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彼女をみつける日




「もう、妹を会わせるつもりはありません」

 玄関で執事に止められ、出てきたのはアンネマリーではなく、レイモンド。


「わかっている…!だが…」

「何度それを言うつもりだ!…前回で最後という話でしたでしょう」

 だから、会うことを許したのに、と憎々しげに言われる。


 そうだ、あのときそう約束したのは自分だ。

 また、自分は約束を違えようとしている。


「頼む…。レイモンド…」

「約束は、約束です」


「待って」

 その声は、屋敷の奥から聞こえた。


「…マリー?」

「お兄様。彼は、私が呼んだの」

 私も、話したいことがあるの。


 こちらをまっすぐ見つめたのは、アンネマリーその人だった。







「こんにちは、ウェスティン公爵様。本当にお久しぶりです」


「ああ…。会おうと言ってくれて、感謝している」


「いいえ。私が、もう一度お会いしたいと言ったのですもの」


 渋るレイモンドをなだめた彼女が私を連れてきたのは、伯爵邸の庭園。


 今は、バラの季節か。

 色とりどりに咲き乱れるバラに囲まれた東屋の中に、二人で腰掛ける。



「あのね」

 口火を切ったのは、彼女。


「あなたと一緒にいたとき、私はあなたの後ろをついてばかりで、あなたの隣に立とうとしなかった」

 それは、私の罪だわ。ごめんなさい。


 なぜ、被害者である彼女が謝るのか、大いに戸惑った。

 彼女は私の罪をなにか思い出したのだろうか。


 しかし。


 私と一緒にいたときは、見れなかったまっすぐで力強い視線。


 彼女が私とのことを思い出したのかはわからない。

 だが、彼女もまた、間違いなく変わったのだと知った。



 ゆっくり私は頭を振る。


「いや、君を置き去りにしたのは私だ」


 隣を歩こうとしたかもしれない彼女を、拒否したのは私だ。

 隣を、歩く気さえ起こせないほど容赦なく。


「それなら、私たちは罪人同士」


 お似合いね。

 そう、アンネマリーは笑う。

 どちらが先に悪かったのかは、わからないと。





「けれど、罪深い二人では、このまま一緒にいたら、きっと奈落の底に落ちていく」


 それに、自分にも悪いところがあったのだと、そう思っているけれど。

「それでもなお、どうしてもあなたを許せない自分がいるのも本当」


 だから、私はあなたの手を取ることはできない。


 そう、彼女は言った。


 それは確かに拒絶の言葉のはずなのに、不思議と私の胸にすとんと落ちてきた。



「私ね、今の自分が誰だか自信がないの」

 自分ではマリアだと思っていた。

 けれど、みんなが言う通り、私はアンネマリーなのかもしれない。

 それとも、二人とはまったく違う誰かなのかも。


 自分はなにが好きなのか、なにをしたいのか、わからない。

 彼と、結婚していたのは覚えている。

 そして、それが決して楽しいものではなかったことも思い出した。


 けれど、それしかわからない。



「だから、自分を見つけに行こうと思う」

 いろいろな国を巡って、いろいろなものを見て。

 一緒に探そう、そういってくれた人がいたからと。



「…それは、あのときの彼か?」

「彼?そうか、見ていたんだものね。そう、ルークよ」


 彼女は照れくさそうに笑う。


「あなたとは、また違ったことをたくさん知っている人」

 生粋の令嬢としてのセンスが、うちの商会にも必要だと、言ってくれたのだという。


「彼と、これからを歩んでいくのか?」

「それはわからないわ」

 私の知らない世界を知っている人に心酔して、盲目になって、自分を見失う。

 そんな自分は、もう卒業したいから。


 自分を大切にしたいから、自分の可能性を見たいから。

 だから、自分の足で外に出て行こうと思う。


「きっかけをくれたのはルークだけれど、私の行き先は私が決めたいの」

 せっかくあなたが、皆が、そんな私のわがままを叶える環境をくれたから。



 そう、彼女は晴れやかに笑った。




 最初、私は彼女のために、変わりたいと思っていた。


 けれど、彼女は変わった私すらもすでに求めてはいなかった。


 それなのに、不思議と心は穏やかだった。


 自分のために変われ、そう言ったスピカはやはり正しかったのだろう。






「マリー、ひとつ、頼みがある」

「なにかしら?」


「いつかまた、この国にも戻ってきてほしい」

 そうして君の見てきた世界を、教えてくれ。


 もしもまた、会うことを許してくれるのならば。



 緊張しながら提案すると、彼女は目を輝かせる。


「素敵ね、それ」


 私は世界を見てくる。

 あなたはこの国で新しいものを見つける。


「そうして二人で見た世界を分かち合えば、ずうっと素敵なものを見つけられると思わない?」

「…ああ。きっとそうだ」

 


