第8話 夢の中の記憶
時は江戸時代、とある藩のとある村の話である。
少女は屋敷で暮らしている。
今日、少女は15才になり、彼女専属の護衛が、やって来る。
もちろん剣術に長けていることは言うまでもない。
彼女は、村の長――この村の大部分の土地を所有している大地主――である父を持つ。
年貢が厳しく、住民から不満が上がっているのは事実だが、この藩を治める大名の親戚に当たるのが、この屋敷に住む蔵元家の人々である。
だから、刃向かうことは出来ないのである。
村の住民を不憫に思うが、屋敷の外には危険だからと言われ、行かせてもらえなかった。
しかし、今日護衛が来れば、明日から村を、屋敷の外を歩ける。
少女は、蔵元菊は、住民のことが気になるだけでなく、数年前に盗賊に襲われた時に、自分を助けてくれた同い年の少年のことも気になっていた。
明日から彼を探しに行ける、そういう思いで一杯だった。
「菊様、護衛の方が来られました」
「分かりました。すぐに行きます」
菊は敬語を使う相手は父親、蔵本泰三だけでいいのに、全員に敬語を使う少女だった。
「菊様が参られました」
使用人はそう言うと客間の襖を開けた。
そこにいたのは、頭を下げた男性だった。
髪を後ろで結っている、右膝を立て、左側に刀を置いている。
いつでも抜刀できる隙のない構えだ。
菊は護衛の男――少年だった――をじっくりと見た。これから、嫌でもそばにいる人だ。気にならないわけがない。
護衛はそのまま夫になることもあると聞いている。
それが目当てで護衛をする男性もいるはずだ。玉の輿だからだ。
さて、それはさておき、護衛は同い年くらいだ。
「この者は隣村の出身である」
隣村……そこがどういう場所なのか、あり屋敷を出たことがない菊にとって、想像もつかない所である。
「菊、彼には一度会ったことがあるはずだぞ」
父、蔵本泰三はそう言うが、隣村に知り合いなんていないはずだ。
「面を上げよ」
護衛は顔を上げた。菊は目を疑った。
「もしかして、サスケさん?」
「はい、お久しぶりです。菊様」
そう、彼こそが、菊が探そうとしていた少年だった。
サスケside
「堅苦しくしなくて良い。家族も同然だ」
蔵本泰三は俺に言った。
あの後、菊と婚約を結んだ俺は、蔵本家の跡取りとなった。
その日の夜、俺は菊様のそばで過ごした。
護衛と言っても、そんなに危険なことはない。
ただ、菊様が屋敷の外に出るときのために、護衛するだけだ。
「サスケさん、覚えていますか、私達が初めて会った時のことを?」
それは、数年前、俺がこの穴山村の隣の韮山村出身で、穴山村を挟んで反対側にある富士村の道場で剣術の稽古を受けに通っていた頃の話だ。と言っても、数日前まで通っていたのだが。
その帰りに、この穴山村を通っていたら、盗賊の襲撃に遭い、丁度居合わせた剣術道場の門下生全員で撃退していた。
その時に助けたのが菊だった。
この屋敷に入って、謝礼をもらっていた記憶がある。
多分その時のことを覚えてもらっていたから、今回護衛に抜擢されたのかもしれない。
「あの時は、屋敷の外で何やっていたの?」
因みに、二人きりの時は敬語を使わないようにと菊に言われた。ついでに様も禁止だと。
「うん、あの時は、村人の一員として、農作業を手伝っていたんだよ」
菊はお嬢様だから、 そういうことはしなくていいのであるが。
