「“あなたがいるから助かる”の重み」
第三十四話
七月の初め、丸亀工場の朝は少しだけ風が涼しかった。
湿気を含んだ空気のなかに、夏の匂いが混じり始めている。
「……あれ、佐伯さんの出勤、今日遅い?」
管理課の久保あかりは、社内掲示板の更新をしている途中でつぶやいた。
「今朝、子どもさんの体調不良で急遽お休みって連絡あったよ」
八木原がパソコン画面を見ながら答える。
「そうだったんですね……じゃあ、納品確認の段取り、私がやっておきます」
「大丈夫? 他の仕事もあるでしょ」
「はい。大丈夫です。たぶん、やっておいた方がみんなも助かると思うので」
それは、“無理してる”わけではない。
久保なりの、“誰かがいない日を支える”という姿勢だった。
⸻
◆ 午前/少しの変化
佐伯の代わりに納品チェックをこなす久保は、業者とのやり取りで細かい点まで確認を怠らなかった。
「すみません、品番『B-26』って先週も届いてるので、今回ダブりになりませんか?」
「……あ、ほんとだ! 助かります!」
業者の担当者がそう言って頭を下げた。
ほんの数秒のやり取りだったけれど、久保にとっては“意味ある一言”だった。
⸻
◆ 昼休み/廊下にて
事務所に戻る途中、製造課のベテラン社員・中田が久保を呼び止めた。
「久保さん、いつも細かく見てくれてありがとね。
正直な話、久保さんいなかったら、今週たぶん回ってなかったわ」
その言葉に、久保は小さく目を丸くして、それから「いえ……恐縮です」と返す。
でも心の中では、それが何よりの栄養になっていた。
⸻
◆ 午後/八木原の一言
「中田さん、言ってたよ。“久保さんいなかったら大変だった”って」
「……そう言ってもらえると、嬉しいですね。
でも、なんか、私だけ頑張ってるように見えちゃわないか、少し不安で……」
「見てる人は見てるよ。逆に、ちゃんと“誰かの助けになれてる”ことを、久保さん自身がもっと誇っていいと思う」
「……誇っていい、ですか」
「うん。“いなくて気づかれる人”って、案外すごい存在なんだよ」
⸻
◆ 夜/メモ帳に綴った一節
・“誰かの穴を埋める”のは、信頼されてるからできること
・“いると助かる”って言葉は、“ただいてくれればいい”って意味じゃない
・自分が“いることの価値”に、自分自身が気づいていたい
久保は、改めて思った。
「いなければ気づかれない仕事」ではなく、「いることで流れが整う仕事」がある。
それを、自分が担えていると感じられるだけで、少し胸を張れる気がした。
⸻
◆ 翌朝/何気ない朝の挨拶
佐伯が復帰した朝、久保が笑顔で声をかけた。
「おかえりなさい。お子さん、もう大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう。……あかりちゃんが代わりに全部やってくれてたって聞いて、ほんと感謝しかないよ」
“ありがとう”は、一瞬の言葉。
でもその重みは、一日を支えるだけの力があった。




