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王命で結婚した旦那様。あなたなんて、嫌いです。  作者: 星河雷雨


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第18話 旦那様と王太子殿下、結婚相手としてはどちらがマシだったのでしょうか?



「殿下……」


 セドリック様の声は私の気のせいでなければ強張っています。同じように、王太子殿下と共に現れたアマンダ様の表情も強張っているように見えます。


 周囲の方たちの視線が私たちに注がれます。大注目です。それもそのはず、元悲恋の恋人同士が互いの伴侶と共に揃っているのですから。


 私はお二人に向かって笑顔を浮かべつつも、内心では今度は何が起こるのだろうかと、緊張していました。


 すると突然、王太子殿下が私の手を取りおっしゃいました。


「チェスター卿。申し訳ないが、ここは私たちに譲ってくれないだろうか」


 王太子殿下に譲ってくれと頼まれて、否とは言えません。私の手を取ろうとしていたチェスター様は、笑顔で頷き一歩下がりました。ケイシー様も同様に、セドリック様の掌に乗せていた自身の手を引きました。


 セドリック様は一瞬躊躇われたご様子でしたが、結局はアマンダ様の手を取りました。こうなってはそうするしかありません。


 二人はごく自然に寄り添いました。


 今日のセドリック様は濃い茶色のタキシードを着ていて、アマンダ様の深い赤色のドレスを引き立てています。アマンダ様の胸元には、明るく透明な翡翠色の宝飾品が輝いているのが見えました。


 やはりお似合いです。


「来い。コーデリア」


 いきなりのことに若干戸惑い気味の私を、王太子殿下がホールの中心へと誘います。


 王太子殿下と踊るというだけでも注目されるというのに、本当にやめていただきたいです。王太子殿下は慣れているのでしょうが、私は注目されることにまだそこまで慣れていないのです。


「殿下……そんな、中央になど……」


 夫であるセドリック様が大変目立つ方なのである程度は強制的に慣らされましたが、王族の方ともなればより一層の注目を浴びること請け合いです。

 それに――王族の方と踊るのは、もしかしなくとも私はこれが初めてではないでしょうか。


「お前もそろそろ、注目を集めて踊ることに慣れてきた頃だろう」


 一瞬嫌味かと思ってしまいました。私が注目を集める原因には殿下も絡んでいるというのに、まるで他人事です。


「……確かに以前よりは慣れましたが、王族の方と踊るのはまた別です。特に殿下は」

 

 王太子殿下はご自分がいかに目立つかのご自覚がないのでしょうか。王族であることに加え、殿下は太陽の光を全身に纏っているかのような、眩い美丈夫なのです。


「それこそセドリックで慣れているだろうに」

「系統が違います」


 私がそう言えば、王太子殿下が愉快そうにお笑いになりました。


「ははっ。系統か。確かにな」


 こちらの都合無視な上に、笑われたことにむくれていると、次の曲が鳴り始めました。


 しかたなく、私はホールの真中で王太子殿下と向き合います。


 殿下はセドリック様よりも背が高いので、私の視線はちょうど殿下の胸元当たりを見つめることになります。そのため、私は殿下が胸元に着けている琥珀のブローチを見つめながら踊ることになりました。


 琥珀と言えば、この国では鉱石よりも一段劣る位置付けになりますが、殿下が着けていると途端にどんな宝石よりも美しく見えてくるから不思議です。王族の威厳がそう見せるのでしょうか。


「踊っていたのを見ていたが、なかなかだな」


 褒められました。


 私は様々なことに対して突出した才能があるわけではないのですが、無難にこなすのがなかなかに得意なのです。


「ありがとうございます。ダンスを習い始めてから今まで、人の脚を踏んだことは一度もございません」


 結構自慢だったりします。


「ははっ……そうか! それは良かった。……俺の脚も踏むなよ?」


 殿下が真剣な表情で私を見つめて来ます。


 ……何てことをおっしゃるのでしょうか。


 一度も踏まずにここまで来られたのに、初めて踏むのが王族の脚なんて、そんなの御免こうむります。

 けれど殿下のその言葉が頭の中を巡り、急に緊張してきてしまいました。脚に力が入ってしまったことにより、ステップも乱れます。


 そのことに気付かれた殿下が、責めるように私をご覧になりました。


「おい……本当に踏むなよ?」

「殿下が変なことをおっしゃるからです!」

「フッ、ハハハ……悪かった」


 よほど必死な顔をしていたのでしょうか。殿下が私の顔をじっと見つめられながら、ニヤニヤと笑い続けています。


「……何でしょう?」

「いいや、何でもない」


 何でもないわけはないでしょう。顔が笑っています。思わず睨みつけてしまいました。


 きっと殿下は殿下の言葉にあたふたする私を見て楽しんでおられるのです。意地が悪いです。いたずらっ子です。だからアマンダ様がいつまでたっても大人なセドリック様を忘れられないのですよ。


