19.彼女の予感
時は1か月後ーーー早朝に緊急招集された現場に戻る。
「あれは正直、俺も未だにトラウマだ……」
”ひったくり事件”のことを思い出し、拓也はゲンナリとした声音で言う。
その”ひったくり事件”で、拓也にトラウマを植え付けた当人のかなは、
「ちょっと!いつまでそのネタ擦るの!?」
「いや、ネタじゃないんだけどな……」
相変わらずのテンションでいう彼女に、拓也はやや引きながら溜息を吐いた。
そんな拓也とかなが会話に夢中になっていた時、
「二人とも、ご苦労さん」
一人の初老の警察官が二人に声をかけてきた。
二人はビシッと敬礼しながら、
「お、お疲れ様ですっ」と、声を揃えて返す。
皺一つない水色のシャツに、貫禄を感じさせるその顔立ち。制帽の横から覗かせる白髪混じりの髪は、より紳士的な印象を感じさせる。
キリッとした顔付きに加え、常に柔和な笑みを浮かべている彼の印象はまさに、“おっとりとした、カッコイイおじさん“だろう。
そんな彼の名は、粟島満雄。
役職は警視長ーーー県警察本部の実質上のトップだ。
そんな彼が現場に顔を出すことは、警部以上に本来はあり得ない。
当然、巡査の二人が直接関わることがない人物でもあるのだが、
「二人とも、すっかり一人前の警察官だね」
粟島は“久しぶり“というニュアンスで言いながら、笑顔で話しかけてくる。
実を言えば拓也と粟島は、拓也の父の繋がりもあって昔からの知り合いなのだ。
ついでにかなは拓也の後輩であると言うこともあって、定期的に会う機会があれば、二人して粟島の世話になっていると言うわけだ。
いわば二人にとって、第二の上司であり、知り合いのおじさん。
だが今は職務中と言うこともあって、
「お褒めに預かり恐縮です。ですが私たちはまだ半人前です」
拓也は畏まった口調で答えた。
「そう畏まらなくていいよ。それに君たちは現場に出初めてまだ数年だろう?半人前が当たり前だよ。これからもっと頑張ってほしい。期待しているよ」
「はい、精進します」
「が、頑張ります!」
相変わらず物腰が柔らかい粟島の言葉に、拓也とかなは背筋を伸ばして答えた。
二人の成長を喜ぶように、粟島はウンウンと頷く。
すると粟島は思い出したように口を開いた。
「そういえば、五十島くんはこの近所に住んでいると言っていたね?」
「はい、2番地離れたところに住んでいます」
「そうか。ここから100数十メートルってところだね。こんな事件が起きていることだ。君も十分に気をつけなさい」
「ご心配いただきありがとうございます。気をつけます」
司令官はかなの返事に「うん」と返した。
「それじゃあ、これから川口くんと直接話さなきゃいけないことがあるから、僕はここで失礼するよ」
「はい」
二人は短く返事をすると敬礼して返す。
粟島警視長の後ろ姿を見送りながら、二人は敬礼から直った。
「相変わらず聖人みたいな人だよな」
「分かります。尊みが深い……」
「お前、普通上官に尊みとか言うか??」
「だって上官って、将来可愛いおじさんになる感じしない?静かな余生をのほほんって過ごせそう」
「言わんとしてることは分かるけどなぁ……」
拓也たちがそんなたわいも無い雑談をしていると、急に無線が慌ただしくなる。
二人は意識して耳を傾けてみると、近くのパトカーに繋がれた無線から、新たな事件を知らせる伝令が流れてきた。
『巻、吉田管内巡回中の車両に告ぐ。岩室4丁目付近の一軒家にて、銃声らしき爆発音が鳴ったと通報あり。最寄りの非番要員は、直ちに現場へ招集せよ。住所は4丁目10番18号』
「4丁目って、此処と同じ町内じゃねーか」
「10番……、18号ってーーー……ッ!」
かなはボソリというなり、突然走り出した。
「おいっ!戸石どこ行くんだッ!?」
「すみません!後はおまかせします!!」
「はッ!? おいッ!!」
拓也の叫び声を背に、迷いのない足取りで駆けていく。
(ウソっ……、ウソでしょ……)
焦燥感に駆られながら、かなはがむしゃらに走った。
無線で流れた住所は間違いないーーー幼馴染の海斗の家だ。
おまけに無線によれば、家の中から銃声らしき爆発音が鳴ったという。
(流石に誤報……、だよね……。お願い海斗ッ、無事で居てッ)
かながひたすら脳内で願いながら走ると、2分もかからずに見慣れた一軒家の前に到着した。
まだ応援の警察官は誰もいないが、近所の住民はボチボチと外に出て何やら噂話をしている。
急いで小高家の玄関に走るかなの姿に、周りの住民は怪訝な視線を向けるが、かなは気にしない。
そもそも一見外から見る小高家の様子自体は、何処もおかしい所がないだ。
(何っ……?もしかしてホントに誤報……?)
そんな内心の疑惑と希望を抱きながら、かなは小高家の中へと足を踏み入れる。
目指す先は、まだ部屋で引きこもっているであろう海斗の部屋。
かなはゆっくりと階段を登り、海斗の部屋の扉の前についた。
そして緊張した面持ちで、彼女はゆっくりとドアノブに手をかけると扉を開けた。
そこに広がっているのが、大きな絶望の景色とは知らずにーーー。




