「町の景色が、少しだけ違って見える日」
第十九話
日曜の午前。
丸亀の空は少しかすんでいて、秋の風がゆるやかに吹いていた。
八木原は、特に予定のない一日を、なんとなく散歩にあてることにした。
寮を出て、駅まで歩いて、商店街を抜けて、いつものうどん屋で早めの昼を食べる。
――同じ道、同じ景色。
でも、少しだけ“意味が変わった”風景が、そこにあった。
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◆ 午前10:15/丸亀城のふもと
ふと思いついて、八木原は丸亀城の裏手にある小さなベンチに座った。
目の前には、石垣と低く色づき始めた木々。
遠くに、讃岐富士の稜線。
初めてこの町に来たとき、地図を見ながら歩いた道。
Googleマップなしでは動けなかった自分。
今はもう、**「たしかこっちの角に八百屋があって、その先の交差点を右に」**なんて、自然と体が覚えている。
なんだかんだで、1年と少しが過ぎていた。
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◆ 昼/いつものうどん屋「たまや」
「いつもの、冷ぶっかけでええんか?」
店のおばちゃんが、そう声をかけてくるようになったのは、数ヶ月前からだった。
「はい、お願いします。あと、ちくわ天も」
そのやり取りが、妙に心地よかった。
この町に来たばかりの頃は、うどんの“かけ”と“ぶっかけ”の違いもわからなかった。
でも今は、“並でちくわ天をのせる”自分なりの正解がある。
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◆ 午後2:00/本屋、文具屋、町の小さな風景
駅前の書店で新刊を眺め、
古びた文具店で手帳用のインデックスシールを買い、
川沿いの道を通って帰る。
かつて「知らない町」だったこの場所が、
気づけば**「思い出が詰まってきた町」**に変わりつつある。
――今日ここで過ごすことを、“なんでもないこと”にできる日が来るなんて。
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◆ 夜/寮の部屋、静かな余韻
窓を開ければ、秋の虫の声が遠くで鳴っている。
・町の景色は、自分の心の在り方で変わっていく
・選んだ場所を「よかった」と思えるように生きることが、たぶん一番の“正解”
・まだ知らないこの町の一面に、また出会っていけたらいい
異動の話を断ったあと、
この町の風景は、ほんの少しだけ、あたたかくなったような気がした。