尊属殺人重罰規定、違憲判決
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放課後目前の七限目。校庭はすでに夕焼けのオレンジに染まり、窓の外では部活の掛け声がうっすらと聞こえてくる。
「……ではみなさん、今回のテーマは――ずばり!『親を殺したら死刑』って、それ本当に平等なの!?でありますッ!!」
教室の空気がピクリと揺れた。
「嵐山先生、七限目にそのテンションとテーマはどうかと思いますけど」
最前列、小春の冷めた声が飛ぶ。ノートはすでに開かれているが、筆はまだ持たれていない。
「よくぞ言ってくれた小春くん! そう、これはちょっと重たい話題だ。だがしかし! 真面目な話こそテンション高めにいくのが嵐山流ッ!」
嵐山先生は、黒板に大きく書き殴るように言葉を刻んだ。
「尊属殺人重罰規定 = 憲法違反」
「さて、この事件の主役は……ある青年、加藤さん!」
バシッと指を鳴らす先生。教室の照明が若干まぶしい。
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1968年、加藤さん(仮名)は、家庭内での壮絶な虐待に耐えかねて、実の父親を殺害してしまった。
「もちろん、殺人はどんな理由であれ重大な罪です。しかし――ここで問題となったのは、その“罰の重さ”だった!」
当時の刑法では、「尊属」、つまり親や祖父母を殺した場合、無期または死刑。一方、他人を殺した場合は3年以上の有期懲役もありうる。
「同じ命を奪ったのに、“身内”を殺した方が重く罰せられる。これって、“法の下の平等”に反してないか!?って最高裁まで持ち込まれたわけだね!」
「……法の下の平等って、憲法14条ですね」
小春がつぶやく。先生は親指を立てた。
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裁判では、検察はこう主張した。
「尊属殺人は社会秩序を根本から揺るがす。家庭の秩序を守るためには、より重い罰が必要だ!」
しかし、弁護側は違った。
「尊属を殺した背景には、長年の虐待や家庭内の暴力がある。親を殺したからといって、無条件に重罰にするのは不平等だ」
そして――1973年、ついに最高裁は「違憲」判決を出す。
「刑法200条(尊属殺人重罰規定)は、憲法14条に反する」
日本で、刑法の規定が違憲とされた初のケースだった。
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「判決文を書いた裁判官たちの一部は、眠れない夜を過ごしたそうです。『本当にこれでよかったのか』『今後、家庭の秩序は保てるのか』と悩んだ人もいた」
嵐山先生の声が少しだけ落ち着く。
「だけどね……“法律は誰にとっても平等であるべきだ”っていう原則を、あらためて日本中に示した判決でもあった」
チョークが黒板にもう一度走る。
「誰を殺したか」ではなく、「なぜ殺したか」を見よ。
「刑罰の重さが“親を殺したから重い”というのは、もはや現代の価値観にはそぐわない。これが裁判所の答えだったわけです」
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「……どうですか、小春くん。憲法ってやつは、思ったよりドラマチックでしょ?」
「はい。……あと、さっきの“殺したか”のくだり、ちょっとサスペンス小説風でした」
「ありがとう! 誉め言葉として受け取ったぞ!」
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教室の外では、夕陽が沈みかけていた。
それでも嵐山先生の声は、もう少しだけ、この放課後を引き延ばすように響いていた。
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