「うん、でもみんな年貢が苦しいって言っているの。だから、手伝おうと思って……」
その矢先に盗賊が来たということか……
「明日から、屋敷の外でお手伝いしようと思います。勿論変装をして、ですが」
屋敷の外で農作業をしていたことが父、蔵本泰三にバレたら色々面倒なことになるからだ。
さて、翌日になった訳だ。
朝食後しばらくしてから、俺と菊は、屋敷を堂々と出た。
手荷物に変装道具を忘れずに。
とりあえず、俺の実家に向かった。
着替えるためだ。
お嬢様と農民の服は、一目で見分けられる程異なる。
着替えてから、穴山村に戻った。
農作業をしている集団の中で作業をしながら、話を聞いていた。大体が村長の悪政に対する不平不満ばかりだった。子供がそう言うのだから、大人は言うまでもなく村長を怨んでいるくらいだろう。
「年貢がもう少し軽くなれば、薬を買うお金を得られるというのに、去年女房を病気で亡くしてしまった」
(結核)は栄養をつけて安静にしなければならないが、そんなに食べ物もなく、農作業をしなくては食べていけないのである。食べる物があると言っても粟や稗などの米と比べられないほど貧しい生活を送っているのである。
蔵本家では、いつも米を食べている。恐らく、年貢を上乗せして、自分たちが食べるための米を徴収しているのだろう。
不満が溜まるのも肯ける。
半年の間、俺達は手伝いをしてくれる隣村の人という人気者になっていた。
俺は刀をいつも携帯していた。
農作業の時は近くの木の下に置いている。
桜坂道場の紋が付いた刀である。
師範代になった記念に貰ったものだ。
それとは別に短刀を懐に入れている。
菊の護衛をしているのであるから、当たり前である。
そして、いつもバレることなく屋敷に戻り、夕食を食べている。
そんな、ある日のことだった。
その日は晴れていた筈なのに、急に曇った妙な天気だった。雲一つ無かったのに今は暗いのである。
屋敷の奥で空を見上げていたら、屋敷の正面が騒がしくなった。
見に行くと、蔵本家の用心棒と農民が戦っていた。
百姓一揆というやつか、打ち壊しとかいうやつか。
それにしても激しい。
多勢に無勢で用心棒が負けてしまった。
屋敷の正面から足音が聞こえてきた。
「サスケ君、助けてくれ」
そう言った時に、蔵本泰三は農民の一人によって斬られてしまった。
このままでは、俺まで殺されてしまうが菊を守らなければならない。
「お嬢様には指一本触れさせない」
抜刀して一人目を斬った。峰打ちである。
「蔵本泰三は倒れた。あと一人、娘がいたはずだ」
こんなに怨みを買っていたんだな村長は。
後ろから足音がした。まさか、裏を回られたのか、
そう思った瞬間背中を斬られた。
俺は何も出来ないのか?
いや、まだ動ける。まず、後ろから斬った奴を斬り倒し、その後、菊の所に……
「はあ!」
俺は後ろの奴に袈裟斬り、前の奴の鍬を受けて止めた。
すぐに俺は菊の下へ急いだ。
菊を逃がさなければならない。
しかし、逃げ場はない。
追い込まれていた。
「サスケさん、もう良いです。私に要があるんですよね」
俺が菊に守られている?
「ああ、あんたが娘か? ついて来い」
「だめです、お嬢様!」
しかし、俺は力が抜けてしまった。背中の傷が思ったより深かったようだ。
自分は無力だった。
菊が村人に連れて行かれた。
どうすれば良いんだ?
