Episode 74
「何か不安なことがあるだろ?」
庭園に出て、護衛の人たちが周囲をチェックしてから話が聞こえない距離に下がったのを確認するなり、パトリックが私の顔を覗き込んだ。
「明日はいよいよ婚約披露パーティーだし、それが終わったらもう逃げられない。っていうか、もう既に逃がすつもりはないけど…。王太子妃の重責を負わせるのは申し訳ないとは思ってるけど、どうしても俺はイライザがいいんだ」
パトリックの顔が少し強張っている。私の不安に気づいてたんだ。表情に出てしまっていたとしても、ほんの少しだったと思うのに。気づいてくれたのはすごいし嬉しいけど、これは…もしかしなくても、私の不安を違う方向にとらえちゃってるよね。
「不安はあります。でも、それは婚約に対する不安じゃなくて、私自身に対する不安なんです。パトリック様があまりに完璧だから、私は大丈夫なのかなって不安になっちゃって。努力はしてるつもりなんですけど、この世界の王太子妃基準にちゃんと達せているのかわからなくて…」
私の顔を張り詰めた表情で覗き込んでいたパトリックが、安心したように顔を緩め、長い溜息を吐いた。
「はー。よかった。そっちの不安か。てっきり俺との婚約に対する不安かと…。そっちの不安なら、まったく心配ない。イライザは俺だけじゃなく、周囲からの評価もすこぶる高いから。称賛の声しか聞かない」
「本当ですか?でも、それってパトリック様の周りの人はみんなそう言うしかない状況だからだったりしません?」
「いや、そこは大丈夫。俺の周りは、その辺シビアな連中ばかりだから。調子いいことばかり言う奴は、こっちに来て早々に別の部署にやったし、仕事ができてきちんと第一王子にも意見が言える奴しか残していない」
おお、さすが元エリートビジネスマン。その辺は徹底してるのね。
「そういう人たちからの評価だから、信用していい。それに、仕事に関しては前世…大城の頃から全幅の信頼を寄せてる。だから、心配しなくていい。公平な上司としての目から見ても、今のイライザは素晴らしいよ」
頭をポンポンと優しく撫でられ、ふっと肩の力が抜ける。ちょっと不安、くらいの気持ちだと思っていたのに、自分が思っている以上に不安だったんだな、と気づいた。大きな手の優しさが本当に心地よくて、私は思わず目を閉じてそのまま撫でられていた。尊敬していた沢渡部長の視点から見ても大丈夫なら、大丈夫なんだ、と自然に思える。
「もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
顔を上げた私の目を覗き込み、パトリックが目を細めた。
「うん、本当に大丈夫そうだ。安心した」
「あ、ひとつだけ。――私も、パトリック様がいいです。そこに関しては、これからも絶対に私の気持ちを疑わないでくださいね。何度も伝えてるのに、どうしていつもそこを不安がるんですか」
少しむくれた私を見て、パトリックが細めた目尻を困ったように下げる。
「ごめん。どうしても、お前のことになると、途端に自信がなくなるんだ」
「最初からあんなにぐいぐい押してきたくせに…」
「それは、絶対に逃がしたくなかったからな。でも、いざお前にも思いを返してもらえたら、今度は強引すぎた俺に流されただけじゃないよな、とか、外見だけは最推しでも、中身が俺じゃ飽きられてしまうかもしれない、とか、自分でもこれまで抱いたことがなかった感情が湧いてくるんだよ」
沢渡部長の頃からモテてたくせに、どうしてこの人は。
「俺から好きになって、やっとで振り向いてもらったんだ。そんな恋愛はしたことがないし、俺だって不安なんだ」
そういえば、彼女がいたことはあっても、相手から告白されて付き合ってみても、冷たいって言われて別れる、みたいな恋愛しかしたことなかったって言ってた。
「でも、こんなに好きになった人は初めてだし、気持ちが大きくなるばかりなんだ。重いって言われようが、面倒くさいって思われようが、これから一生隣にいてもらうから」
「それはちゃんと、覚悟してるつもりです。パトリック様こそ、途中で心変わりなんかしたら許しませんからね」
「それは絶対に大丈夫」
ぎゅっと抱きしめられ、私はパトリックの背中に腕を回す。前までだったら恥ずかしくて仕方なかったけど、今は絶対的に幸せな気持ちが勝る。この人の隣が、私の居場所だ。
「このままキスしたいけど、ここじゃ護衛の目もあるから、また後で」
こそっと耳元で囁かれ、途端に顔が熱くなる。前言撤回。やっぱりまだ、こういうのは恥ずかしくて仕方ないです!




