第二話 八王子フューチャーランド
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「やっふーい!!」
ゴールデンウィーク初日。八王子は快晴だった。
空を見渡せば、雲一つない青空。
一時間、入場するのに束縛されていた俺らは牢獄から出たくらい、開放感あふれ出ていた。目の前で弾け飛ぶ俊哉が典型的だ。
しかし。
「人……多いね」
「ああ、めっちゃ多い」
タオルを頭に巻き、死んだ魚のような眼をしているのは大野。俺もその横でぐったりとした表情だった。
快晴なのは嬉しい。そこはお天道様に感謝する。
でも、でもな。
「ほら、前がつっかえているわよ。さっさと行きなさい」
「瀬原君、大野君。ボケッとしてないで荷物持ってくれる?」
女性陣――――荷物を持っている賀川と春富に、入り口付近で立ちふさがる俺たちを注意した。それにしたがって、少し脇へとずれる。
そして、目の前にそびえるテーマパーク。
人の熱気が、半端じゃない。
「あ、蘭。私これ持つから。……ちょっと瀬原君!?」
賀川が何か言っているが、今は目の前の光景に少しショックを受けている。
「なぁ大野」
「なんだ蓮司」
「昨日、帰省ラッシュがどうとか言ってなかったか?」
どちらも声に情がこもっていない。
「ああ、新幹線。飛行機に高速道路はパンパンって言っていたな」
なのに……なのに。
「なんで人がいっぱいいるんだよ!?」
「いいから荷物運びなさい!!」
スパァン!!
活きのいい音が、俺の頭から奏でられた。叩いたのは賀川だ。おそらく、話を聞いていなかった俺を咎めようとしたのか。
「瀬原君。蘭のことしっかり見ててね。はぐれたら三回殺す」
朝っぱらから物騒なこと言うよな。
もっと穏便に過ごそうぜ。
「とりあえず、座れるところ探しましょうよ。乗り物はそれから……って、あれ!? 俊君は?」
「あいつ、メリーゴーランドは男のロマンだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! とか言いながら、向こうに走って行ったよ」
あの野郎、好き勝手しやがって……
「瀬原君」
ふやけていた顔が、一気に晴れた。
声をかけてきたのは、鈴川だ。
いつもきれいな格好をしているが、今日も一段とかわいい。回りゆく人たちも、鈴川の姿に見惚れているようだ。
「あ、悪いな。先に行っちまって」
「大丈夫ですよ。人ごみ、苦手なんですか?」
「え? ああ、まあそれなりにな」
嘘をついた。本当は人ごみが嫌い。誰かとはぐれるのが嫌い。小さいころ、ネズミーランドへ行ったときそうだったんだ。あれ以来、今日みたいな場所へ来るのは初めてだからな。
「蘭!! 早くおいで!!」
「利華たちが呼んでいますよ。早くいきましょ」
「お、おう」
なんか……いつもの鈴川みたいだな。
それは当たり前だけれど、今日はやけに違和感のない、接しやすい雰囲気を作っているような気がする。
まあ、いくら記憶をなくしていようとも、鈴川は鈴川であることには、変わりはないからな。
何とか座る場所を確保し、交代交替で俺らは遊びに行った。
もっとも、好き勝手どこかへ遊びにいった挙句、従業員の可愛いお姉さんを口説こうとした容疑で、俊哉は彼女に公開処刑されている始末だ。ざまあみやがれ。
「瀬原君。あれに乗りませんか?」
あれ。鈴川がさすものは、今目の前で轟音を鳴らしているジェットコースターのことだった。
「大丈夫か? あれに乗って」
「一回くらい平気です」
ほんとかなぁ。何かあった時のために外内さんが裏で潜んでいるって聞いたけれど、安全のためやめたほうがいい気がするけれど……
すっかり本人が乗る気になっているから、諦めろと言っても無理があるな。
「うわ、結構並ぶな」
見るからに長蛇の列。
最後尾には『ただいま、1時間待ち』と建てられたプレートがある。
「どうする? 一時間待っていられるか?」
「大丈夫です。その間、お話もしていたいですし」
「よし、じゃあ並ぶか」
一時間待つという覚悟を決め、俺と鈴川は長蛇の列へと入り込んでいった。
「先日はありがとうございました」
……へ?
並んでそうそう、謝られた。いや、俺なんかされたっけ?
ってか、鈴川に頭を下げられた時点で、俺最低っていう判定になるから余計に怖い。本当に何かされなかったか、必死に記憶の糸をたどっていく。
「先日、助けてくれたお礼ですよ」
クスクスと、何ともかわいらしい表情で微笑む。
うわ、今の写メしておけばよかった……
今まで、そんなこと考えていれば間違いなく鈴川の餌食になる。
しかし今の鈴川は純真無垢だ。……いや、別に記憶をなくす鈴川が純真無垢ではなかったといっているわけではないよ?
ただ、今こういう風に思ってしまう自分がいるのが、どこか烏滸がましい気分になる。少しでも、早く、鈴川の記憶が戻ってほしいという反面。今の鈴川でもいいんじゃないかと思う自分が、最低だ。
あの冬。
鈴川は何を言いたかったのか。
俺に何を伝えようとしていた?
俺はどうして、彼女を助けられなかったんだ?
よく考えてみれば、後悔している。
「私聞いたんです。外内さんに、記憶をなくす前の自分はどんな性格をしていたのか」
「え……」
記憶をなくす前の……自分?
確か、鈴川が記憶をなくしているのは俺との思い出だけのはず。
ほかの人との……あぁ、そうか。
過ごした時間。それが無くなっているんか。
心に刻まれた記憶。思い出。脳裏に焼き付いたものはすべてだけじゃなく、思い出だけを抜き取る。
神は……残酷だな。
与えられたもの、失くすものを忽然と決めてしまう。
誰なのか、興味もないだろう。
「そしたら外内さん。泣きながら私との思い出話をしたんです。ああ、アルバムも見せてくれました。高校入学してからのですよ。ほとんど、瀬原君や友達との写真で……なんだか、今の自分がとても遠いようで」
「違う」
声音が少し強かった。周りにいた人も、いっせいに俺のほうへ視線を向けた。
「確かに、俺たちは今のお前のことを十分理解できていない。お前も、今の俺たちを見て戸惑う部分はある。けれど、それはただの先入観だ。俺はお前を普通の鈴川だって見ているし、みんなも同じはずだ。お前も、自分は少し違うって思うかもしれない。でも、鈴川は鈴川なんだよ」
少し、嘘をついているかも。
説教までして、嫌われたかもしれない。
それでもいい。
今、鈴川の気持ちがどういう方向へ動き出しているのか。
「次のお客様、どうぞ」
係員の声が、俺たち二人を呼び出した。
「瀬原君」
座席に座り、セーフティーバーを下す。
「なんだ?」
「私、思い出したんです」