 彼女の笑顔は、とっても眩しくて。

 目が眩んで。


 だから目尻に涙が浮かんだのはそのせいだ。





 アンネマリーはその後すぐ、自分の父親に勘当してもらい、ザイツ商会に入ったらしい。


 ザイツ商会を経由して届く手紙は、毎回違う国のもので、私の知らない他の国の空気が伝わってくる、素敵な手紙だった。








「あら、ギルバート。聞いたわよ、あなたちゃんと成長したんですってね」


 私を上から下までジロジロ見ていたスピカは、そういうとニヤリと笑った。


「成長?」

「ええ。あなた、自分よりも他者を優先することを覚えたそうじゃない」

「…まだ、覚えたてだがな」


「いいじゃない。座り込んでいる人間と一歩を踏み出した人間はまるで違うわ」


 また来年、あなたがどう変わったのか見に来るわ。


 そういって、魔女はまた違う国へと旅立っていった。










 あれからいくつ、季節を巡っただろう。



 兄と、マリアには子どもが生まれ。


 騎士団長も代替わりをした。


 自分の領地に目を向けるようになってから、兄夫婦とはいささか疎遠になったが、元騎士団長はたまに邸に遊びに来てくれるし、スピカも毎年やってくる。



 けれど、アンネマリーは一度も帰ってこなかった。


 遠い異国にいる彼女と私を繋ぐのは、季節に一度交わされる手紙だけ。








 ***


 マリー


 我が国の雪解けが始まった。

 君は、雪など無縁の、暖かい国にいるのだろうか。

 それとも、まだ春が遠い雪国にいるのだろうか。


 今回は、ひとつ報告がある。


 実は、学校を作ることにしたんだ。

 貴族も、庶民も研究を愛するものならば、誰もが通える学校を。


 資金は私の研究の成果で得たもので賄った。

 ここ数年、金稼ぎのために研究をしていたようなものだから、だいぶ私も悪評が立ったよ。

 事情を知っているスピカには「あなたも随分人間らしくなったわね」と笑われたがな。


 私は恵まれていた。

 なにも努力せずとも、研究環境が整っていたからな。


 だが、世の中には才能があるのに、周りが認めてくれなくて才能を埋もれさせている者、貧しくてやりたくてもできない者がいる。

 私はそんなライバルたちを、見つけ出したいんだ。


 いつか広い世界を見てきた君にも、講演してもらえると嬉しい。


 ギルバート・ウェスティン



 ***





 そう、手紙を送った後。


 季節を1つ巡り、2つ巡り、3つ巡っても、彼女から返事は来なかった。









 そして、もう一度巡ってきた春。

 この春、とうとう学校が開校する。


「旦那様、下見に行かれますか?」

「そうだな…」


 来週から、生徒たちがやってくる。

 その前に、学校の様子を最終確認するのも良いだろう。


 

 準備をして外へ出ると、ちょうど邸の前に馬車が停まった。


 家紋は、ベーレント伯爵のもの。


 中から、一人の女性が出てくる。




 あれは。

 

 まさか。



 馬車を降りたその女性は、私に気づくと、にっこりと笑った。


「ただいま」



 ああ、その言葉を、その笑顔を、ずっとずっと待っていた。


「おかえり」

 おかえり、アンネマリー。

 


ーいつか、この国にもまた、戻ってきてほしい。

ーそうして君の見てきた世界を、教えてくれ。



「世界を分かち合うために、戻ってきたわ」






 





ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新が古い順作品を探していて見つけて読みました。 この元旦那様、何て言いようのない天才と馬鹿は紙一重でしたね。 現国王他もも分かっていてアンネマリーに押し付けて人間壊してる阿呆共だ。 …
[良い点] とても面白かったです! 主要メンバーの王様、王妃様、ギルバート、アンネマリーはそれぞれ大人なようでどこか大人になりきれない部分ある意味壊れているのだと思います。ただ今回の物語は結果的に目に…
[一言] 綺麗な終わり方だった 素晴らしい作品をありがとうございました!
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