第11話 お優しい旦那様は誰に対しても優しいのです。元恋人に対しても
「……確かに、愛はある。だが種類が違う。それはすでに友人としての愛だ。それでも、私にはかつて愛した人を、別れたからといって突き放すことは出来ないんだ。しかも、あんなにも苦しんでいる人を」
それは単なる言い訳ではないかと思いつつも、同時にセドリック様らしいとも思ってしまいます。
優しくて、真面目なセドリック様。誰に対しても一定の優しさを見せるこの方ならば、かつて愛した人に見せる優しさは、どれほどのものなのでしょうか。
本当に……なんでこの方は馬鹿正直になんでも心の内を私に喋ってしまうのでしょうか。たとえ友人への愛だとしても、セドリック様がアマンダ様に心を寄せていることには、変わらないというのに。
そしてその愛が、きっと私に対する情よりも勝っているだろうことなんて、考えなくてもわかるというのに。
けれどそんなことは今考えても仕方ありません。いいえ、そもそも考えるべきことではありませんね。
「セドリック様。セドリック様のお気持ちはわかりました。けれど今日のお二人の行動は、少々軽率と言わざるをえません。しかも、王太子殿下のお目に触れてしまったのです。セドリック様の優しさが、アマンダ様を窮地に立たせてしまいました」
本当はセドリック様だけではなく、多分にアマンダ様も悪いとは思っています。ですがそれを言えば、きっとセドリック様はアマンダ様を護ろうとして頑なになってしまうでしょう。
「……ああ。本当にコーデリアの言う通りだ」
セドリック様が前髪を掻き上げながら、息を吐きだしました。普段見ないような、気だるげな様子です。これはだいぶ精神的に参っていますね。
「セドリック様……王太子殿下のおっしゃっていたことですが」
もし本当に二組の夫婦の離縁が可能なら、もしかしたらすべて丸く収まるのかもしれません。けれどセドリック様は吐き捨ているように言いました。
「あれは殿下のはったりだ。離縁など出来るわけがない」
「……出来たとしたら?」
セドリック様がじっと私を見つめてきました。
「もし、殿下とアマンダの離縁が成立したとしても……私はアマンダを娶る気はないし、君と離縁もしない」
またもや驚きの発言です。ですがそんなはっきりと宣言してしまって良いのでしょうか。今は出来るわけがないと思っているからそう言えるだけであって、もし本当に離縁が出来ることになったら、その時はまた気が変わるかもしれません。
ですがこれを言ったとしてもお互いに気まずくなるだけ、下手をすれば喧嘩になってしまうでしょう。ここは黙っているのが正解でしょうね。
「……すまない、コーデリア。殿下があんなことを言ったのは私の責任だ。私はもうアマンダと二人きりにはならない。絶対に」
目を閉じたセドリック様の眉が顰められています。そんな表情をしていても美しいのは反則ですね。いっそ艶めかしさすら感じます。
「……その方がいいでしょうね。そもそも、今日はアマンダ様のお付きの者たちはどうしたのですか?」
監視の目があったならば、二人ももう少し節度を持って対話出来たと思うのです。そもそも王太子妃殿下に付き人がいないことがおかしいのですが。
「……アマンダが下がらせた。王太子殿下のことで、私に相談があるからと言って。彼らは私たちの会話が聞こえない位置に待機していたはずだ」
「……それをそのまま承諾したのですね」
いくらアマンダ様付の者たちとはいえ、王宮で働く者たちのはずだというのに、迂闊すぎます。きっとあとで王太子殿下にお叱りを受けた事でしょう。そしてその迂闊さはセドリック様にも当てはまるのです。
「すまない……どうかしていた。殿下に対する相談なら、殿下側の使用人は傍にいない方が、アマンダも話しやすいだろうと思ったんだ」
どうもセドリック様はアマンダ様のことになると馬鹿になるようです。私はわずかに眉を顰め、咎めるようにじっとセドリック様の翡翠色の瞳を見つめました。
「……わかっているよ、コーデリア。私が迂闊だった。ただ信じてくれ。私とアマンダの間には何もない。殿下が疑っているようなことは、二人が婚約してからただの一度もないんだ」
私を見つめるセドリック様からは、必死な様子が窺えます。もしセドリック様以外の方が言ったのなら、きっと私は信じなかったでしょう。こんな事態になってしまった今セドリック様が誠実だとはさすがに自信を持って言えませんが、セドリック様が堅物で馬鹿正直なことは信じています。
まあ、セドリック様がすでにアマンダ様を女性として愛していないという言葉は信じていませんがね。
「信じていますよ。あの場でもそう言ったじゃないですか」
「……ああ、そうだった。君は私を信じてくれたのだったね」
セドリック様が私に最上級の、見る者の心を蕩かすような笑顔を向けてきました。信じて貰えたことがよほど嬉しかったのでしょう。なんだかちょっと不憫です。
笑顔を収めたセドリック様は私の手を取り、真剣な表情で口を開きました。
「コーデリア……。私を信じてくれて、ありがとう。……こんな夫で済まない」
こんな、という部分には色々な言葉が隠れていそうですね。ですが、アマンダ様とのことを抜かせば、セドリック様は理想の旦那様です。私にはもったいないくらいの。
「こんな、などとご自分を卑下しなくとも良いのですよ、セドリック様」
やがて殿下の側室となることが決まっていたアマンダ様との恋は、殿下の言う通り、もっと上手くやることも出来たのかもしれません。それでも、この完璧な人がここまでへりくだるほどのこととも、私には思えません。
それは単に私が能天気なだけなのかもしれませんが、せめて妻となった私だけは、この人を追い詰めたくはないと思います。
アマンダ様ほどにこの方に愛されることはないという事実が悲しくはありますが、やっぱり今でもセドリック様は私の憧れの人なのです。
もっと横柄な態度の方だったなら、他に想う相手がいることをまったく悪びれない方だったなら、私はすぐに気持ちを切り替えることが出来たでしょう。けれどセドリック様は、私が憧れていた通りの方でした。少しだけ優柔不断で不誠実なところもあるようですが、それは今のところアマンダ様に関してだけですので。
「あなたは私の、自慢の旦那様です」
セドリック様の瞳が、大きく見開かれました。どうやら驚いているようですね。
これまでずっと共寝を拒否されてきた妻からの言葉とは、信じられなかったのかもしれません。
しばらく私を見つめたまま動かなかったセドリック様ですが、硬直が解けたあと、ふと表情を和らげておっしゃいました。
「……コーデリア。君に恥じない夫で居続けるためなら、私はなんだってしよう」
よし。仲直り成立です。ま、喧嘩していたつもりもないですけどね。




