お昼時のカオス
かろうじて間に合った私は、二年三組の教室のドアをガラリと開けた。瞬間、静かになる教室。注目される私。この感覚が苦手だ。まぁ、すぐになくなるけども。
学年が変わり、クラス替え直後のようなそわそわ感はもうない。慣れて、馴染んできて、それでいて少し緊張している、そんな新鮮な雰囲気。近付きたいけど近付けない、仲良くなりたいけどどうしたらいいか分からない。微妙な距離感がある雰囲気。かくいう私も、距離感を計りかねて、新しい友達はまだ出来ていない。
「鈴ちゃん、おはよう」
「あっ、おはよう」
誰だかは覚えていないけど、可愛い女の子に挨拶をもらった。嬉しくなって少し笑う。相手の女の子もにこりと笑った。…どうしよう。おそらくここから友達作りへと発展するのだろうが、如何せん私にそんな芸当は無理というわけで。あいにくと平凡な私にそんなスキルは持ち合わせていないのだ。まぁ、いいや。何かを言いたげな相手にもう一度微笑み、自分の席へと歩き出す。何故だかは不明だが、馬鹿笑いしている男子の集団の脇をすり抜けた。
馬鹿笑いのテンションで、彼らは私に手を挙げてはよっす!と叫ぶ。朝からそのテンションはキツイなぁ。何より馴れ馴れしくてちょっと怖い。私は苦笑して、片手を小さく挙げるだけにとどめた。
一番後ろに位置する私の席を目指して歩けば、ドン、と腰に衝撃。うっ、と息が詰まる。腰、折れてないよね?大丈夫だよね?腰とか危険なんだぞコノヤローと腰にくっついた重みに目を向けた。
「すっちゃん!」
「いやいや私すずじゃないから。りんだから。強いて言うなればりっちゃんだから。」
「Buongiorno!」
「聞いてた?今の話。つか無駄に発音いいなオイ。何で?日本人だよねしーちゃん」
滑らかな発音のイタリア語で爽やかに挨拶を一発かまし、とびっきりの笑顔で私をすっちゃんと呼ぶのは、霧雨 時雨。細くて健康的な色をした手足に、くりっくりの瞳。にかっと笑えば少し尖った八重歯が見える。ショートボブの元気な女の子だ。
しーちゃん、すっちゃんと互いに呼びあう仲の私達は、中学校一年からずっとクラスが一緒。
きっかけはと言えば、時雨と呼ばれるのが嫌いな彼女が、時雨と書いてしーちゃんと読みます!と奇想天外な自己紹介をぶちかまし、気になった私が話しかけ、何故かなつかれて今に至る。まぁ、しーちゃんは奇想天外なんだ、いろいろと。
幼なじみ、と言えるのかどうかは置いておくとして、私の中でしーちゃんは親友に分類されている。親友というものは、一方通行では成り立つことはない。しーちゃんも私を親友だと思っているといいんだけれど。
何だかんだ言ってはおりますが、私はしーちゃんが大切ということなんです。…照れる。
でもね、しーちゃんは大切だけど、離れてくれると嬉しいな。腰にへばりついたままのしーちゃんをひきずって、私は机にやっとのことでたどり着き、リュックを置いた。
さて、ここが私の席。一番後ろ、かつ窓際。程よく温かな春の陽が当たり、誰にも悟られることなく居眠りすることが可能な位置に私の席はある。
隣はいない。何故なら、このクラスの人数は奇数で、私の席だけがぴょっこり後ろにはみ出しているからだ。
なんか、ハブられているみたいだし、ペアワークする時は不便だし、ちょっと寂しい。……別にいいけど。気にしてないけど。
重い、と呟いて、腰に回ったしーちゃんの細っこい腕をぺしぺしと叩くとしーちゃんがニヤニヤしながら離れた。今日もすっちゃんはいい香りだと思いました!あれ作文?なんて声が聞こえる。
ちょっと怖いと思うのは当たり前だ。そうだろ?
