番外編2 私と旦那様と義弟とその婚約者とのお茶会です(最終話から二か月後くらい)
その日、私とセドリック様は邸にジャレット様とベアトリス様をお迎えしていました。
私がメイシー子爵家へと招かれたあと、私とベアトリス様は頻繁に連絡を取り合っていました。大体が交互に互いの家へとお茶会に招き話に花を咲かせていたのですが、そのお茶会に、今日はセドリック様とジャレット様もお呼びしようということになったのです。この四人でのお茶会ははじめてなのでちょっと緊張気味の私です。
セドリック様とジャレット様、お二人が並ぶと色合いが違うだけでやはりよく似ています。
「ようやく落ち着いたみたいで良かったよ」
ジャレット様がセドリック様によく似た笑顔でおっしゃいました。
落ち着いて良かったとは、当然私とセドリック様との仲のことでしょう。ジャレット様とベアトリス様のお二人には、だいぶ心配をおかけしてしまいましたので、お恥ずかしいやら申し訳ないやらの複雑な気持ちでいっぱいです。
「ご心配おかけしました」
「義姉さんは悪くないよ。ねえ、兄さん?」
ジャレット様がセドリック様に笑顔で視線を送ります。そんなジャレット様の視線を受けたセドリック様は真剣な表情で「その通りだ」とお認めになりました。
セドリック様だけが悪い訳でもないと思うのですが、ここで私がセドリック様をかばっても話が複雑になるだけですので、曖昧に笑っておくに留めます。
ジャレット様のお隣に座っているベアトリス様に視線を向ければ、同じように曖昧に微笑んでいるベアトリス様と目が合い、お互い小さく頷き合いました。
「わかってるなら、まあいいけどさ。そう言えば義姉さん、結婚する以前は兄さんに憧れてたって言っていたよね?」
……ここでその話題を出すのですね、ジャレット様。
いえ、良いのですよ? 社交界デビューした令嬢でセドリック様に憧れていなかった者の方が少ないくらいなのですから。けれど、あらためて本人の前で曝露されると、少々どころではなく恥ずかしいものだとはじめて知りました。顔が熱いです。
「……言いました」
けれど恥ずかしいですが真実なので、仕方なく肯定します。そんな私を見たジャレット様が、どこかで見たことのあるような表情でニヤリと笑いました。
「以前は、ね?」
ジャレット様の含みのある言い方に、ずっと微笑みの形で留まっていたセドリック様の表情がわずかに動きました。
「まあ、現実を知ったら幻滅するなんてことはよくあることだよ」
……私、幻滅したとまでは言っていないんですが⁉
ただ……ただちょっとだけ現実は苦しいとか生々しいとかは思っていましたが、それだってジャレット様にはお伝えしていませんよ?
「断れるものなら断りたかったっていう義姉さんの気持ちも、十分わかる」
それを……おっしゃるのですか⁉ 今、ここで! セドリック様の目の前で!
……怖くてセドリック様の顔が見られません。
ジャレット様は随分とはっきりとものを言うお方のようです。そしてそんなジャレット様は私の気持ちなどお構いなしに、話を続ける模様です。
「そういえばさ、兄さんに憧れていたにしても、別に初恋じゃないんでしょ?」
「え?」
その質問も唐突ではありましたが、先ほどの話題よりはマシです。私は内心でほっと息をつきました。
「義姉さんの初恋って誰? ちなみに俺はもう辞めちゃった公爵邸の使用人で、ベアトリスは年上の従兄」
ベアトリス様の初恋まで勝手にばらしたジャレット様に、ベアトリス様が隣でお顔を真っ赤にしながら文句をおっしゃっています。遠慮のない間柄で羨ましい限りです。
あっけなく初恋の相手を曝露するジャレット様に、私もつい口が軽くなってしまいました。
「私は……伯爵家の領地がある田舎の村の、農民の男の子でした」
その田舎では私も一応は領主のお嬢様でしたので、皆同じ年ごろの子どもは遠慮してあまり遊んではくれませんでした。それでもその男の子だけは私を村の子どもたちと同じように扱ってくれたのです。
はじけるような笑顔が素敵で、小さいながらも頼りがいがあって、元気いっぱいに野原を駆けていくその子の姿に、私はいつも胸をときめかせていました。
まあその初恋も、胸の内を打ち明けた侍女に身分が違い過ぎると諭されてしまい、儚くもすぐに散ってしまったのですがね。
「領主の娘である私にもわけ隔てなく接してくれて……明るくて、やんちゃで、優しかったですけど……でもちょっと意地悪なところもありましたね。贈り物があるから手を出せと言われて出してみれば蛙を乗せられたり、頬を膨らませてみろと言われたから言う通りにしてみれば、指でつつかれて恥をかきました」
ぶぼっという音を立てて口から空気が漏れるんですよ、あれ。あの音を聞かれるのは相当恥ずかしいのです。それを見たあの男の子がニヤニヤと笑っていた記憶が蘇ってきました。
「思い返してみれば……なんだかあの男の子は殿下に似ている気がします」
私がそう言えば、ジャレット様が呆気にとられたような表情をなさいました。隣のベアトリス様も同じような表情をなさっています。
「……は? 殿下に?」
「はい。私、殿下のことはいつも眩い太陽のようなお方だと思っていたのです。あの男の子もいつも太陽の下で笑っていました。無意識に似ていると思っていたのかもしれません。それにちょっと意地悪なところも似ています」
「殿下が……意地悪」
「困っている私を見てニヤニヤと笑っているところなどが似ています」
「そう……」
なんだかジャレット様が若干困ったような笑顔を浮かべています。何を困ることがあるのでしょうか? ああ、もしかして――農民の男の子と王太子殿下を似ていると評したことが問題だったでしょうか?
