暗闇ネガティブ
地球は廻る。何があろうとも。
つまり、明けない夜は無い。ついでに、昇らない太陽も無い。どう足掻いたって、時間を止めることなんて出来っこない。ただの人間には。ただただ進み続ける時の中、私達は漂うことしか出来ないのである。
ああ、なんて無常。
時刻は朝の7時半。耳障りな電子音に舌打ちをかまして、私はアラームを止めた。カーテンの隙間から差し込む日差しが眩しくてチカチカする。ベッドの上でぎゅう、と小さく丸くなると、まるで時間が止まってしまったような静寂に包まれた。目を閉じれば真っ暗闇。何も無い、真っ暗闇。
怖い。
わざと大きく深呼吸をして、強く目を瞑った。涙が眦から零れ落ちる。ドクドクと耳元で心臓の音が鳴り、私は息を止めた。
どうやら、今日も私は生きているらしい。
いや、別に自殺願望みたいなものは無いし、死にたいわけでもないのだけれど。ごく自然に、当たり前のように思うのだ。確かに私は生きているらしい、と。
…ほらね。だから朝は嫌いなんだ。図太い筈の私が、気弱になるから。まぁ、朝も嫌いだけれども、朝がくる度にこんなことを考える私はもっと嫌い。強いて言うなら大嫌い。
もう、こんな私なんて消えてしまえばいいのにね。シーツに滲んだ、涙みたいにさ。
「でもまぁ、」
ひっそり、涙を拭って。カーテンを勢い良く開けて。
「今日も、生きてやるとしようか」
見上げた空は、青かった。
****
別に、怒ってるわけじゃあ無いけれど、隠し事をしたしーちゃんにどんな意地悪をしてやろうかと考えながら歩いた教室までの廊下。いつもの如く抱きついてくるであろう彼女をよけてやろうかな、だとか、昨日の分のノートを見せてあげないという素晴らしく子供染みた事をしてやろうかな、だとか考えていたのだけれど。
「すっちゃんっ!何か自分の知らん人がいる!すっちゃんっ!」
まったく。つくづく私は彼女に甘いらしい。笑顔でジャンプするしーちゃんを朝の騒がしい教室の中で認めた瞬間、私が考えた小学生並みの意地悪の数々は一瞬にして吹き飛んだ。ああ、良かった。今日はちゃんと学校に来たんだね。
でもね、いいのかな。ジャンプしているせいでピンクの猫さんパンツが丸見えだよしーちゃん。気にしていないのかな、がっつり見られているけれども。
ふと、視線をずらした。
「おはよう、鈴木さん」
ドキリ。飛び跳ねるしーちゃんの隣で私に笑いかける、昨日やって来た転校生、ミヤシロ。何だろう、これ。よくわかんないけれど、胸の辺りがあったかい。見ていられなくて、目を逸らした。
「おはよ、しーちゃん。ミヤシロ君も」
挨拶をして、自分の席にリュックを下ろす。いつものように、腰に走った衝撃。柔らかい笑顔でこちらを見るミヤシロに、苦笑した。
「あんなぁ、自分なぁ、転校生来ることなんて知らんかったんだよ!びっくりしました!」
「そうだね、びっくりしたね」
にしし、と笑うしーちゃん。寝癖のついているしーちゃんのふわふわの髪を撫でる。すると、くすぐったそうに頭を振った。
「仲、良いんだね」
視線を戻すと、ミヤシロの綺麗な笑顔。少し焦りながら、笑って頷いた。
友達だもんね、としーちゃんに同意を求めると、神妙な顔をして首を振るしーちゃん。えっ。嘘でしょ、友達じゃないの?ミヤシロがひゅっ、と息を吸い込んで、私は酷く傷付いた顔でしーちゃんの瞳に映り込んでいた。
「すっちゃんは自分の親友!」
思わず、目を開く。強張っていた身体から力が抜けた。ゆるゆる。表情もだらしなく緩む。ゆるゆる。だって、しーちゃんも親友だと思ってくれていたなんて嬉しいじゃないか。
ふふ、と笑うと、何故かミヤシロが驚いた。フラフラとミヤシロの視線があっちこっちを彷徨って、最終的に俯くミヤシロ。そしてそれを見たしーちゃん、チェシャ猫みたいに、ニヤリ。純粋とは言い難い笑みを浮かべた。
「ミヤシロ!自分の名前はしーちゃんと言う!よろしく!」
「よ、よろしく…」
何だろう、分からないけれども仲良くなったみたいで良かった。
でも、去り際にしーちゃん、ミヤシロに何を囁いたんだろう。気になって気になって、モヤモヤしてしまったのは私だけの秘密。
****
「えー…ここは外分点の座標を求めて…」
唐突だが、私達が学ぶ数学の中で、本当に将来に役立つのは何割くらいなのだろうかといつも思う。例えば、直線の内分点や外分点、三角形の重心。そういうのって、将来どんなことに使うのだろう。
捻くれているみたいに見えるだろうけど。本当、数学とか馬鹿みたいじゃあないか。計算機があるのにね。
ま、出来ない故の考えだからさ。もし私が数学が大好きだったら、そんなこと考えないのだろうけど。
くるり、とシャーペンを回す。外を眺めると、カサリ。机の上で何かが音を立てた。
途中式が書かれた中途半端なノートの上には、丸まった紙。何だろう。誰からかな。疲れた目で淡々と黒板を指す先生の目を気にして広げると、しわくちゃの紙の上、可愛らしくて丸い文字が踊っていた。
"鈴ちゃん、おはよ"
まこっちゃん、だ。
ばっ、と顔をあげると、控えめにはにかんだまこっちゃんがこちらを見ている。何かを言いたそうな顔で、困ったように笑って。
私は、首をかしげて、どうしたのと口を動かした。
『おひるいっしょにたべていい?』
私は、にっこり。断るわけ、無いよね。
ただ…初めて見る人には少しキツイかもしれない。しーちゃんの驚異的な胃袋、それに、息の詰まるような威圧感は。
私の口元が、引きつった。




