Episode 69
侍女さん(今度パトリックに名前をちゃんと聞いておこう)は、洗面器にお湯を用意すると、優しく私の足を洗ってくれた。靴擦れは踵のみならず、足の指や側面にもできている。ハイヒールで全力疾走したんだから当然か。
「しみるかもしれませんが、少しの間ご辛抱ください」
ひりつきとズキズキする痛みはどうしてもあるけれど、程良いお湯の温度と優しく泡立てられた石鹸のおかげで、最小限に治まっている気がする。最後にふわふわのタオルで優しく足を拭いてもらい、足の洗浄が完了した。
「それでは、こちらにお着替えをいたしましょう」
侍女さんはてきぱきと新しいドレスを着付けてくれる。鮮やかなピーコックグリーンが綺麗で、シンプルながら凝ったデザインのドレス。これはイライザに絶対に似合う。って、私がイライザだけど。
「こちらのドレスは、パトリック第一王子殿下が自らお選びになったものです。先日イライザ様が婚約披露パーティーのドレスの最終調整をされている際に、カタログを見て数着オーダーなさっていました」
ドレスの調整中に、パトリックがそんなことをしていたなんて知らなかった。きっと、王城内で何かあった時のためにと考えてくれたんだろう。こうして今日予期せぬ事態になってドレスが必要になったんだから、さすがパトリックというところだ。
「とてもよくお似合いです」
侍女さんは乱れてしまった髪も手早く綺麗に結ってくれた。パトリックをあまり待たせたくないけど、それなりに綺麗にはしたいかも…という私の気持ちを汲んでくれたんだろう。
「ありがとう。とても助かりました」
「光栄なお言葉、痛み入ります」
私の言葉に、侍女さんは深々と頭を下げて応えてくれた。
浴室を出た途端、パトリックがすっと歩み寄り、私の手を取ってくれる。
「ああ、美しいよイライザ。このドレスも絶対に似合うと思ったんだ」
優しく目を細めて私を見下ろすパトリックの様子を、侍女さんや宮廷医のダニエルさんが微笑ましく見守っていた。
「それではイライザ様、こちらにお掛けください。治療をいたしましょう」
ダニエルさんに回復魔法をかけてもらうと、傷はすっかり綺麗になった。
「回復魔法をかける前に傷口を綺麗に洗浄しましたから、肌も本来の美しさに戻っております」
何故かパトリックの方を向いてダニエルさんが説明する。
「ああ、イライザの美しい足が元通りになって安心したよ」
パトリックの満足気な微笑みに、心なしかダニエルさんの表情がほっとしたように見えた。でも、そうか、この世界の回復魔法は、傷を治す時、傷ができる直前の状態に戻すことになる。だから完璧な状態に回復させるためには、外傷の場合は綺麗に洗浄しておかないといけなかったのか。回復魔法が使えるパトリックがどうしてすぐに治療してくれなかったのか、実はちょっと疑問だった私は、こっそり納得した。きっと元の綺麗な状態に戻そうとしてくれてたんだって。
ダニエルさんと侍女さんが部屋を出ていくと、ぴったり横に座ったパトリックが私をぎゅっと抱きしめた。
「よかった、綺麗に治って。ただ治すだけじゃなく、綺麗に治してほしかったから、宮廷医を呼んだんだ。俺の回復魔法で少しでも痕が残ったら、自分を許せないから。でも、そのせいで痛みを感じる時間が長くなってしまったことは、申し訳ないと思ってる」
本当に申し訳なさそうに言われて、私は笑った。
「いや、ただの靴擦れですよ?気にしすぎですって。痛みだって、そこまでたいしたことなかったですし、傷跡だって…。そりゃ、私もイライザの綺麗な身体に傷が残るのは申し訳ない気はしますが、今はもう私の身体ですし…。前世の身体なんて、子どもの頃転んでできた傷の痕とか、普通にうっすら残ってましたしね」
「でも、今回のは俺のせいでできた傷だ。イライザが俺の婚約者になったから狙われたんだから」
「だからその、責任をすべて背負おうとする癖はダメだって、何度も言ってますよね?」
「だが…」
「はい!この話はもう終わりです!私は無事でしたし、靴擦れもこの通り、傷跡も残らずぴっかぴか!だから、何も問題ありません!それよりも、さっきの襲撃者たちの話をしましょう!」
私の言葉に、パトリックはまだ少し私の足を気にするように見つめながらも、こくりと頷いた。




