第19話 様子のおかしい旦那様
セドリック様と結婚してから、あと二か月で一年が経とうとしています。予想外の事態に見舞われたりもしましたが、概ね順調に仮初の夫婦生活は進んでいます。
けれど一年近く同じ邸で一緒に過ごしているのですから、随分と気安い関係にはなった気がします。セドリック様の休日には、たまに一緒に町へ出かけるのも、もう当たり前になりました。
セドリック様は私によく贈り物をくださいます。高価なものではドレスや宝飾品、安価なものではお菓子や花束。そんなに気を遣わなくても良いといつも言うのですが「私が君に贈りたいんだ」とおっしゃい、聞いてくださいません。
まあ、夫が贈り物で妻の機嫌を取るのは夫婦間では当然のことなのかもしれませんが、セドリック様のマメさにはほとほと頭が下がります。本当に、良い夫です。
そんなセドリック様と過ごしていると、何だか本当の夫婦になったような気がしてしまいます。まあ、それは私の錯覚なのですが。
王太子殿下が離縁出来るかもしれないとおっしゃっていましたが、それもどうなるかはわかりません。
殿下ときたら私と殿下との再婚まで匂わせていましたが、もちろん真に受けたりはしていませんよ。本当に離縁が成立したとしても、白い結婚のあとの後妻でも目指した方が、よほど現実的というものです。
夫婦の夜の営みがないことに関しては、もうセドリック様は何もおっしゃいません。白い結婚のことを一度は否定なさっていましたが、もしかしたらこのまま三年経ったときにもう一度その話を出せば、案外素直に受け入れてくださるかもしれません。
その代わりといってはなんですが、セドリック様はよく私の手に口付けをします。それはお礼の言葉とともに、あるいは謝罪の言葉とともに私にもたらされます。手の甲や指先、時には掌にさえも。以前から時折あったことですが、最近では特にそれが顕著です。ほぼ毎日かもしれません。
考えてもみれば、セドリック様はお若いのです。妻としてお慰めすることが出来ないのなら、玄人の女性を紹介したほうがいいのかもしれませんね。
一度それとなく提案でもしてみましょう。妻である私からの許しが出れば、セドリック様も必要以上に気に病まれることはないでしょうから。
私にとってこの結婚は、とっくに三年間の期限付きのものとなっています。そして一度そう思ってしまえば、この結婚は三年間憧れの人と夫婦ごっこをして過ごすことが出来る、貴重な時間へと変わりました。
ときどき苦しい想いをすることもありますけれど、それでもセドリック様のお傍にいられることが、幸せなのです。
白い結婚が成立したあとは一度実家に戻り、それから良い縁談があればそこへ嫁ぎ、なければそのまま家の手伝いをして生きて行こうと思っています。
もし縁談があったとしても、初婚の男性にはおそらく嫁げないでしょう。けれど再婚だろうと相手の人間性が良ければ私は構いません。夢のように素敵な旦那様との結婚生活は、セドリック様との結婚で十分味わわせていただきましたから。
最初に抱いていた希望どおり、そんなに格好良くなくてもいいから、優しい人と。そして旦那様の仕事が休みの日には、手を繋いで町を歩きたいです。セドリック様とも町へはよく行きますが、手を繋いだことはないですからね。
残りの結婚期間は、あと二年と二か月。
それまでは憧れのセドリック様との生活を、出来る限り楽しもうと思います。
✢✢✢
朝の食事をとっている最中、セドリック様がおっしゃいました。
「コーデリア。昨夜言っていたとおり今日の仕事は夜までかかる仕事だから、今夜は先に寝ていてくれ」
今日のセドリック様のお仕事は次期公爵としてのお仕事です。ダルトン公爵家はいくつかの事業をもっていて、その中の一つの事業の視察を、公爵であるお義父様に代わり、今日はセドリック様がすることになっているのです。
この事業だけではなく、他の事業に関してもセドリック様はお義父様の代理として業務をこなしています。のちのちはお義父様からすべての事業を譲り受けることになるので、今はゆっくりと引き継ぎの作業をしている途中でしょうか。
