ACT99・それは、世を忍ぶ正義の炎
吐く息が、寒さに釣られて白く濁る。
蛇ノ目の研究所からの帰り道。
空は茜色に染まりつつあり、冬の冷たい空気は身体には堪えるも、どこか温かな光で緩和させてくれる。
手に触れる冷たさから避難させようと、光太朗は両手を服の中に避難させながら、家路につく。
すれ違う人はまばらだが、皆一様に光太朗と同様に冷たい風から身を守るように身体を丸め、道を行く。
そんな折。
前方から通行人の影を感じ、光太朗はバッティングしそうな動線を回避すべく足を横にずらす。
光太朗の横を通り過ぎ、緩やかに冬の風が頬を撫でた。
数歩、歩いたところで。
「・・・おい」
突如、声を掛けられた。
その声に、光太朗は振り向く。
今しがたすれ違った、男だ。
歳は光太朗よりも上だろうか。
何が不満なのか、その表情に険しいものを貼り付けて。
すれ違う時に距離は取ったし、何も因縁を付けられる理由はない。
まるで当たり屋のように、誰かに難癖を付けるつもりなのだろうか。
男は光太朗の顔と、全身を睨みつけるように視線を向け、
「お前、人間じゃないな」
と、信じられない言葉を吐いた。
ただ、すれ違う人間に文句をいうタイプならば、その言葉に意味はないとは思う。
だが、光太朗が少なくとも、その身体の中に機械を宿す、と言う意味で放たれたのなら、それは驚嘆に値する。そして、その事実を知っている人間は、一握りなのだから。
光太朗は、男の中に一瞬敵意のようなものを認めた。
当然、光太朗は男に見覚えはない。だが、逆に男は光太朗を睨めつけている。
男の頭が揺れ、一瞬光太朗はその姿を見失い。その理由は、男が体勢をかがめて地を蹴り、光太朗に肉薄すべく距離を詰めたからだ。
ぶおん、と空気が振動する音と共に、握りしめた拳が光太朗へと叩きつけられ。
無論、光太朗は男に攻撃を受ける言われも恨みを買う覚えなどない。その弾丸のようなパンチを寸前で避け、距離を取る。
「この速度のパンチを避けるか。やはり普通じゃねえ」
それは光太朗が一番自覚している。人とは違う身体を手に入れ、人とは違う力を有する。でもそれは、誰かを助けるための力だ。
そこだけは、誰にも難癖を付けられるつもりはなかった。
男の身体能力は、洗練されてはいるが、格闘家のようなシステマチックなものよりも流線的で。
だが、その全てが致命傷になりうる力強さを備えていて。
上段のパンチ、回転回し蹴り。
その全てを光太朗は捌き、避ける。切れ味のいい攻撃。だが、どこかそれはわざと避けさせられているように思えてならない。光太朗の実力を確かめるような。要するに、試されているかのように。
道には完全無人というわけではない。僅かな通行人が、何事だと言わんばかりにふたりのいざこざに視線を送る。
「くっ・・・」
光太朗は踵を返し、裏の路地に駆け出す。当然のように、男がそれを追い。
光太朗は、周囲から視線を振り切ったのを確かめると、足を壁に掛け、跳躍。
連なる家の屋根を足場として、その上を駆ける。
驚くべきことは、男も難なくその後を追ってきたということだ。光太朗は改造されているからこそ、変身せずとも壁を駆け上がるほどの身体能力を有している。それは男も光太朗同様に普通の人間でないことを示している。
光太朗は、斜めの不安定な屋根を避け、平たい足場の建物に向かう。そこは小さなビルの屋上。
男はそこまで追い続け。間もなく、光太朗と男は対峙する。
「・・・俺に何か用か」
それは、なぜ追ってくるのか、の意だ。当然、追いかけられる理由はない。
「人間離れした身体能力。普通の人間にゃあ、スポーツ選手でも手に余るぜ」
「はぁ・・・?」
「姿を変えてんだろ?」
ますます意味がわからない。
「人間の姿に変えた『ギカイ』。わかってんだこっちは」
・・・『ギカイ』?
それが何を意味する言葉なのか。
それを確かめる間もなく、男が動く。ただし、先程までのあからさまな攻撃の意思ではなく。
男は右手を自分の腰元に差し込み、何かをその手に収め、引き抜く。
その右手には、何か筒状の物。長さは、リレーに使うバトン程度だろうか。
そして。
左腕をざっと、水平に掲げ。
「擬態解除」
と、男が言葉を放つ。
右腕に、何か機械のような形をしたものが出現する。腕時計にしてはゴツく、篭手にしては機械的で。
どちらと言えば、光太朗のリングにも共通するような。
それを体現するように、男は右手に携えた筒状を、左腕の機械にセットした。
「守護・幻身っ!」
男は差し込んだ筒状を、回転させる。まるで、時計の針を回すように。
刹那。
筒状が輝き。そして。
ずあっ!
