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無関心婚約者の豹変  作者: 桜祈理


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1/2

1 天才と馬鹿は紙一重

 私の婚約者ルシアン・クレヴィスは、私に関心がない。


 というより、魔法や魔術以外のものに、一切興味を示さない。


 生まれながらに膨大な魔力を有していたルシアンは、七歳のときその類いまれなる魔法の才を開花させた。


 以来、ありとあらゆる魔法を習得し、高度な魔術研究に心血を注ぎ、なんとも奇抜な魔導具をいくつも開発し、十二歳で上級魔術師試験に一発合格(もちろん最年少記録)。


 現在、若干十七歳にして、『天才魔術師』の名をほしいままにしている。


 ただし。


 魔法や魔術以外のことには無知で無関心すぎるせいか、ルシアンは一般常識に疎く身の回りのことにも無頓着。


 流れるような銀髪に透き通るアイスブルーの瞳を持ち、長身痩躯で眉目秀麗、人目を引く美貌はもはや人外レベルだというのに、マイペース過ぎて協調性に欠け、誰に対しても素っ気なく、独創的な視点や思考で常に周囲を振り回す。



 つまり、ルシアンは世にいうところの『変わり者』なのである。



 そんなルシアンとの婚約が決まったのは、私たちが十歳のときだった。



 我がアルバ伯爵家とルシアンのクレヴィス伯爵家は、領地が隣同士で両親も王立学園時代からの親友同士という間柄。


 生後まもない時期からお互いの領地を行き来していたこともあり、ルシアンは多くの時間をともに過ごしてきた、いわば幼馴染でもある。


 物心ついた頃から、すでに変人の片鱗を思いの外がっつりと見せつけていたルシアン。


 魔法以外のことについては何を聞いても、ほとんど答えが決まっていた。



「僕は別に、どうでもいい」


「普通だけど」


「君に任せるよ」



 コミュニケーションは、だいたいこの三パターンに分類されてしまう。


 こんなんで、他人とうまくやっていけるのか? 一人前に生活していけるのか? 彼の両親は、ルシアンの行く末をひどく案じていた。そりゃそうだ。


 能天気なうちの両親は「ルシアンとセシリアは相性も悪くなさそうだし、いっそのこと婚約させちゃえば?」などと軽い気持ちで提案し、両家はその場であっさりと婚約を決めてしまったらしい。安直すぎる。


 そんなわけで、私は基本的な社会適応能力ほぼ皆無のルシアンを生涯に渡ってサポートしつつ、あれこれ世話を焼くという役割を一方的に押しつけられたのである。



 これはもはや、『婚約』という名の『介護』といっていいのでは?



 もしくは、『婚約者』という名の『お世話係』というか。



 でも、それが不満かと聞かれたら、実はそうでもないというのが正直なところ。


 だって、ルシアンは変人だけど見目はいいし、魔法以外のことはてんでダメだけど、注意すれば素直に応じてくれるから。


 例えば、「いくら魔導具開発が佳境だからって、三日三晩寝ないのは体に悪すぎるでしょう!?」と言ったら渋々寝室に向かってくれたし、「『魔獣の血みたいに鮮やかな緑色だね』なんて言われても、普通の人はうれしくないから!」と言ったらそれ以来言わなくなったし。


 ……感性が人と違い過ぎるのは致命的な気もするけど。


 それにルシアンは、素っ気ないけど私を拒むようなことはしなかった。


 月に二回の交流とか、誕生日の贈り物とか、婚約者としての義務を果たそうとする律儀さは一応あるらしく、約束をすっぽかされたり無視されたりということは今まで一度もない。


 まあ、会ったところでさほど会話も弾まず、何を聞いても三パターンのコミュニケーションを駆使されて、時間がくればあっさり終了、になるのだけど。


 ルシアンにしてみれば、婚約の相手なんて恐らく誰でもよかったんだろう、と思う。というか、婚約そのものに興味がなかったんだろう。多分。


 でも私のほうはルシアンが嫌いじゃなかったから、面倒を見るのも大して苦じゃなかった。


 この関係に山も谷もないけど、巷で流行りの恋愛小説のように我が身を焦がすような熱情なんか生まれないけど、このままの流れで結婚するんだろうなとぼんやり思っていた。



 ところが、である。



 稀代の天才魔術師の存在を、国が見過ごすわけがない。


 この国の国境地帯には、得体の知れない魔獣が群れをなして生息している。ルシアンは、その魔獣討伐に有効な魔導具をこれまでにいくつも開発してきた。おかげで魔獣の数は激減し、その脅威はかなり限定的なものになりつつあるらしい。