 殿下の脚だけは踏むまいと思って踊っていると、あっという間に曲が終わりました。


 王太子殿下のダンスのお誘いを受けるという貴族の責務は果たしたので、そろそろ最初に約束していた子息夫妻の元へ戻ろうとした私でしたが、殿下の掌から己の手を抜こうとした瞬間、殿下にぐっと握られてしまいました。


「殿下?」


 殿下はそのまま私の手を引いて、ホールの中心から、今度は端に向かって歩き出しました。最初に私たちがいた地点からは正反対の方向です。


「殿下⁉ どこへ……」


 殿下ともあろう方がよもやこのホール内で戻る位置を間違うとは思えませんが、くるくると踊ったあとは方向感覚が狂うこともあると言われています。私自身、慣れていなかった頃は最初の立ち位置がわからなくなることも多々ありました。

 特に先ほどは私と随分会話をしながら踊っていたので、そういうこともあるだろうと思い、私は僭越ながらも殿下の間違いを指摘することにしました。


「殿下、逆です!」


 ですが殿下は私の言葉を無視して歩き続けています。そうしている内に、次の曲が鳴り始めてしまいました。


「もう一曲だ」

「は?」

「もう一曲踊るぞ。今度もちゃんと俺の脚を踏まないようにしろよ」

 

 何と、殿下は私のことをまだ苛め足りないようです。よほど私の必死の形相がお気に召したようですね。


 ですがこれは少々まずい気もします。通常ダンスを続けて二回踊るのは、夫婦や婚約者、恋人に限ります。


 あるいは王太子殿下にはそれは当てはまらないのかもしれません。上に立つ者が率先して慣例を変えるならば、驚きつつも下の者は皆それに倣うのでしょうから。


 私は大人しく王太子殿下と踊ることにしました。


 今度は先ほどよりも会話が進みません。二言三言、殿下のお声がけに私が答える。そんなことの繰り返しです。ですが不思議と居心地が悪いとは思いませんでした。曲調がゆったりとしたものに変わっていたことも、関係あるのかもしれません。


 ダンスが終わると、殿下は「戻ろう」とおっしゃいました。さすがに三回目を踊る気はないようでほっとしました。


 ホールの端から端へ。元の場所へ戻ると、侯爵子息夫妻とともに、セドリック様とアマンダ様が寄り添うようにして立っていました。


 そんなお二人を見た王太子殿下が、セドリック様に不敵な笑みを向けました。


「セドリック。アマンダとは二回踊ったか?」

「……いいえ。妃殿下の次はケイシー夫人と踊りました」


 セドリック様の殿下を見つめる瞳がどことなく暗く、怒りに燃えているような気さえします。アマンダ様を放って私と二回踊った殿下に怒っているのでしょうか。


 アマンダ様の瞳も、暗い、海の底のような深みを湛え、じっと殿下を見つめています。


 殿下はもしや、セドリック様とアマンダ様を二回続けて踊らせようとなさったのでしょうか。ですが、それはお二人には少々酷な気がします。どうせ離縁などできはしない。たとえできたとしてもいつになるかなどわからない現状で希望を持たせるのは。




 その後王太子殿下とアマンダ様はお去りになり、私は仕切り直しのダンスをチェスター様と、セドリック様はなんともう一度ケイシー様と踊られました。こうなっては私が王太子殿下と二回踊ったことなど、珍しくなくなってしまいましたね。


 チェスター様とのダンスを終えたあと、私はもう一度セドリック様と踊ることにしました。それぞれ別の相手と二回踊ったので、続けてではありませんが夫婦でも二回踊っておいた方が良いと思ったからです。


 セドリック様は私からの誘いを一瞬驚いたあと、すぐに微笑んで受けてくださいました。


 セドリック様ともあまり会話はありませんでした。けれど寄り添って一緒に踊っているだけで、私の心は満たされます。


 一瞬だけ。


 先ほどの自然に寄り添ったセドリック様とアマンダ様の姿が私の頭に浮かびましたが、きつく目を瞑れば二人のその姿は掻き消えてしまいました。


 その日、私たちはもう誰とも踊ることはありませんでした。


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― 新着の感想 ―
[一言] いやどう考えても王太子様の方じゃないかな??
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