そうだ、正体を明かせば良いんだ。
俺と菊が農作業を手伝っていた二人だと。
俺は村人の服に着替え、菊の変装服を持って行った。
刀を杖代わりにしながら。
「磔にしろ」
「この娘の心と体に呪いを刻み込め」
村人は菊を磔にして、手足に刀で文字を刻み込んでいた。
赤い生温かい液体が地面に垂れていく。
「う、く……」
百姓が蔵本家を怨むのは分かる。だから、菊は何も言わなかった。
「この呪いは、30才までしか生きられない呪いだ。そして、毎月誕生日の翌日は目を覚まさない」
体に刻んだのは分かったが、心にはどうやって刻むのだろうか、と想像すると恐くなった。
「仮に子供を産んでも、必ず女子が産まれ、その娘にも同じ呪いが刻まれる」
つまり、遺伝するということだ。
「そして、仮に子供が出来なくても、お前が生まれ変わると、呪いが刻まれて生まれるのだ」
心とは魂のことだった。
つまり心と体とは、魂と遺伝子のことである。
サスケside
「はあ、はあ」
俺は出来るだけ急いだ。
村人に「蔵本家の娘はどこに連れて行かれたのだ?」と聞いて、今向かっている。
村で一番高いところにある社へ。
村の中心を抜けて、ひたすらまっすぐ進んだところに、石段がある。
その上に目指す社がある。
頂上まで100段くらいあるだろうか、それを上りきった時に、磔にされている菊を見つけた。
手足に一筋の赤いもの――刀傷と血――が見えた。
「菊!」
村人と菊は俺を見た。
「おお、君はいつぞやの……」
今の自分はお嬢様の近衛には全く見えないようだ。
「菊!」
「サスケさん」
菊は希望を見いだしたかのように、涙を流しながら微笑んだ。
「君、背中から血が出ているよ」
俺は村人の言葉を無視して菊の後ろに回った。
「菊、少し痛いと思うが、我慢してくれ」
俺は、菊がつけているカツラを取った。
そして、縄を刀で斬った。
「はあ、はぁ……菊、すまない、遅くなった……」
「いいえ、それよりも、傷……」
村人は信じられないものを見るかのように、俺達を見た。
「まさか、農作業を手伝ってくれていたのが、お嬢様と護衛の人だったなんて……」
「知らぬこととは言え、申し訳ない」
どうやら、誤解は解けたようだ。
「いえ、良いんですよ。呪いさえ解いていただければ。傷は治りますし」
村人はお互いを見合った。
何だか嫌な予感がする。
「実は、その呪いの解き方が分からないのです」
……
「あ、でも隣の国の巫女様に頼めば呪いを解けるはずです。その薄命の呪いは」
安心していいのか?
「菊、俺は、そんなに永くないようだ……」
「サスケさん!」
村人は慌てる。
「呪いを解くには、最愛の相手が一緒に儀式を受けなくてはならないのです」
俺?
「サスケさんが……必要なんですか?」
「だから、今すぐに、最愛のおまじないをする」
昔、どこかの村で行われていた収穫祭で、婚姻を結んだ男女が受ける儀式であったようだ。
菊side
「サスケさん、お願い、もう少し……」
「菊……」
村人達は俺と菊の腕に赤い紐を巻きつけて、呪文を唱え始めた。
「……赤い糸の契約……最愛の赤い糸よ……」
サスケさん……
「これで、最愛のおまじないが終わりました。生まれ変わったら再び巡り会えるはずです」
「また、寿命の30才で亡くなるまで、同じ人生を歩むことになります。そこでは、自殺以外では同じ死因が訪れなくなります。それと、自殺をすると来世へと生まれ変わります」
サスケさんの手が、バタッと地面に落ちた。
サスケさんの、まだ生温かい手が、私の手を握り締めてくれることも、私を抱き締めてくれることも、もうなくなった。
「サスケさん……」
「すぐに転生の儀式を行います」
現世の記憶を持ったまま来世へ行くことができるらしい。
「転生の巫女よ……」
「……転生は、記憶を持って、受け継がれ、めぐり逢いし時、前世を思い出さん……」
「……終わりました。残念ながら、彼には、効果がなかったかと思われます」
「ありがとうございます……」
「菊様は、これから……」
「来世へと、向かおうと思います」
おまじないが消えない内に……
次回予告
「戻ってきた、あの頃に」
「同じ死因が訪れなくなりますってことは、あの事件には巻き込まれないのか、それとも死なずにすむのかな」
次回 薄命物語 第9話『回帰』
「今、大学何年生なんだろう?」




