第九話 ガールズトーク及びおまけの大失態
二月七日。鈴川邸にて。
鈴川、賀川、春富に更に古川の四人は調理場にいた。
それぞれ可愛らしいエプロンを着用しその目の前には大小さまざまなボールに板チョコなど見るからにチョコを作るさまである。
「いよいよね」
「なんか憂鬱」
「おなかすいたぁ」
それぞれ目の前にある課題と戦うのだ。
「あの、僭越ながらよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる古川。
うさぎさんがプリントされたエプロンは何とも子供じみた趣味であることが三人からは感じられる。
ちなみに鈴川と古川は初対面。
かして賀川と春富はものすごい表情をしている。
なぜ彼女がここにいるのか。
それは賀川の彼氏である俊哉からの申し出がきっかけだ。
--------二日前
自室で英語の課題に取り組んでいた賀川は休憩と称しつつ漫画を読みふけていたところ携帯から着信が来た。
ディスプレイには彼氏である俊哉の名前が表示されていた。
彼から電話が来るなど余程のこと以外ない。
たとえばデートの誘いや声が聴きたかったなどの理由。
それ以外はメールなどで済まされる。
今週末はいろいろと用事があるためデートには行けない。
彼女にしてはデートは唯一の楽しみであるがそのほかにも先立ちで待っているイベントがあるためそちらを優先しなくてはならないのである。
何せ一年に一度しかないのだから。
デートなんぞいこうと思えばいくらでも行ける。
とりあえず電話の内容を聞こう。
「もしもし」
『あー、利華?もしかして風呂とか入ってた?』
たかだかしい声が耳に入ってくる。
以前、指定された時間帯に入浴、食事をするから電話やメールはできないとあらかじめ俊哉に伝えていたが今はその指定された時間だった。
おそらく俊哉はダメもとで彼女に電話をかけたのだろう。
「それで、何の用?」
『今週末なんか予定ある?』
デートのお誘いかと思ったが、今までも言動パターンを脳内の記憶で呼びこませると少し違う。
毎回の場合だと、『今週末暇だったらデーと行かない?』など言ってくるはずだがさっきの言葉からしてデートという単語は出てこなかった。
ということは別の用事であるのか。
「週末は蘭の家でちょ・・・」
だめだ。ここでチョコを作るなど言ったらあとでサプライズが台無しになる。
おそらくチョコを作ると言ったらどんなチョコを作るのか。あるいはホワイトチョコなどがいいと注文を付けてきてはせっかく作ったチョコがまるでつくらされたような感じになってしまうため敢えてここは伏せおこう。
『ちょ?ちょがどうした」
「ううん。なんでもない。週末は蘭の家でちょっと用事があるの」
『あー、ならちょうどいいかもしれないな。週末さ、古川連れて鈴川の家で一緒にチョコ作ってくれないか?』
一瞬跳ね上がりそうになった。
チョコという単語が出て来たから思わず自分が言ったと思ったからだ。
でも何故か俊哉が話しているとまるで私が蘭の家に行くついでに彼女を家まで招待するようで何かと不憫な気持ちだった。
「でもなんで彼女までチョコ作るのよ」
『そりゃ、片思いの加賀君に渡すためだろ。という訳だからいいよな?』
いいわけない。など口が裂けても言えない。
どうしても俊哉の事だと断るにも断りきれない。
まだ、大拒絶の域に達していない事はないけれど。
「私はいいけれど蘭に聞かないとダメ。でも蘭の事だからいいっていうと思うけれど」
ノー。と答えてほしいけれど蘭の事だからそれはないだろう。
『じゃあ、よろしく頼むよ。くれぐれもいじめるなよ』
「なんでいじめるのよ」
『勝負の行方を晦ますことになるから』
「勝負ってなんなのよ?ねえ」
答えを聞く前に電話を切られてしまった。
「ったく、何考えているのよ。自分で道を切り拓けない女と一緒にチョコづくり?冗談じゃないわよ」
はーと大きな息を吐きベッドに身を預ける。
そして机の上に置かれている写真立てに手を取る。
飾られている写真は俊哉と利華が写っているもの。
背景にはきれいにな海にどこまでも続く水平線が。
初めて二人でデートをした時の写真。
確か文化祭が終わってから二週間後のことだった。
そんな風に懐かしく思いながらも賀川は写真に向かってこういった。
「俊君のばぁーか」
という訳で本日の鈴川邸。
朝十時過ぎだというのに屋敷には可愛らしい断末魔が響き渡っていた。
「ちょっと古川さん!!何やっているのよ!!」
「すいませんすいません」
あわふためいている古川だが事態は悪くなる一方。
ハンドミキサーを持った古川は顔に卵白がついていて何かとドジな一面を見せていた。
それを見ていた鈴川と賀川はあきれる一方。
「本当にあの子なの?」
「ええ、あの子よ。蘭は一体どの子と思っていたの?」
「古川さんと行ったら可憐で清楚だって聞いていたから」
一体どうなったらそんなデマな情報が手に入るのだろうか。
確かに顔を見てもどこからか清楚な感じが漂ってくるのは分からなくもない。
けれど実際はどうだ。
喋り方からしてもおどおどとした感じで動きもそれなりに清楚ではない。
一言で言えば日常生活における必要な運動ができていない人。と捉えられるかもしれない。