「あの……ですが、王太子殿下の方がやはり高貴さも威厳もおありになりますし、すべてにおいて洗練されていると申しますか、あの男の子とは比べるべくもないほどに魅力に溢れたお方だと思って……」
「わかった! わかった、義姉さん。それ以上はもう……」
私が最後まで言い切らない内に、ジャレット様に止められてしまいました。
「いやー、ここまで虐めるつもりはなかったんだけど……」
ジャレット様がよくわからないことを呟いています。もしや私は虐められていたのでしょうか? ジャレット様が過去の恋愛をあっけなく曝露したのは、私に恥ずかしい過去を語らせる罠だったのでしょうか?
けれど、私としては初恋を語ることは別段恥ずかしくはなかったですけれどね。頬をつつかれるのを再現されたらかなり恥ずかしいとは思いますが。
「ちなみに、セドリック様の初恋はどなたですか?」
隣にいるセドリック様を振り返った私の目に、セドリック様の大変麗しい笑顔が映りました。まるで彫刻品のようです。と、同時に「え? 聞くの?」というジャレット様のお声も耳に入ります。
けれどこの中で初恋の相手をおっしゃっていないのはセドリック様だけです。まあ、ベアトリス様はジャレット様にばらされただけですが。ジャレット様もベアトリス様も知りたいとは思わないのでしょうか?
あ、もしやセドリック様は初恋もアマンダ様なのでしょうか? それをジャレット様もベアトリス様も知っていたためわざわざ聞かなかったとか?
「やはりアマンダ様ですか?」
セドリック様はけれど私の質問には答えてくださらずに、見る者の心を奪う笑顔で「秘密だよ」とおっしゃっただけでした。残念です。もしや初恋も道ならぬ(?)ものだったとかではないですよね?
「……コーデリア様。こちらのケーキ、とても美味しいですね」
ベアトリス様がいつぞやの私の下手な話題変えのような台詞をおっしゃいました。けれど今は特に気まずい話をしていたわけではないので、純粋にケーキを褒めてくださったのでしょう。
「ありがとうございます。実はこのケーキ、王宮の厨房で作られているもののレシピを王太子殿下から教えていただいて、それをうちの料理人に再現して貰ったものなのです」
「……そ、そうなのですね。どうりで美味しいわけです」
ベアトリス様の視線が少し下がっています。もしやあの時の私とベアトリス様と王太子殿下との地獄のようなお茶会を思い出してしまったのでしょうか。
「……そうだったんだね、コーデリア。いつレシピを貰ったの?」
「つい先日……セドリック様がお仕事に行ったあと王宮の使いの方が届けてくださいました。まだセドリック様には報告していませんでしたね」
いただいたのがレシピだったので、つい後回しにしてしまいました。それに王太子殿下からの手紙にも、礼は不要と書かれていたので、うっかりしていました。
いけませんね。どんな些細なことでも夫であるセドリック様とは情報の共有をするべきだというのに。
「届けられたのはレシピだけ?」
「いえ、お花も一緒に届きました。とても綺麗な薔薇でしたよ。夫婦の寝室に飾ってあります。そちらも王宮の庭園で咲いたものだそうです」
手紙には離縁に纏わることで振り回してしまい申し訳なかったとも書かれていました。それもあって、なんとなくセドリック様への報告を後回しにしてしまったのです。手紙も私とセドリック様二人宛ではなく、私宛でしたし。
「……そう。あの赤い薔薇だね。あとでお礼をしておかなければ」
「そうですよね……殿下は礼は不要と書いてくださいましたが、王太子殿下からいただいたのですから、額面通りに受け取ってはいけませんね」
やっぱりすぐにセドリック様にご報告するべきでしたね。王家に対し礼を失したなどと言われてしまうところでした。
「王太子殿下からレシピと、赤い薔薇をね……。うーん、これからも公爵家は盤石みたいで、安心したよ」
ジャレット様がベアトリス様と視線を合わせ、苦笑いをしています。セドリック様とアマンダ様とのことも解決しましたし、「白い結婚」もお流れになりました。確かに今後の憂いはなくなりましたね。公爵家の跡継ぎはまだ授かりませんが、それもきっと時が解決してくれるでしょう。
これでジャレット様も心置きなく、半年後のベアトリス様との結婚に臨めますね。
はじめてのジャレット様とベアトリス様とのお茶会の時には、こんなに明るい気持ちで公爵家の、そして私とセドリック様との未来を考えられる時が来るなど、想像もしていませんでした。人生、何がどう転ぶか本当にわかりません。
私は隣に座るセドリック様を見上げました。私は今、優しくて素敵な旦那様と、旦那様の仕事が休みの日には手を繋いで町を歩いています。
小娘だった頃の私の夢は、今すべてが叶っているのです。
まあ、セドリック様はそんなに格好良くないどころか、滅多に見つけられないほどに恰好良い方ではあるのですが、そこはご愛敬ですね。
私の視線に気付かれたセドリック様が、優しく、そして愛に溢れた瞳で私を見つめてきます。
「何だい、コーデリア?」
「いいえ……幸せだな、と思っていただけですよ」
私のその言葉をお聞きになったセドリック様が、ほんの一瞬目を見開いたと思ったら、とても儚い、今にも消えてしまいそうなほどに美しい微笑みを浮かべ「私もだよ、コーデリア」と、そうおっしゃいました。
その微笑みを見た私は、なんだか胸がいっぱいになってしまいました。
ねえ、セドリック様。王命で結婚した旦那様。
あなたと結婚できて、私は今、本当に幸せです。




