Episode 68
頭に置かれた手をぐっと押し返すように、私はパトリックの顔を見上げた。
「だから今は…」
慌てて顔を背けようとしたパトリックの両頬をすかさずぎゅっと掴み、強引に目を合わせる。
「どんな顔だって好きですよ!だから見せてくれなきゃ嫌です。好きなのは顔だけじゃありませんけどね!」
悔しそうに歪んでいた眉間が、虚を突かれたように緩む。そんな顔も愛しくて、きゅうっと胸が鳴った。
「確かにゲームのパトリックは私の最推しで、あのきらきら感が心底好きでしたけど、今の私は目の前にいる沢渡部長のパトリックが好きなんだって、ちゃんと伝えましたよね?こうやって悔しい顔もする、あなたが好きなんです!だから隠さないで見せてください。これからもずっと一緒に生きていくんですから、そういう弱いところも見せてほしいんです」
言うなり、パトリックの形のいい唇に、ちゅっとキスをした。自分でやっておきながら、顔が一瞬にして熱くなる。だけど今更引けない。だって、こうやって距離を取られるのは絶対に嫌だから。パトリックが距離を取ろうとするなら、私から近づくしかない。
驚いたように目を見開いたパトリックだったが、すぐに私を見つめる目が優しく細められた。パトリックの頬に添えた私の手に、パトリックの手が重なる。嬉しそうな、照れたような、でも少し情けなさそうな、色々な感情が綯い交ぜになった、なんともいえない表情。でも、私を思ってくれている気持ちが痛いほど伝わってくる表情。
「かなわないな、大城には。どれだけ惚れさせるんだよ」
今度はパトリックからキスされる。私がしたキスよりも深く熱い。私の気持ちや、言いたかったことが伝わったように思えて嬉しかった。
そのままパトリックの熱を受け入れていると、心なしか遠慮がちにドアをノックする音が聞こえた。はっと現実に引き戻され、パトリックから離れようとした私の肩をパトリックがぐいっと抱きかかえたので、私は再度パトリックの胸に戻ってしまった。
「入れ」
人前でくっついているのは恥ずかしいけど、肩を抱く腕の力が緩まる気配はないので、このままパトリックに寄りかかっているしかなさそうだ。私は諦めて、身体の強張りを解く。
「失礼いたします」
部屋に入ってきたのは、イボンさんと白衣を着た宮廷医さんと思われる人、それから何度か王城で私のお世話をしてくれたことがある侍女さんだった。
「私は宮廷医のダニエル・ド・マルシャルと申します。イライザ様の治療を仰せつかりました」
ダニエルさんは、丁寧に挨拶をしてくれた。
「よろしくお願いいたします」
私が応じると、ダニエルさんは私にぴったりと寄り添っているパトリックにも深々とお辞儀をした。
「イライザ様の傷口を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
私ではなく、先にパトリックに許可を取るあたり、ダニエルさんはパトリックをよく知っている人なのかもしれない。
「ああ、よろしく頼む」
パトリックの許可を得て、ダニエルさんは失礼します、と跪いて私の足に触れた。靴擦れ以外に傷がないかを確認すると、足首を痛めていないか確認するために、慎重に「これは痛くないですか?」「これはどうでしょう?」と診察を進めていく。
「靴擦れ以外は問題ないようです。傷口を洗浄してから、治療をしましょう」
ダニエルさんは立ち上がり、侍女さんの方を見た。
「傷口を洗浄いたしますので、こちらへどうぞ。一緒にお召し替えもいたしましょう」
侍女さんが柔らかそうな素材の部屋履きを差し出してくれる。私が部屋履きを履くと、パトリックが私を支えるようにして立たせてくれた。そのままパトリックに寄り添われながら、客間に設えられた浴室に向かう。
脱衣所に用意されていた椅子に座ると、パトリックが侍女さんに「よろしく頼む」と声を掛けた。
「イライザ、こちらで待っているからね」
「はい。よろしくお願いいたします」
心配そうに見下ろすパトリックに、私は微笑みを返した。