よくもまあこんな人が恋をしようとは思っていたけれど誰がどんな恋をしようとその人の勝手だ。他人が口出しするようなことではない。
それでも三人の予想通りの事にはなった。
開始五分で調理場は戦争をした後のように無残な事態になっていた。
卵は割れに割れ、ハンドミキサーもどこかしらで回っている。
まだ使っていない板チョコもすでに粉々になっているようだった。
とりあえずこの状況を打破するにはこれを提案した林俊哉をどうにかしなくてはならない。
と考えてもどうにもならない事くらいは分かっている。
「さて、どうしようかしら」
顎を摘まみながら鈴川は考える。
ひよこの絵がプリントされたエプロンを着用していては何かと地味なのか可愛いのかわからない。
「とりあえず暴走を止めないとね」
「それも・・・・・そうね」
春富も早く助けてやらねばいつ卵白の身になってもおかしくはない。
そう考えているうちに新たな可愛らしい断末魔が屋敷に響き渡ったのだった。
◇
俺は喫茶店にいた。
理由は単純明快。
俊哉に呼ばれたからだ。
いつも言っている喫茶店。前回来たのは確か1人だったような・・・・・
そういや店から出た後獅子堂たちに会ったんだっけ。
なんてことを考えていたら不意にため息が零れ落ちて来た。
昨日の屋上から別件で俊哉から「話がある」と言われたからここに来たわけなのだが。
集合時間からすでに三十分が経とうとしているのにもかかわらず誘った本人が来ないっていうのはどういう事なのか。
もう帰りたい。帰って課題やりたい。
どうせなら喫茶店でやろうと思ったけれどメリハリは付けたいなと思った。
勉強するときは勉強する。
遊ぶときは遊ぶ。
お茶飲むときはお茶を飲む。
なんてことがある。
でもお茶を飲むに至っても話し相手が来ないんじゃ意味がない。
すると入口のドアベルが軽快に響いた。
中から入ってきたのは俊哉だった。
手には大きな紙袋を手に持っていた。
もしかしてあれを持ってくるのに時間がかかったのか?
その紙袋をこっちに持ってくるかと思ったがカウンターに置いて店長に渡していた。
そして俺のいる席へとくる。
「おせえじゃねえかよ」
「わりいわりい」
「何やってたんだよ」
「いや、店長に頼まれて有名なスイーツの店でどうにか人気のチョコを買ってきてほしい言って言われたからさ、早朝から並んでたんだよ。で、最後の十個ぐらい買い占めて後ろにいた客たちから逃れてきて家について時間があるから仮眠しようと思ったら朝起きたのが十時ごろ」
「・・・・・・・」
色々と聞きたい事が在り突っ込みたいところも満載だ。
にしても十個も買い占めたのかよ
「いやー、本当に大変だったよ。店長に頼まれた十個がちょうど俺の番に来たからさ。後ろの人たち無視して買ってきたらもうなんの何の」
「まずなぜ後ろの人たちを無視して十個買ってきたのか理由を聞きたい」
「だって十個買ってこなきゃ店長に殺されるから」
「いつから店長はそんな悪党になったんだよ」
「でも荒れ狂う人たちから逃げてきた俺に労いの言葉位はあるだろ?」
「俺は何にも頼んでいない」
「それはそうと俺を追ってきたのは全員女子でした。いやー、今どきの女子でも手造りはしないんだね。いやぁ、チョコを作ってくれる彼女がいる男は幸せだねー」
まるで彼氏がいない男子にわざとらしく聞こえるように言う。
ちなみに彼女がいないマスターは何故かこっちをにらみつけていた。
ん?でもそういや・・・・・・・・
「賀川は今年作らねえって言っていたような」
「何!?」
確か鈴川がメールで言っていたような。
でも手作りも手作りじゃなくても男ならもらえるだけでもうれしい気がするんけれど。
俺は一回だけだけれど手作りのチョコを貰ったことがある。
ちなみに目の前にいるこいつにはまだ話したことない。
だってわかる事だろ?
こいつにそんな話したら間違いなく殺される。
断固としてこいつには言わない。
「なんでだよ・・・・なんでなんだよー」
机にがっくりとうなだれる俊哉。
あーあ、ご愁傷なことで。
「俺な、利華とけんかした」
「!!げほっげほっ!!」
こーひーを口に含んでいたから思わず吹き出しそうなところをあわてて止めて喉に通したけれど急き込んでしまった。
「喧嘩って・・・・・・お前らどうせくだらない事だろ?」
「おそらく俺の自己中な行動が・・・・・」
だめだ。こいつ気持ちが衝動しすぎて何が何だか分かっていない。
いまなら記憶喪失となってもおかしくないだろ。
「自己中な行動ってなんだよ」
「わからない」
「分かんねえのに喧嘩したっていうのかよ」
「だって利華口調が粗っぽかったもん」
けなげな乙女みたいに言うのやめろ。気持ち悪い。
でも最近賀川もピリピリとしているからなあ。苛立っているだけかチョコづくりに励みすぎなのか。
あ、あいつはチョコ作らないんだっけ?
「で、俺に話って?」
ふと思い出したかのように俊哉は顔を上げる。
それはまずいのサインであることは俺でもわかる。
という事は俺を呼んだのはつまり・・・・・・・
「店長!!エスプレッソ五杯!!」
「誤魔化すな!!」
俊哉の断末魔が店内に響き渡った。




