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ペンダントを贈った日

「エリー」


 春も終わり、やわらかな若芽が木を覆う頃。

 クーがいつになくおずおずとエリナの部屋を訪ねて来た。


「クー、どうしたの。そんなに改まって」


 今日のエリナの服装は桃色のワンピースだ。レースでできた花模様のつけ襟が愛らしくて気に入っている。

 足元まである裾を捌きながら、今もドア付近でなにかを言いたげに立ち止まっているクーのもとへ歩みよる。


 クーはエリナが近づいてくるにつれて、あー、とかうー、とか何かもごもごと口ごもった。

 ついにエリナがクーの目の前に立ってからもそれは変わらず、なにか気まずいことをエリナに対して思っているのかしら、とエリナが考えた時だった。


 エリナはクーの手に何か小さな小箱が握られているのに気付いた。

 それ、とエリナが指をさす。


「クー、何を持ってるの?」

「え、ああ、あ」

「もしかして、それを私にくれるの?」

「は、はい!」


 先読みして言った言葉だった。けれど、クーが力強く肯定するから、エリナは少し面食らってしまった。

 クーが骨ばった、青年らしい大きな手の中に握られていた小箱をエリナに差し出す。


「ありがとう。あけていい?」


 素直に受け取ったエリナが尋ねる。クーは何も言わずこくこくと頷いた。

 ならば遠慮はいらない、と、エリナは箱を開けた。

 ――はたして。中に入っていたのは。


「……ペンダント?」


 小箱の中に敷かれたクッション、その上に、丁寧に置かれていたのは、七色に輝くカットも美しい、まるでダイヤモンドのように透明な、ガラスとも違う材質の石が使われたペンダントだった。


「僕の鱗です」

「うろこ」

「逆鱗、とも言います。お守りとして、持っていてほしくて……」


 逆鱗。その名前に聞き覚えがあって、エリナはああ、と首肯した。

 たしか、竜種が番に渡す、番の証だった気がする。

 番を守る力があるらしく、番にとってのまさしく「お守り」として重宝されると聞く。


 手のひらにころん、と転がしたペンダントトップは、初夏の日の光を受けてきらきらと輝いている。

 半ば呆然とその光景を見たあと、エリナはクーと手元に交互に視線をやった。

 クーが言葉をつづける。


「あなたを守るために、できることは全部したくて。逆鱗を加工させて、持ち歩きやすいようにしたんです」


 クーは、そう言って、緑色の美しい目を伏せた。


「番、という関係を強化するものだと、あなたが嫌がるかもしれない、と思ったんですけれど……。それでも、持っていてほしくて」

「逆鱗は、一枚しかないって聞いたわ」

「エリーのためなら貴重でもなんでもありません。そもそも、逆鱗は番のためにあるものですし」

「そう……」


 クーは、きっと、エリナが番という言葉を好んでいないから――最初に、恐れたあの時のことを覚えているから、こんなに迷っているのだろう。

 でも、エリナはもう大丈夫だった。

 だって、クーは怖くないと、知っているから。


「守られてあげる、って、言ったわ」

「エリー?」

「ね、クー。つけてくれる?」


 エリナはそう言って、クーに背中を向けてペンダントを差し出した。

 金の、クーの髪とよく似た鎖がしゃらりと涼やかな音を立てる。

 クーが息を呑んだ。

 はい、と小さく聞こえて、エリナの首に冷たい感触が触れる。


 やがて、そう時間のたたないうちに、かちゃり、という小さな音がして、エリナの胸に七色に輝く宝石が垂れ下がった。

 それは、日の光を受けてまばゆく輝く。


 綺麗ね、とエリナはささやくように口にした。


「クー、似合うかしら?」


 エリナはクーの前でくるりと回って見せる。クーは一瞬驚いたような顔を見せたあと「はい」と泣き笑いのような顔をしてエリナを抱きよせた。


「とっても、とっても、似合います。エリー、僕の、大切なあなた」

「ふふ、ありがとう」


 エリナは抱きしめてくれるクーの背中に手を回す。そうすることに、もう迷いはなかった。


 ■■■






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