第20話 旦那様と王太子殿下の仲は実は拗れています(考えてみれば当り前)
セドリック様が青白い顔をして帰って来た日から三日後。私たちは王太子殿下に呼び出されました。私たち二人に、話したいことがあるからだそうです。
朝セドリック様が仕事に出る直前、王宮から早馬が来ました。そして呼び出しの件を伝えられたのです。呼び出しの件を聞いた時のセドリック様の顔色は、あの日と同じ顔色をしていました。
今王宮の応接室で王太子殿下を待っているセドリック様の顔色はだいぶ良くなりましたが、今度は険しい表情へと変わっています。
これは怒っている、と見て良いのでしょうか。
「……セドリック様」
「待たせたな」
私がセドリック様に話しかけようとした直後、王太子殿下がお見えになりました。
いつもながらの自信に溢れたお姿です。王太子殿下から周囲に向けて、光が溢れているかのようです。
王太子殿下は私たちの対面にお座りになり、私とセドリック様を交互に眺めてからニヤリとお笑いになりました。
「今日は突然悪かったな」
確かに突然でしたね。朝早馬を寄こすなど、よほどのことでしょう。もしや離縁の話が進んだのでしょうか。私だけではなくセドリック様まで呼び出すということは、離縁が成立する可能性が高いということなのかもしれません。その途中経過の報告ということも考えられます。
「……殿下。今日は一体何のご用でしょうか」
セドリック様が押し殺したような声で殿下におっしゃいました。
セドリック様の問いに、王太子殿下が不敵の笑みをお見せになります。
「そうだな。さっさと本題に入るか」
王太子殿下はセドリック様の瞳をじっと見つめておっしゃいました。
「セドリック。本当にコーデリアと離縁出来るとしたら、お前はどうする?」
予想していたお言葉ではありましたが、やはり驚きはあります。
王太子殿下がセドリック様に投げかけた問いは、私に聞いてきたのとほとんど同じものです。
その台詞を投げかけられた時、私は悩みました。そしていまだに答えは出ていません。
ですが、セドリック様は悩んでは下さるでしょうが、答えなど決まっています。ただこの場に私がいるため、素直に気持ちを言葉にすることは難しいとは思いますが。
いいえ、たとえ私がいなくとも、セドリック様なら「今更何を言っているのだ」とお怒りになったかもしれません。そしてそのお怒りはおそらく、王命で簡単に結婚させたり離縁させたりする王家に対してのものでしょう。
それに――セドリック様は私に対して責任を感じておられますから、そんな簡単に放り出そうともなさらないはずです。
それでも人間、表情を見れば大体の気持ちを察することは出来ます。狼狽えているのか、あるいは隠しきれない喜びが見え隠れしているのか。
私はおそるおそるセドリック様の表情を確認しました。
けれどセドリック様の表情は、私が思っていたものと違いました。美しい顔には、凄まじいほどの怒りが現れています。普段柔和な表情を崩さない方だからこそ、その対比だけでも一層その変化を恐ろしく感じるほどです。
「お前とコーデリアだけじゃない。俺とアマンダの離縁もだな。離縁後はお前がアマンダと、俺がコーデリアと再婚すればいい」
どうやら王太子殿下と私の再婚の話はまだ生きているようですね。殿下も随分と冗談がお好きです。あるいはセドリック様をからかっているだけなんてことはないですよね?
「……王家は、あなたは……また私から奪おうというのですか?」
感情を押し殺したような低い声で、セドリック様がおっしゃいました。
また奪う。
その言葉にはアマンダ様を失ったセドリック様の深い怒りと悲しみが現れているかのようです。
けれどその言葉を聞いた私に、喜びはありません。
まるで物のようです。セドリック様がそんなつもりではないことはわかっています。けれど、私自身を惜しんでくださっているわけではないでしょう。
セドリック様は、アマンダ様を取られた王太子殿下に、今度は自分の妻を取られるのが嫌なだけです。私を愛しているからではありません。私を想っているからではありません。
「はは……お前がそんな顔をするとはな。だが、俺は奪ったつもりはない。アマンダが俺の側妃になることは、お前だってわかっていただろう。わかった段階でけじめを付ければ良かったんだ。あるいは、アマンダの代わりを用意することだって、ダルトン公爵家ならば出来ただろうに」
王太子殿下のお言葉に、私は驚きました。
本当にそのようなことが出来たのでしょうか?
ならば何故、セドリック様はなさらなかったのでしょう。アマンダ様を救えるのならセドリック様はその努力を惜しまなかったはずです。ですが、私の疑問はセドリック様の次の言葉ですぐに氷解しました。
「幼い頃から王妃教育に準ずる教育を受けて来たアマンダの、代わりですか? そうそう用意できるものはないでしょう」
なるほど。それは確かに代わりの方を探し出すのに大変苦労しそうです。
アマンダ様の代わりになる方には、殿下の側妃になれる身分に、サフィーナ様の代わりに王妃の業務をこなす能力が必要とされます。やはり用意することは簡単ではないような気がします。
それに、アマンダ様の代わりを用意したとして、王家がそれを承諾しなければ意味がありません。まあ、殿下がこう言っているのですから、その時は案外あっけなく受諾されたのかもしれませんが。
それにしてもセドリック様、随分と気が立っていますね。アマンダ様のことも、呼称が「妃殿下」ではなく「アマンダ」に戻っています。
「もし国内が無理なら国外からどこぞの家に養子に迎え、王家に差し出せばいい。事と次第によっては、王家とてそれを受け入れた」
あ、受け入れるのですね。まあ、事と次第によってとおっしゃってはいますが。その事と次第とは何でしょうね。基準がわかりません。代わりを立てる理由に加え、代わりの方が身分、能力、容姿その他、アマンダ様と同等の方だったら、ということでしょうか。
……難しそうです。
「けれど、実際にはサフィーナ殿下がお亡くなりになっています。身代わりの人間では側妃にはなれても王妃にはなれません。結局アマンダが側妃として上がることになる」
やっぱりそうなりますよね。けれど、それでも血筋さえ申し分のない方なら王家は受け入れたのでしょうか。いえ、その申し分のない血筋を探すのも一苦労しそうです。
「それでも可能性はあった。用意された身代わりを是とするか否とするかは、こちらが決めることだ。どうしてもアマンダを手放したくなかったのなら、低い可能性だろうがそれに縋ったはずだ。ようするに、出来なかったのではなく、しなかったんだお前は」
それは少々強引な結論な気がしますが……。
口で言うのは簡単でも、実際に行うのは難しいです。アマンダ様の身代わりを用意するということは、きっと私が思っているよりも大事です。
それにもし出来たとしても、今後の王家との関係やら何やらを考えれば、次期公爵であるセドリック様は下手なことはなさらない方が良いような気もしますし……。
けれどもセドリック様はそれ以上殿下に反論なさいませんでした。
「……そうかもしれません。アマンダが将来あなたの側妃になるとわかったあと、アマンダへの想いを持ち続けながらも、私は心の奥底ではアマンダのことを諦めていました。割り切れない気持ちはありましたが、仕方のないことだと己を納得させたのです。それが貴族である私の義務だからと」
「ならば今度も出来るだろう? コーデリアと離縁すれば、誰にはばかることなくアマンダと再婚できるんだぞ」
今度こそ、その魅力的な誘惑にセドリック様の心は揺らぐだろうと――いえ、答えを出してしまうだろうと思っていました。
けれどまたもやセドリック様は私の予想を裏切り、迷うそぶりも見せずにおっしゃいました。




