20.彼の逃避
小高家が襲撃されてから、5時間後の昼下がり。
海斗を乗せた新幹線は、定刻通り東京駅に到着した。
車両のドアが開くと、乗客たちはゾロゾロと改札に続くエスカレータへと足を進める。
海斗も周りにならうように新幹線ホームに降り立つと、ある一つの違和感を感じた。
(なんか、帰省ラッシュみたいだな)
この日は平日だというのに、やたらと若い乗客が多い。
手ぶらで歩く海斗とは対照的に、周りはスーツケースや大きめのカバンを持った大学生くらいの若者がほとんどだった。
考えてみれば、今は9月の半ば。
世間一般的な夏休み期間はとっくに終わっているが、大学生の夏休みは2カ月もあるのだ。
ともすれば必然的に、9月末の新学期まで地元に帰省する学生も多いわけで、地方から都心の下宿先に戻る時期を考えれば、新学期まで時間にゆとりがあるこのタイミングがベストだろう。
そうであれば、若い学生が一斉に東京へ移動しようとする理由に納得がいく。
海斗はそんなことを思いながら、人の濁流に身を任せるように、在来線の乗り換え改札を目指した。
南のりかえ口の改札に紙切符を通して、再び吐き出された乗車券を手に取る。
決して期待や希望に満ちた状況ではない。
とはいえ、大切な人を守ることが出来る唯一の方法を取っている自分に、海斗は誇らしささえ感じていた。
自己満足と言われれば、それまでだろう。
元を言えば、汚い金儲けをしていた自分に非があるのは間違いないのだ。
それでも、海斗は今までの自分の行いに悔いはない。
このビジネスを続けていたからこそ得られた成果は、今後間違いなく悪に鉄槌を下すきっかけになるはずなのだ。
それは行く行く、家族やかなを守ることに繋がっていくに違いない。
そんなわずかな期待を抱きながら、海斗は唯一の味方から指定されたロッカーに向けて足を進めようとした。
―――その時だった。
「動くな。叫んだら撃つ」
突如聞こえた低い男の声と共に、海斗の腰に冷たく硬いものが強く押し当てられた。
背中に冷や汗がつたう。
”撃つ”というその単語からして、恐らく拳銃だろう。
そんな予感が頭を駆け巡ると、同時に海斗は心の中で、
(あぁ……、ここまでか……)
素直にあきらめの気持ちが湧き出てきた。
恐らく海斗が新幹線に乗る前から、東京に降り立った今に至るまで、敵の”分身”は息を潜め続けていたのだろう。
今までは敵の姿どころか、その影を感じたことすらできなかった。
いつも海斗が敵の存在として認知していたのは、彼らが意図的に残した足跡だけ。
だが自宅の襲撃を契機にして、敵勢力は急激に海斗との距離を詰めてきた。
その理由は分からないが、捕まったら命はないことくらい容易に想像がつく。
無駄に足掻いて見せたところで、助けなど来ないのだ。
「ほら、ついてこい」
さらに背中の得物を押し付けながら、敵は海斗に行き先を指示する。
海斗は素直に言われた方向へと足を進めながら、
(あの世でも、かなの説教聞くことになるのかな)
かなが涙を流しながら叱責する姿を頭に浮かべ、娑婆最後の景色を目に焼き付けるのだった。




