差別は、沈黙を養分に育つ。
午後の授業、眠気と戦う生徒たちの前に、まるで春の嵐のようにドアが開いた。
「オールライッ!! 今日のテーマはなーーんとッ!! 障がい者差別と合理的配慮、そして法整備だあああ!!!」
黒板にチョークが突き刺さるような勢いで書かれる「障害者差別解消法」の文字。毎度のことながら、チョークが可哀想である。
「小春! いきなりだが答えてもらおう! 2016年、何が施行された!? 障がい者の権利に関する画期的な法律だ!!」
「障害者差別解消法、ですね。公的機関には合理的配慮が義務、民間事業者には努力義務……」
「いっっっちょおおおおおうッ!!!」
「叫ばなくても普通に聞こえてます。ていうか鼓膜割れます」
嵐山先生が突然、机に足をかけて仁王立ちした。
「人権とは何だ!? 平等とは何だ!? ……今日はその根っこをえぐっていくぞ。キミたちの固定観念を、今日、ブチ壊す!!!」
教室に微妙な緊張が走る。冗談のようで、冗談じゃない話が始まる空気だ。
「まず前提としてな、障がいってのは“個人の欠陥”じゃない! 社会の側に、障壁があるってことなんだ!」
そのときだった。先生はカバンからゴトリと大きなファイルを出した。分厚い裁判資料だった。
「今日紹介するのは、ある裁判の話だ。聴覚障がいのある女性が、病院での説明を受けられず、適切な治療が遅れた事件だ」
教室が静かになる。
「彼女は、医師に“筆談してほしい”と伝えた。だけど病院側は忙しいからとそれを断った。そして彼女は、大切な説明を受けないまま、不本意な治療を受けた」
小春が小さく口を開いた。
「……それって、医療ミスでは?」
「ミスとも言えるし、“差別”でもある。障がいによって情報アクセスが阻まれる。つまり、機会の平等が崩れたんだ」
先生は静かに続けた。
「彼女は裁判を起こした。そして訴えの中で、“合理的配慮がされなかった”と主張した。これは、国連の障害者権利条約にもとづく考え方だ」
「……裁判所はどう判断したんですか?」
「一部は認められた。でも……完全勝利とは言えなかった。『努力はしたが義務はない』というロジックで、病院側の責任を狭くとった判決だった」
小春がじっと先生を見つめて言った。
「制度があるのに、機能していない……そんなこと、あるんですね」
「あるんだ。法律があるだけじゃ、現場が変わらないことは多い。だからこそ、“合理的配慮”という言葉が大事になる!」
「“合理的配慮”って、何なんですか?」
「簡単に言えば、“その人にとって意味のある対応を、無理のない範囲で行うこと”だ。エレベーターの設置、筆談の対応、段差の解消、音声の字幕化……」
「でも、それが“努力義務”だと、やらないところも出ますよね」
「そう! だから、障害者差別解消法の課題は、“民間への義務化が甘い”ってとこにある!」
嵐山先生は、少しトーンを落として言った。
「それでも、彼女が声を上げたことで、病院の運用が変わった。他にも、車いすの方が駅の構造を変えさせた例、知的障がいのある方が就労支援を勝ち取った例……たくさんある」
小春はしばらく考えこんでから言った。
「声を上げるって、怖いですよね。でも、その一つが社会を変えるかもしれないんだ……」
「その通りだ、小春。声を上げる者を笑うな。変わるのは、いつも最初に立ち上がった誰かだ!」
先生はそう言って黒板にでかでかと、
「差別は、沈黙を養分に育つ」
と書いた。
チャイムが鳴った。
今日もまた、授業は嵐のように終わった。




