第12話 旦那様の元恋人の友人とかあり得なくないですか?
今日、仕事から返って来たセドリック様に、「話がある」と言われた私は珍しいこともあるものだと首を傾げました。
セドリック様から私に報告――たとえば、数週間後にどこそこの家の夜会に二人で出席する――などがある場合、セドリック様は早々に話の核心を私に告げます。けれど今日はただ「話がある」とだけの報告です。
若干困ったような表情をされていたことも、気がかりと言えば気がかりです。
それでも話を聞かないと言う選択肢はないので、「承知しました」とだけ答え、二人で夕食の席につきました。
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そして夕食と湯あみを済ませて、いつものようにお茶を飲みながら夫婦の寝室でのお話です。
「え? 私が……ですか?」
驚く私の目の前には、困ったように眉を下げているセドリック様がいます。
「……ああ。殿下の推薦だが、妃殿下も君がいいと言っている」
なんと驚くことに、王太子妃であるアマンダ様のご友人として、私が抜擢されたと言うのです。
「なぜ、私なのでしょうか?」
私の問い掛けに、セドリック様が表情をこわばらせました。もしや私やセドリック様に対する王太子殿下の嫌がらせなのでしょうか?
「……妃殿下のご友人としてはある程度の身分のある、そして結婚している女性がより望ましい。その条件に当てはめるならば、君は最適だ」
ああ、そうですよね。元からのご友人も必要でしょうが、後ろ盾に成りうる政治的な友人もまた必要なのでしょう。
それに、王太子妃殿下ともなれば、普段お付き合いする人間すら、精査されることになります。その点、王家と親戚になるダルトン公爵家の次期夫人ならば、さらに都合が良いということでしょう。
けれどセドリック様とアマンダ様との過去を考えれば、セドリック様の奥方にその役目を振るなど、なんと酷なことをと、言わざるを得ません。その奥方がお可哀想です。
ええ――まるで他人事のように言っていますが、それ私のことですよ。アマンダ様の元恋人の妻である私です。王太子殿下と妃殿下とセドリック様のお三方に巻き込まれる形で王命により結婚せざるを得なかった私です。
ちょっと信じられませんね。そこのところを少しばかり考慮してくださっても良いのではないでしょうか。
本当にどういう神経をなさっているのでしょうか、王太子殿下もアマンダ様も。
ただアマンダ様に関しては王太子殿下のご提案に反対できなかっただけという可能性は十分あります。どうやらあそこの関係も、こちらに負けず劣らず歪のようでしたから。
「……コーデリア。君が最適なのは確かだが、さすがにこれは私もどうかと思う。君が嫌なら正直にそうと言ってくれ。殿下にはどうにか考えを変えていただく」
夫の元恋人の友人など嫌に決まっていますが、実はほんの少しだけ、アマンダ様とお話ししたいという気持ちもあるのです。
アマンダ様もセドリック様同様、以前の私にとっては雲の上の人。遠巻きに見て憧れているだけの人でした。ほんの少しだけ、軽薄で物見高い根性が顔を出してしまいました。
それに王太子殿下が推薦し、妃殿下が応とした案件をすぐに断るのは、さすがに名門公爵家といえども王家との禍根を残しかねません。
「……お会いしてみます」
「コーデリア……」
セドリック様が心配そうに私を見つめてきます。もしかしなくても、ご自分のせいだとか思っていそうですね。
「ただ……相性もあると思いますので、何度かお会いしてみて、あとでお断りすることは可能でしょうか?」
安請け合いしてしまったら、きっと後悔するでしょう。けれど様子見で一度お会いした事実が残るなら、一応は王家の顔を立てたことになるのではないでしょうか。甘いですかね?
「ああ、もちろんだ。うちはもともと王家と親戚関係にある。この話を断ったとしても、関係は盤石だ」
セドリック様とアマンダ様のことがあっても盤石と言えるくらいなのですから、本当に心配はいらないのでしょう。
それにしても、本当に今回のことに関して王太子殿下と妃殿下が何を考えているのかわかりかねます。
わずかな可能性としてセドリック様とアマンダ様に対する王太子殿下の復讐ということも考えられますが、そこに私を巻き込もうとしていることには、いまいち納得できません。王太子殿下はなんとなくですが、私に対して同情的だった様子でしたので。
何にせよ、一度お会いしてみたら何かがわかるかもしれません。
「君がこの話を前向きに考えてくれるようならと、まずは三日後、王宮にて妃殿下との顔合わせをすることになっている」
三日後とはまた急ですね。
「二人だけでですか?」
「いや……ベアトリス嬢も一緒だ。彼女も妃殿下のご友人として推薦されている」
その言葉を聞いた私はほっとしました。
いきなりアマンダ様と二人だけにされても、何を話せばいいのかわかりません。
ベアトリス様とは、セドリック様の弟君であるジャレット様の婚約者です。数回お会いしたことがありますが、赤味を帯びたまっすぐな茶色の髪に金茶の瞳のおっとりとした可愛らしい雰囲気の方で、どちらかと言えば私寄りのあまり目立たないご令嬢です。
ちなみに、ジャレット様はセドリック様同様とてもお美しいお方です。黒髪に翡翠の瞳のセドリック様に対し、ジャレット様は王太子殿下と近しい色合いの淡い金髪に金色の瞳をしています。この髪と瞳のお色は、どうやら現王妃様のご実家によく出るお色だとか。現王妃様と現公爵夫人は従姉妹なのです。
「承知しました」
どのような結果になるかはわかりませんが、これも次期公爵夫人としての仕事の一環だと思えば、どうにか耐えられます。
「……ありがとう、コーデリア」
なんだかアマンダ様の代わりに言われたようで複雑ですね。まあ、そんな穿った見方をしてしまうのは、残念ながらいまだに胸の奥に燻っている私の嫉妬からくるものだとわかってはいるのですが。
ちなみに、セドリック様はあの日からアマンダ様のことを公私問わず妃殿下と呼んでいます。セドリック様なりのけじめのつもりでしょうかね。
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そして今日、私はベアトリス様とともに、王宮にて王太子妃であるアマンダ様とお茶会という名の顔合わせをしています。
公爵家に嫁入りしてから何度か王宮でのお茶会には参加していますが、ここまで緊張したことはありませんでした。王妃様とのお茶会のほうがまだ空気が柔らかく感じたくらいです。
「今日は来てくれてありがとう。コーデリア様、ベアトリス様」
私たちの目の前では、王太子妃であるアマンダ様が優雅に微笑んでいます。さすがの貫禄といったところでしょうか。
私などとは元の出来からして違う方ですが、最高級のドレスに身を包み、身嗜み専属の侍女に整えられさらに輝きを増した美貌は眩しいくらいに輝いています。
ほうっと、見蕩れていた私たちに、アマンダ様がさらに笑みを深めます。アマンダ様のそのお言葉と微笑みで、私たちの緊張は解れました。
いい感じの出だしです。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
私とベアトリス様がお決まりの返事をしたら、お茶会のはじまりです。