筒状から、帯のようなものが吐き出され。
どこか見覚えがあると思ったのは、筒状のものは巻物のようであった。
掛け軸や、例えば家系図や絵が描かれているような。実物を見たことがなくても、なんとなくそれは不思議と形として知っていて。
わかりやすく言えば、漫画の世界の巻物。
手品師が、ハットから大量のトランプカードが吹き出るように、飛び出し広がる帯が男の身体に纏わり付き、全身を包むように巻きつけられ。
そして。
眩い光が弾け。
「・・・なん、だと?」
光太朗は信じられないようなものを見た。
全身が、赤。それはどこかかつて戦った敵を彷彿とさせる。だが、違うのはメタリックの輝きを見せること無く、中身が世界を支配しようとするロボットでもなく。それはスケイルアーマーではないことを示している。
「・・・猛る炎は絶火の如く!悪しき闇を振り払う、炎熱の揺らめき!」
赤く変化させた男は、何故か大身振りで謎の文言を言い放ち。そして。
右手の人差し指と中指を合わせて立て。
「我!赤き守護の刃!」
だんっ。
大きく回した足を、地面に付け。
「アカニンドウ!」
歌舞伎の見得のように決めポーズの如く。
姿の変わった男は、本当に人が変わったかのような動きを見せた。
風を斬り、地を駆ける。
その速度は先程の比ではなく。本当に風を切る斬撃の如く。
スケイルナンバーズと明確に異なるのは、その手には光輝く短刀が握られていた。刃幅は、SF映画にでてくる光学剣のように、クリーム色の光を刀身としている。それがどれほどの切れ味を宿すか、身を持って確かめるつもりはない。
ここまでやられたら、抵抗してもいいだろう。
光太朗は、右腕のリングを回す。
『ゲットセット』
「スケイルアップ!」
どうやら蛇ノ目は、光太朗の要望を聞いてはいなかったようだ。
『アーユー、OK?』
「変身!」
変身のコードが受諾され、体内で変化が起きる。滲み出る、奮い立つ力。それは、確かな力となって光太朗の身体の奥底を食い破るように、外に弾き出され。
『スタンド・アップ!ヴァイオレットバイパー!』
閃光の剣撃が、光太朗を寸断する瞬間。
がきいんっ!
乳白色の刀刃の進撃を、紫色の腕が阻む。
『光太朗!一体何があった!』
スケイルアーマーという、技術の叡智を身に纏う時、蛇ノ目にその情報が伝う。みだりにその能力を使わないするためだ。
その力は世のために。自衛のためは2の次で。緊急時以外の時も、こうして蛇ノ目に変身た情報が伝わるのだ。
「・・・知らねえよ!」
腕に噛み続ける、火花の向こう。
「それより、ありゃ博士が造った奴じゃねえのか!?」
変身後、メットを通して見る光景も、博士に伝わっているだろう。当然、全身赤の謎の影も映っている。少なくとも、あんな格好をして歩く奴の気は知れないし、それを作る心当たりは光太朗にはひとりしかいない。
『あんなの、ワシの趣味じゃないわい!』
変なところを怒る蛇ノ目。
スケイルナンバーズも、十分『変』のカテゴリにはなると思うが、蛇ノ目なりのこだわりがあるのだろう。光太朗には、『あれは新たに造ったスケイルナンバーズ、No.7じゃ』、とか言われても信じてしまう。だが、目の前の赤い影に、蛇ノ目は覚えはないという。
「超光分子ブレードだぞ。それを受け切るとはな」
赤いマスクの向こうで、感嘆にも似た声が聞こえる。
超光分子ブレードとやらの切れ味がどれほどのものかは知らないが、光太朗のメットの中は、警告音で満たされている。
光太朗は、思い切り蹴りを飛ばし、腕から刃を離す。後数秒、引き剥がすのが遅ければ、寸断された計算だ。
鎧に引っかき傷を付けられたお返しだ。
光太朗は全力で腕を振りかぶり、拳を突き出す。蹴りを放つ。
そのどれもが男には当たらず、軽い身のこなしでかわされ。
返す光の軌道を、光太朗は身を伏せて回避。下から突き上げるキックも、男は軽やかな身のこなしで躱す。
・・・本当に忍者みたいな奴だ。本物の忍者なんて見たことはないが。
「へへっ」
突如、赤い影は笑みを零す。切り結ぶ斬撃、パンチ。蹴り。その技の応酬の中、光太朗には不可解な歓喜の声だ。
「強えぇな、お前」
短刀を逆手に構え、赤い影は言う。
「悪人やっているのが惜しいくらいだ」
悪人だと?