 そうした活躍と実績が評価されたルシアンは、王立学園を卒業したら魔術研究の最高峰といわれる『魔塔』に所属することがすでに決まっているのだ。


 しかも、ルシアンという天才を何がなんでも囲い込みたい王家は、第一王女マルガリタ殿下との縁談をも打診しているという。


 ルシアンからもクレヴィス伯爵家からも連絡や相談は一切ないのだけど、学園ではそんな噂がまことしやかにささやかれている。


 多分、噂の出所はマルガリタ殿下本人に違いない。


 だって、マルガリタ殿下がルシアンに一方的な恋情を抱いているのは、学園で知らない者はいないほど超有名な話なんだもの。


 学園に入学した当初から、ルシアンの美貌に心を奪われたらしいマルガリタ殿下は事あるごとにルシアンを追いかけ回し、婚約者である私への牽制を怠らなかった。


 ルシアンのいない場所では取り巻きの令嬢を引き連れて嫌味と皮肉を繰り返し、ルシアンがいるときには私をぎりりと睨みつけつつ、ルシアンの隣を何がなんでもキープしようとする。


 ただ、世の中の常識が通用しないルシアンは、あるときこう言った。


「よく話しかけてくるわりに、いつも目つきが悪いあの人はいったい誰なの?」

「……え? だ、誰って……」

「どうして毎回人を睨むような目つきをするんだろう? 目が悪いなら、眼鏡をかければいいのに」


 いやいやいや。


 なんだその想像の斜め上を行く見解は。


 というか、ルシアンってば自国の王女すら認識していなかったのね……!


 もちろん、あれは第一王女マルガリタ殿下だときっちり教えたけど、ルシアンの返事は「へえー、そうなんだ」で終わった。興味が失せたらしい。


 そんな状態だったから、この婚約がこれからどうなるのかまったくもって見通しが立たないまま、私たちは学園の二年生になった。





 二年生になっても私たちが同じクラスなのは、ルシアンを野放しにするべからずという不文律が学園側に定着したからだと思う。


 誰かしらお世話してくれる人がいないと、ルシアンの学園生活は恐らく秒で詰む。そのことを、学園側も嫌というほど思い知ったのだ。多分。


 でも、マルガリタ殿下も同じクラスになるとは思わなかった。


 おかげで、ルシアンの隣にいるだけなのに、痛いくらいの尖った視線が突き刺さる。ちょっと怖い。


 おまけに、マルガリタ殿下の嫌味や皮肉がうざいほどパワーアップした。わざと聞こえるように、「婚約者に冷たくあしらわれるなんて気の毒なこと」とか、「あれでは婚約者というより、鬱陶しい母親よねえ」とか、本当に容赦がない。


 まあ、ルシアンが素っ気ないのは私に限らず誰にでもだし、母親のように世話を焼いている自覚はあるから否定しませんが。


 ちなみに、そんな状況になっていることなどルシアンは一ミリも気づいていない。他人に興味がないのだから、当然である。


 ついでに、ルシアンの中では相変わらず「マルガリタ殿下は目が悪い」ということになっている。訂正したいのは山々だけど、この先マルガリタ殿下と婚約する可能性のあるルシアンに余計な先入観を植えつけるわけにもいかず、薄く笑って誤魔化している。



 そんな、なんとも悩ましい日々を送っていた、ある日のこと。



 私は今年初めて同じクラスになったコルネリウス・スピラ伯爵令息に、突然声をかけられた。


 ちなみにこの日、ルシアンは堂々と学園を欠席していて不在だった。新たな魔導具の開発に没頭しすぎ、徹夜して、朝起きられなかったらしい。よくあることである。よくあることではあるけど、よくあるよね、で済ませていい話でもないと思う。本来は。


 私を呼び止めたスピラ伯爵令息は、少し強張った表情をしながら遠慮がちに尋ねた。


「失礼を承知で聞くんだけど、セシリア嬢はまだルシアン・クレヴィス伯爵令息と婚約しているの……?」


 探るようなまなざしは、なぜか真剣そのものだった。


 よく知りもしない人に尋ねられてうれしい話題ではないものの、なんだか無下にもできなくて、ついつい私も真面目に答えてしまう。


「……そう、ですね。一応、まだ婚約はしています」

「『一応』ってことは、この先どうなるのかはまだわからないってことだよね?」


 どういうわけか、スピラ伯爵令息の声が少し弾む。


 その意味を図りかね、警戒心から眉根を寄せた私に、令息は大きく深呼吸をしてからこう言った。


「もしもこの先、今の婚約が破談になったら、僕と婚約してくれませんか?」

 

 






本編執筆済み、全七話です。


よろしくお願いします!


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