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閑話休題 シチューで食事会1

「シチューを、食べたいんです」


 と、クーが言ったのは今朝のことだ。

 隣り合った部屋で眠っているから、エリナが起きだしてきて真っ先に挨拶をするのはクーだと決まっている。


 ――正直、ダーナより早いうえにエリナが起きたのをわかっているかのようなタイミングでやってくるので、それが不思議極まりない。最近なんだか気配が薄いし。


 そんなクーは、エリナが「守られてあげる」と約束してからこっち、わがままというか、要求というか、そういうものをしたことがなかった。

 ただなにかを警戒しているようで、それがクーのいう「エリナに迫る危険」なのだろう、ということはわかった。


 だから、というわけでもないのだけれど、そんなクーの久しぶりのわがままを聞いてやりたくなるのもまあ、自分自身で納得のいく話で。


「それくらい、いいけれど」


 なんて簡単に答えてしまったのは、まあ、仕方のないことだった。


 豆を煮たて、それを濾して豆のミルクを作る。

 肉は兎と、わずかなジャガイモとニンジンのみ。

 王宮ならもっといい材料もあるし、実際厨房でこれをどうぞ、といただいたのは非常に質の高い高級なジャガイモやニンジンや豆だった。


 高級品で作る節約レシピというアンバランスな料理を少しだけおかしく思いながらも、クーのリクエスト通りのものを作る。

 クーは本当にこれが好きだ。

 エリナは、かつてクリスに作ってやった同じレシピのシチューを思い出してくすりと笑った。


 クリスも、エリナがこうして作る料理を喜んでくれた。

 そう、クーの喜びかたも、同じメニューを何度もリクエストしてくるところも、クリスによく似ていた。


 そういえば、はちみつ色の髪も、緑のアーモンド形の目だってとてもよく――……。

 からん、からん、と記憶を揺さぶるような鐘の音が聞こえる。


 いいや、実際にはそんな音がしていないのだろう。ただ、いつからかエリナの頭に耳鳴りのように響くようになったこの音は、それまでエリナが考えていたことを攫うようにして忘れさせてしまう。ほら、今も。


「……あれ、なに考えてたんだっけ」


 エリナは首を傾げる。

 シチューをかき混ぜる手が止まっていることに気づいて、あわててお玉をかき混ぜたけれど、今考えていたことはもう思い出せない。


 忘れっぽいのも困りものね、とエリナは苦笑して、出来上がったシチューに厨房の人が用意してくれたパンとサラダを添えて――さすがプロ、エリナの作ったものよりずっとおいしそうだ。実際、毎日食べていてとても美味しい――ダーナに運ぶのを手伝ってもらいながら、晩餐用のホールにある、大きな卓に並べていった。


 そろそろ部屋の外に出てみたい、というエリナの意をくんで、クーが整えさせてくれた部屋は広い。けれど、エリナが選んだ調度がセンス良く配置されていて、王宮という公にも触れる場だと言うのに、どこか家庭のような温かみがあった。


「いやいや、嬉しいねえ。まさか竜王の番様の手料理をごちそうになれるなんて」

「本当に。ええ、でも、私どももご一緒でよかったのですか?」

「もちろん。ダーナにはいつもお世話になっているもの。……ちょっと、質素でもうしわけないのだけれど」

「いえいえ。懐かしいですわ。我が家でも、今でこそミルクが簡単に手に入りますけれど、20年前……私がまだ成人する前は、豆でシチューを作っておりました。母の味を思い出して懐かしくなります」

「それならよかったわ」


 エリナが微笑むと、ダーナも嬉しそうに笑み返してくれる。

 本心から言っているのだろう。エリナの作ったシチューを見るダーナの目はきらきらと子供のように輝いていた。


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