ぶる、と鳥肌を擦っていると、チャイムが鳴った。弾かれたように飛び上がったしーちゃんは斜め前の席へと移動。
ざわざわガタガタ、皆自分の席へと急ぐ。馬鹿笑いしていた男子の集団の一人が焦ってこけた。少し面白い、と思った私はSなのかもしれないと思う。
「はーい、おはよーう」
ガラリと教室のドアが開いた。
出席簿を小脇に抱えて入ってきたのは、二年三組の担任、谷川 透26歳、男。
気さくで軽い性格故、とっつぁんというあだ名をつけられて、生徒達に親しまれている先生だ。まぁ、私は普通だけれども、可愛らしく頬を染めて、彼に恋する子も少なくはない。
私はそんな禁断な恋、していなければ、するつもりもないんだけど。まあ、とっつぁんは、贔屓をしない先生だから好きな部類に入る。もちろん、先生として、ね。
頬杖をついて見ていると、教卓の前で、とっつぁんはスポーツ刈りにした頭をポリポリと掻いて、咳払いをした。
それから、に、と笑って。
「おぅおぅおぅ、欠席はいねがぁ゛〜」
なまはげを真似たのであろうダミ声に、どっ、とクラスが沸き上がる。あぁ、結構似てるかも。頑張って練習したのかもしれないな。爆笑の渦の中で、ツボを心得た台詞ですね、とか冷静に考えてみたりしていると、斜め前のしーちゃんが振り向いて、ぐっ☆と親指を立てた。
いや、何がGJなんだ。前を向け!と口パクでしーちゃんへ伝える。
おとなしく従って前を向いたしーちゃんが落ち込むのを見ていれば、静まれー、ととっつぁんが言った。静かになった教室を見回し、とっつぁんはうなずいて手元の紙に視線を落とす。
「今日の予定はー…」
ふぅん、へぇ、そう。
いつもと何ら変わりない予定を話始めたとっつぁんから窓へと目をそらす。
青く晴れた空と、散りかけの校庭のソメイヨシノを見て、写真におさめたくなるくらいに純粋で綺麗だなと思った。
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「お昼だよすっちゃん!お昼なんですよすっちゃん!」
「うん分かった。分かったから机をガタガタ揺らさないの」
昼。
この時間はしーちゃんのテンションが異常に上がる時間である。現に今、ガタガタと机を揺らして、嬉しさを表現している。ちょっとうるさいのでしーちゃんをなだめ、机の上に弁当をひろげた。
かぱ、と弁当を開けると、視界を凄いスピードで横切った黒い影。何!?と体をそらす。
「唐揚げキャホォォオウ!」
えっ、と弁当を見つめると、詰め込まれた弁当箱に不自然に空いた空間。もとはそこにあって、私の物であるはずのそれは、奴によって奴の腹の中へと収まってしまったのだ。
「旨いぜキャホォォオウ!」
「返せ!そして落ち着け!」
唐揚げを私の弁当箱から誘拐し、あまつさえ愛しのMy唐揚げ様をもっさもっさと喰らう、という暴挙を起こしたしーちゃんは叫ぶ。どうやらいつもよりテンションがおかしくなっているようだ。私はぎゅ、と拳を握りしめた。
お前、三時限目の数学のあの落ち着きようは何だったんだよ。
俯いて、ゆらゆらこっくり眠気という悪魔に負けていた弱いお前はどこへ行ったんだ、しーちゃん。
完全にしーちゃんは策士だ。油断してしまった私は、しーちゃんの策にまんまと引っ掛かってしまったのである(多分違うけど)。
そんなことを考えていたら、もう一度横切った黒い影。
「卵焼きキャホォォオウ!!」
「自分のを食べようねしーちゃん!」
でも、こんな漫才のようなやり取りも、私は楽しくて仕方ない。だってこれは、平凡な日常の一コマだから。
やっとのことで落ち着きを取り戻したしーちゃんは、向かい合わせにした机で、自分の弁当、漆塗りの立派な重箱(因みに三段)をひろげる。もう、ツッコミどころが多すぎてどうしたらいいか分からない。分からなすぎて頭が痛い。
「うん、いつも言ってるけどよく食べるね。その細いからだの何処にはいってんの?」
「そういえばさ、」
「スルーかいい!」
勢い良くツッコミをかます私をシカトして、しーちゃんはもっきゅもっきゅと口一杯にパスタを頬張り(何で重箱にパスタ?)言った。
「ふぁふぁふぁひぃふぁんふぁ、かっふぁふぁふぁ「分かりません!」……ふぃ」
しーちゃんは眉をよせてパスタを飲み込む。いや、お茶で流し込む。もはやこの子、女子高生じゃないと感じたのは仕方ないことだと思うのだ。
「新しい漫画買ったから今日うちおいでよ!パピーとマミーもすっちゃんに久しぶりに会いたいって言ってたし!」
「え」
「行くよね!じゃ、マミーにメール打っておくぜよ!」
「ちょ、」
と、しーちゃん。断る暇もなく、得意のメール早打ちでしーちゃんはメールを打った。送り終えたしーちゃんが重箱の二段目にぎっちりつまったサンドイッチに手をかける。重箱の一段目、カルボナーラパスタは早くも制覇したらしい。
あり得ない彼女の胃袋、さらに、放課後に待ち受けている彼女の家に行くこと。しーちゃんの家、かあ。…嫌だなぁ、行きたくないなぁ。まぁ、別に構わないのだけれど。
彼女の家を思い出し、彼女の両親も思い出す。…あまり行きたくない、けど。私に拒否権はない。
目の前、凄いスピードで消費されていくしーちゃんのサンドイッチから目をそらし、諦めた私は、おにぎりにぱくついた。
ツナだと思って食べたのに、おにぎりの具は梅干しでびっくりした。