「わかりました。ではそうさせていただきます」
いくら遅いと言っても日を跨ぐことはないのでしょうから寝ずに待っていても良いのですが、セドリック様が先に寝ていてほしいとおっしゃっているのですから、それに従いましょう。それを押しても待っていると言えるほどの仲でもありませんしね。
今夜はセドリック様の帰宅が遅いことがあらかじめわかっているので、夫婦の寝室は使いません。小細工もしなくて済みます。
「コーデリアは甘いものが好きだったね。お土産を買って来るから、明日一緒に食べよう」
セドリック様の蕩けるような笑顔が私に向けられます。セドリック様の笑顔も甘いですね。
「はい。楽しみにしています」
セドリック様は町へ出るとだいたいお土産を買って来てくださるのですが、どれもとても美味しいのです。
夜遅くに食べると翌朝胃に来るので、残念ながらセドリック様の言う通り食べるのは明日になってからですね。
今から明日が楽しみです。
✢✢✢
さて、私の夜の空き時間は、いつも読書に充てられています。
普段セドリック様と夫婦の寝室で一日の報告をし合ったあと、私はたいてい眠くなるまで読書をして過ごすのです。今日は報告がない分、いつもより多めに読書の時間が取れますね。
私はいそいそと読みかけの小説を手に、ベッドの中へと入りました。
以前は特に恋愛小説を好んでいましたが、今はお休み中です。なぜかと言えば、こういう素敵な恋愛をしてみたいと胸をときめかせる反面、現実との違いに悲しくなってしまうからです。
今読むのはもっぱら冒険小説です。主人公が苦難を乗り越え成長していく姿を自分に重ねたりしています。とはいえ、実際には苦難というほどの苦難は体験していませんので、こんなことを言っていたら小説の主人公たちに怒られてしまいそうです。
何にせよ、現実を忘れられる読書は以前にもまして私にはかかせない息抜きとなっています。私はすぐに物語に没頭していきました。
私が夢中になってベッドの中で読書をしていると、にわかに邸の中が騒がしくなりました。セドリック様がお帰りになったのかもしれません。
遅くなるとおっしゃっていましたが、いつもの報告時間より少し過ぎたくらいです。仕事が早く終わったのでしょう。先に寝ていろとは言われましたが、起きているのですから迎えくらいはしましょう。
私は部屋から出て、広間を抜け、玄関ホールへと出向きました。ホールでは数人の使用人に囲まれたセドリック様がいました。なんだか物々しい様子です。何かあったのでしょうか? 私は不安になりセドリック様の元へ走りました。
セドリック様の顔色は蒼白でした。
「……セドリック様⁉」
私の呼びかけに、セドリック様の身体がピクリと揺れました。私に向かって顔をあげたセドリック様でしたが、私と視線を合わせたあと、すぐに視線を逸らしてしまわれました。
その態度に一瞬引っ掛かりを感じましたが、それ以上にセドリック様の体調が心配でした。それほどに真っ青だったのです。
「どうしたのです? 体調でも悪くされたのですか?」
しかし聞いてもセドリック様は黙ったままです。
「セドリック様……」
ずいぶんと間を置いてから、セドリック様がやっとといった様子で微笑みをお浮かべになりました。
「……ああ、大丈夫だ、コーデリア。少し疲れてしまってね。今日はこのまますぐに寝ることにするよ」
それでも心配でしたが、そう言われてしまえばそれに従うほかありません。お仕事で何かあったにしても、私では何の助けにもならないことはわかっているからです。
私はセドリック様の腕にそっと手を置き、早く体調が戻るようにと想いを込めました。
「お疲れ様でした。よくお休みになってください」
私がそう言えば、何だか泣きそうな表情でセドリック様が微笑まれました。
いいね。評価。ブックマークありがとうございます。最終話までの予約投稿が完了しました。本編は27話で終了します。
もう一波乱ありますが二人の最後はハッピーエンドですので、もうしばらくの間お付き合いください。




