Episode 26
――アンドレ!これがイライザの従兄弟の、黒魔法の素質持ちか!ウォーノックの一族なら、この華やかな外見も頷ける。
「ああ、アンドレ、お久しぶりね。会わないうちにとっても大きくなったのね。元気だった?今日はどうしたの?」
スタンスこれで合ってるかな。私は内心ヒヤヒヤしながらも笑顔を作り、久しぶりに年下の従兄弟に会った感じを演出する。
すると、アンドレはちょっと意外そうな表情をした。
「イライザ、今日は随分ご機嫌みたいだね。僕にそんな笑顔を向けてくれたことなんて、一度もなかったのに。それとも、会わないうちに大人になったってことかな?嫌悪感を顔に出さない程度には」
あれ、これやらかした感じ?アンドレとイライザって不仲だったの?ちょっと、知らない情報ぶっこんでこないでよ。
私は焦りが顔に出ないように注意しながら、さらににっこりと口角を上げる。
「久しぶりに会った従姉妹に随分な口の利き方ね?あなたの方こそ、少しは大人になったらどう?」
手探りで落としどころを探る。変な汗出てきた…。
「ははっ、やっぱイライザはイライザだね」
アンドレがくしゃっと笑った。どうやら正解だったようだ。私は内心胸を撫で下ろす。
アンドレ、ちょっと大人びて見えたけど、こうやって笑うと年相応って感じだな。
「リアム先輩と婚約破棄して、パトリック殿下と婚約したなんて、やるじゃんイライザ。まあ、あれだけ隙なく、自他共に厳しいイライザなら、そのくらい当然か」
リアムを先輩って呼ぶってことは、アンドレも同じ学園に通ってるのか。それでも久しぶりって言うなら、やっぱり親しくしてたわけじゃなさそう。ツンモードは継続でいってみよう。
「別にそうなるように狙ったわけでもなんでもないわ。それより、あなたの方こそどうなの?学園ではちゃんとやっているの?ウォーノックの名前に傷をつけたら承知しないわよ」
16歳ってことは、学園の一年生のはず。少しでも情報集めて、イライザの中身が別人だってこと、気づかれないようにしなくちゃ。
「あれ?僕の評判聞いてない?三年生まではまだ届いてないってことかぁ。僕もまだまだだなぁ」
アンドレが残念そうに答える。評判になるほど優秀ってこと?
「そうね、私の耳には何も聞こえてこないけど?」
「イライザの周りが騒がしすぎるだけなんじゃないの?僕、これでも入学以来ずっと首席で、魔法の実技試験では歴代最高得点も取ってるんだけど」
――歴代最高!?ってことは、ヒロインのアンジーやパトリックよりも上ってこと?思わず表情を動かしそうになるのを必死で堪える。いや、でもまだ一年なんだし、今の二人と比べたらどうかはわからないよね。とりあえず落ち着け、私。
「そう。それなりにやってるようね。油断せずに励みなさい」
できる限りの平静を装って答えると、アンドレが苦笑いした。
「はいはい。イライザのとこまで僕の名声が届くように、しっかりと頑張りますよ。――義姉さん」
そうだ、アンドレがお父様の養子になるってことは、私の義理の弟になるってことだ。今日来たのも、そのため?いつからこの邸に住むんだろう。
その時、執事が急ぎ足で玄関から出てきた。
「アンドレ様、お待たせいたしました。お部屋の準備が整いましたので、ご案内いたします」
お部屋?ってことは、もう今日から住むの?早過ぎない!?
さすがに驚きが顔に出てしまったようで、アンドレがにやっと笑った。
「急に叔父様…じゃなかった、お義父様から使いが来てさ。なんでもすぐに僕の手を借りたい事案ができたんだって。難しい案件みたいだし、イライザよりも僕の方が頼れるって判断されたんだろうね。養子に入る話は決定していたから、今日からここに住んでくれってさ。だから義姉さん、これからよろしく」
黒魔法の素質があって、実技試験で歴代最高得点を取るほど優秀なら、確かに今回の件でも役に立ちそうだ。――いいな、できることがあって…。私は今の段階では、何もできないもんな。それどころか、この先も役に立てることがあるかすら、わからないし…。
私の表情が翳ったのを見て、アンドレがちょっとバツが悪そうに頭を掻いた。
「まだ詳細は聞いてないけど、危険が伴うかもしれない案件らしいから、お義父様はイライザ…義姉さんを危ない目に合わせたくないんだと思うよ。僕ならきっと、存分にこき使えるんだろうし…」
私が自分と比較されて落ち込んでると思ったのかな?案外可愛い奴じゃん、アンドレ。思わずふっと表情が緩む。
そんな私の様子を見て、アンドレがほっとしたような、少し驚いたような表情を浮かべた。
「姉さんもそんな顔するんだ…。いつもそういう優しい顔してればいいのに」
おっと。私は表情を引き締めた。
イライザはアンドレの前ではとことん鉄面皮を貫いてたんだな。まるで以前の沢渡部長みたい。無表情に戻った私を見て、アンドレがあーあ、と溜息をつく。
「もう戻っちゃった。せっかく可愛かったのに。まあ、これからは一緒に暮らすんだし、仲良くやろうよ、義姉さん」
「いつまでも余計なこと言ってないで、さっさと部屋に行きなさい、アンドレ」
「はいはい、わかりましたよー」
これ以上ボロが出ないように、私はアンドレを玄関の方に追いやった。
ノリが軽いようでいて、成績も優秀みたいだし、カンも鋭そうだし。なかなかに油断ならない奴かも。敵ではないだろうから、そんなに警戒する必要はないかもしれないけど、イライザの中身が別人ってことは知られない方がいいだろう。
アンドレは自室に荷物を置いた後、早速お父様の執務室に向かい、そこからお父様同様籠りきりになった。
私はその間も魔法学の教科書を読んだり、机上でできる魔法の練習をしたりして落ち着かない時間を過ごしていた。――今頃パトリックはどうしてるかな。沢渡部長なら、きっとこの状況を打開できる策を見つけてくれるはず。だけど、もしも見つからなかったら…?
一人でいろいろ考えていると、どうしても発想が後ろ向きになりそうになる。こんな時、何でもいいから私にもできることがあるといいのに。前世では、ただただ目の前に山積みになっている仕事を片っ端からこなしていくばかりで、こんな風に立ち止まって考える暇もなかった。だけどそれって、余計なことを考えなくて済んだから、ある意味楽だったのかもしれないな。歯車のひとつだろうが何だろうが、欠けたら周りに迷惑がかかると思って、ただ突っ走れた。何もできないのは、本当に辛い。
夕食の時間になりダイニングルームに向かうと、ちょうどお父様とアンドレが部屋から出てきた。
「ああ、イライザ。もうアンドレから聞いているだろうけれど、今日からアンドレもここに住んで、私の手助けと修業に入ってもらうから」
「義姉さん、あらためてよろしく」
私は差し出されたアンドレの手を握る。
「ええ、よろしく、アンドレ。しっかりお父様の手助けをしてね」
「任せといて」
にっと笑ったアンドレに、私は精一杯のツンの表情で頷いた。




