夜明け迎える者共よ-8
風が抜ける音が、洞窟を震わせた。
貫が苔を跳ねた。
川原のように角を無くした岩だ。
濡れていた。
滑りやすい。
肌に、湿気が粘りついた。
青い燐光で満ちた間。
洞窟の中というには明るすぎる。
太陽の光が届いているわけではない。
ましてや、月光の輝きなどではない。
「取り付くしかない! 引き摺り出せ!」
怪獣に、大葉介はしがみついた。
毛状の器官で覆われた貝を鷲掴む。
「くそっ! くそっ!」
貝の蓋が開く。
閉じられていた中から、肉が押し出てきた。
人間の上半身の形に見えた。
違うのは、頭が花のように開くこと。
無数の花弁に見えるのは、肉と歯だ。
取り付いた大葉介を狙っていた。
人型へ太刀を振るう。
全力で最速。
全体重と勢いを載せた一閃。
「閉じ籠りやがって!」
と、大葉介は蓋へと野太刀を突き込んだ。
野太刀の先端が、欠けた。
鐘を鳴らしたかの、甲高い悲鳴のような音。
殻にヒビが走り、ついには砕けた。
閉じこもっていた怪獣の肉があふれる。
粘液、あるいは体液で湿らせた肌。
醜悪な姿を耳目に、ついに晒した。
怪獣が、『銛の雨』を降らせた。
固められた洞窟を削る。
突き刺さったのは、骨質の銛だ。
あるいは杭かもしれないものだ。
怪獣は震えていた。
傷口を埋めるように、肉が盛り上がる。
「……自分で自分を喰ってる……」
違う。
体から何十と首が生え、傷を負って弱った『自分自身』を食らっているのだろう。
「龍穴から、星を吸いすぎだな」
「どういう意味だ?」
「星と生き物では魂が違う。この怪獣は、星化しているんだ」
「なら放っておけばいい。どのくらいで死ぬ」
「二十か、三十年で、己を食い尽くし餓死する」
「国が幾つも滅ぶぞ」
貝の獣は打ち抜かれた。
肉に、殺生石が入り込んだ。
力が押し寄せた。
龍穴だけでなく殺生石からの力だ。
貝の獣は歓喜に身悶えした。
──。
「そっか、捨てられたのか」
その子はずっと泣いていた。
「よし! 今日からお前の兄になってやる。一年先には死んでるが、それまでに独り立ちしろよ。でないと、ひとりぼっちになっちまうからな!」
深編笠の、変な男は人魚を拾った。
一年。
たったそれだけの短い時間みるために、獣である異形を拾った。人の顔した魚である人魚とはまた違う、人の上半身と貝の下半身である人魚だった。
人魚は手を払う。
ぬめりのある肌は、乾いた人肌と違う。
「安心しろ。知り合いに鬼や百足だっているんだ。可愛らしいものだぞ」
それに、と、深編笠は言う。
「もしかしたら、善行を繰り返していれば、最後はこの呪いも解けるかもしれん。善いおこないをさせてくれ。今日からお前は、妹にさせてくれ」
家族だ。
──。
「……ごめん」
「牛塵介?」
牛塵介は、白化しつつある貝怪獣に、額を当てていた。
「大葉介。早く出よう」
「え? うん……」
虚舟が崩れていた。
貝怪獣は塩、否、霧のように消えていく。
怪獣が消えるほど虚舟は内へ潰れていた。
「あっ!」
虚舟の出口が、真っ先に消えてしまう。
「どうする!? このままじゃ!」
大葉介は、鎧で虚舟を斬った。
太刀は折れ、宙を舞う。
破片は牛塵介の間近に落ちて風を起こした。
「なぁ、大葉介様」
と、牛塵介は呑気だ。
「何をしている! 考えないと!」
「死に場所は決めていたんだよ」
──ずっと昔から。
「〜ッ」
大葉介は、逃げ道が見つからず諦めた。
「死ぬのは、怖い!」
「『俺』もだ」
と、牛塵介は言った。
「死なせはしないさ。約束は、守らないと」




