エピローグ
[アスペクトからの帰宅中の車内/夕方]
環が、少し甘えた声で言った。
「はは……今日は、家に来ませんか?」
灯は、驚いたように一瞬目を見開いてから、やさしく微笑む。
「そうね……久しぶりに、おじゃましてもいいかしら?」
柊が、穏やかに頷く。
「はい。もちろん大歓迎です。」
凪が、子どものように声を弾ませる。
「わぁ!じゃあ僕、久しぶりに灯さんの肉じゃが食べたいです〜」
環も、すぐに続く。
「あ!それいいですね〜。わたしも、ははの肉じゃが食べたいです」
柊が少し笑って言う。
「いいね〜。灯さんの肉じゃが、おいしいから。俺、作り方教えてもらいたいです」
灯は、少し照れたように手を振った。
「そんなふうに言われるとうれしいけど、本当に大した作り方じゃないのよ。びっくりするくらい手抜きなの」
環が目を丸くする。
「手抜き……なんですか〜?」
「そうよ」
灯は、やさしく続けた。
「主婦の料理なんてね、いかに手を抜いて、それでもおいしく作るか、なのよ」
柊が、少し考えてから頷く。
「ああ……わかります、それ」
環が驚く。
「え!柊、わかるんですか?」
「手抜きっていうより、どうやって時間を短縮するか、ってことですよね」
灯は、うれしそうに笑った。
「さすが、柊くん。
そうなの。今はね、調味料もお出汁も、いいものがたくさんあるでしょ?そういうものを使って、無理しないで作るのが大事なのよ」
凪と環たが声をそろえる。
「へぇ〜……」
灯が、ふっと2人を見る。
「あなたたちは、いつも柊くんに作ってもらってるわね」
環が、少し照れながら笑う。
「はは……なんでわかるんですか〜」
「ふふ。わかるわよ」
灯はやさしく言った。
「柊くん、お料理上手だもの。それに、環は前に言ってたでしょ。“柊が作るほうがおいしい”って」
凪がうんうんと頷く。
「柊先輩、シェフみたいなんですよ〜」
「そうそう!手際よく、なんでも作れちゃうんですよね〜」
柊が、少し照れたように言う。
「なんだそれ。褒められてるのか?」
灯が、くすっと笑う。
「柊くんも大変ね。大きな子どもが2人いるみたいじゃない」
環が、すぐに反応する。
「え〜はは、わたしも子どもですか〜?」
灯は、少しだけ考えてから、やさしく答えた。
「そうね……環は、子どもみたいなところ、あるわね」
環は、一瞬きょとんとしてから、にこっと笑った。
「……でも」
灯は、その続きを言った。
「ちゃんと、自分の足で立ってる。だから、もう大丈夫」
車内に、少しだけ静かな時間が流れる。
柊が、前を見たまま言った。
「……今日は、おいしい肉じゃがの夜だな」
凪が笑う。
「はい!ぽかぽか確定です!」
環は、胸の奥があたたかくなるのを感じながら、そっと呟いた。
「……うん。帰ろう」
夕焼けの中、車はぽかぽか邸へと向かって走っていった。
――守られるだけだった時間は、もう終わった。
けれど、帰る場所があることは、変わらない。