誰かに誇るつもりなんてサラサラないが、こちとら、この力を得てから悪さに使ったことがないのが唯一の自慢だ。そして、それで悪を退けてきたつもりだ。
「ちょいと、本気出すぜ」
赤い影は、構えを変える。右手に持った短刀を左手に持ち替え、空いた右手を更に構える。
「破鳥流忍法。灼光・・・」
そう、口上を上げる。すると。
右腕の赤が増し、それは確かな熱となって、対流が生まれる。本当に炎を生み、右手に纏わせ。
「『火岩拳』・・・っ!」
高まる炎の渦が凄まじい勢いで巻き取られ、熱を握り込んだ拳は、赤すら越えて、白光へと変化する。
炎の向こうが揺らめく。その熱は、全てを砕く、まさに熱された岩の如く。
そうか、そっちがそのつもりなら、こっちもやらせてもらう。
『バイパーストライク』
光太朗の右足に迸る、青白い光渦。振りかざした右大腿を掲げ、力を収束させる。
足が引き絞られる感覚。それはあらゆるものを砕く、破壊の力。
それは、間違った方に向かってはならない、正しいことにのみ導かねばならない光の力。
自分に降り掛かる火の粉を払うのは間違っているだろうか。
蛇ノ目は咎めない。だから、思い切り、破壊の力を振りかぶる。
青い閃光と、赤熱の壊拳が邂逅し。
大気を、2つの衝突が振動させ。
「ぐうっ・・・!?」
赤い熱閃がメットを染め上げ。
青い破閃が相手を包み。
凄まじい衝撃が光太朗の足先から全身に伝わり。
「ぐあっ!?」
光太朗の身体が大きく弾かれ。
視界が瞬間的にぶれたかと思えば、横への重力という、ありえない法則に従い後方へと吹き飛ばされ。
すがあああんっ!
衝撃音はふたつ聞こえた。
光太朗は、バイパーストライクで赤い影を吹き飛ばし。赤い影の『火岩拳』とやらが光太朗の身体を吹き飛ばし。屋上の中心点を堺に、お互いが分かつようにその身体を吹き飛ばす。
「くっ・・・!」
思い切りひしゃげた柵に背中を受け止められ、光太朗は小さく呻く。
『なんてパワーじゃ。スケイルアーマーを吹き飛ばすとは』
その事実は、蛇ノ目も驚嘆することであるらしい。
「くそっ!どうなってやがる!『ギカイ』ごときに吹き飛ばされるとは!」
だが、それは赤い影にとっても同じようで。口惜しそうに、言葉を吐いた。
赤い影がゆらりと立ち上がり。
「・・・楽しくなってきやがった」
赤い影の言葉とは反対に、光太朗は全然楽しくはない。
「ひとつ、ボルテージ上げるぜ・・・!」
マスク越しに、ニヤリと唇が歪んだのが見えた。
ずあ・・・っ!
大気が流動し。先程とは比べ物にならない熱が渦巻き。
「破鳥流忍法・・・」
言いながら、熱を収束させる。
ごおう。
空気が唸り、炎の竜にも思える爆熱のシルエットが吹き出し。それを我が力として、確かな意思で纏め上げる。
「奥義・・・!」
差し向けた拳が、吠える。
「・・・じゃあ、こっちもマジになっていいよな、博士」
蛇ノ目に確認を取るまでもなく、光太朗は自分の左腕を取り、回す。
『モルフィング・デトキシフィケーション』
電子音声が流れ、強く、早い流動体が全身を駆け巡る。
新たな次元へと『生まれ変わる』、パワーアップの手段だ。
そして。
赤い影は、もう一度腰溜めに引き絞り、足が震え、今まさに靴底が地を蹴る瞬間。
「こぉの、おバカっ!」
空から声が降り注ぎ。
その声の主は、赤い影に襲いかかり。
どおんっ!
脳天を衝撃で貫かれた赤い影は、屋上にその身をうずめた。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
白煙が周囲を覆い。
風に乗り、吹かれ、煙は消える。そこには。
その顔に怒りの表情を浮かべながら拳を下に向ける、ひとりの女性の姿があった。




