUNARA」
FIN
「もし真実と空想が入り混じっていたら、真実が何かなんて誰にもわからない」
―――メアリー・フローラ・ベル